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4年前のスーパー台風で被害を受けたフィリピン住民らが、化石燃料企業シェルを「汚染者負担原則」による損害賠償請求等で英国で提訴。化石燃料企業の気候責任を問う初の国際民事訴訟(RIEF)

2025-10-28 15:18:32

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写真は、シェルに対する訴訟提起をアピールするNGOと住民ら)

 

  2021年12月にフィリピンを襲ったスーパー台風によって家族に死傷者が出たり、家屋が破壊された67人のフィリピンの住民たちが、「被害は気候変動の加速化によるものだ」として、英国の大手石油会社シェルの「汚染者責任」を問う訴訟を英高等法院に提訴した。化石燃料企業とグローバル・サウス(開発途上地域)で発生した死傷事故を直接結びつける初の民事訴訟となる。同訴訟ではフィリピン法を適用し、原告側は、シェル社が原告の「均衡のとれた健全な環境」に対する憲法上の権利を侵害したこと、原告に損害を与えたこと、汚染事業を継続した過失行為があったと、主張して、損害賠償のほか、シェルの将来の行動の制約を求める差し止め命令も請求している。

 

 大規模な気候災害を引き起こしたのは、2021年12月16日にフィリピン・セブ島一帯を襲ったスーパー台風「Odette(オデット=ライ)」で、400人以上の死者を出す壊滅的被害を周辺に及ぼした。今回の訴訟は、同地域でも被害の大きかったビサヤ諸島出身の住民たちが原告。彼らは台風の影響で家族を失ったり、自ら重傷を負ったほか、住居を失った67名のフィリピン人を代表する形で、提訴した。訴訟には環境NGOのグリーンピースフィリピンも参加している。

 

 フィリピンの気候活動家にとって、この訴訟は10年以上前に始まった取り組みにつらなる大きな一歩と位置付けられる。実は、2013年のスーパー台風ハイヤンの被害を被った生存者と環境団体が、人為的気候変動に関連するフィリピン人の人権侵害について、世界最大の化石燃料・セメント生産企業の責任調査を求めたのが最初の第一歩だ。

 

 ハイヤンによる災害被害者たちは、2015年9月にフィリピン人権委員会(CHR)へ気候災害原因企業の責任を追及する請願を提出した。これを受け、気候危機における企業の責任を追及する世界初の調査機関「気候変動に関する国家調査(NICC)」が設立された。2018年にはマニラ、ニューヨーク、ロンドンで計6回の証拠聴取会が開催され、気候災害による被災者たちが個人的な証言を行う一方、気候科学者や訴訟専門家による専門的意見も提出された。

 

 CHRによれば、これらの公聴会は「対立的ではなく対話的」な形式で行われたが、調査対象となった企業の関係者は、いずれも公然とは公聴会に出席しなかった。CHRの報告書の作成まで紆余曲折があったが、2022年5月、CHRは160ページに及ぶ最終報告書を公表した。同報告書は結論として、大規模な汚染企業は気候被害に対して「道義的・法的責任」を問われる可能性があると指摘。特にこれらの企業による気候科学の「意図的な曖昧化」や脱炭素化への取り組み妨害についても言及した。

 

 同報告書は、オランダのNGO「ミリエウデフェンシー」によるシェルへの最初の提訴(一審は原告勝利、控訴審逆転で、現在最高裁で上訴中)のほか、米国でのエクソンモービル社への損害賠償訴訟等のいくつかの気候訴訟で、言及されている。報告書の核心である、大規模な汚染企業は気候被害に対して「道義的・法的責任」を問われる可能性があるとする指摘は、汚染者負担原則に基づいている。

 

 英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の論文によると、2015年から2024年にかけて世界中の裁判所に提訴された気候関連訴訟は3,000件近くに上り、そのうち2024年に提起された訴訟の約5分の1は企業またはその取締役・役員を訴えるものだった。気候訴訟のうち、「汚染者負担」訴訟が80件以上確認されており、うち11件は過去1年間に提訴された。これらの訴訟は、気候変動に寄与する活動に基づく金銭的損害賠償を求めるもので、たとえば違法な森林伐採による気候被害を算定する新手法に基づく賠償請求訴訟は、ブラジルで勝訴が認められている。

 

 またドイツでのLliuya v. RWE事件での判決では、証拠不十分で却下されたものの、企業が過去の地球規模の排出量について責任を問われる可能性が確認された、としている。これらに続いて、今年7月には国際司法裁判所(ICJ)は、「各国政府は気候変動枠組み条約や国際人権法等に基づき気候変動対策を実施する義務を負っており、その義務を実施しなかったり、先送りなどの行動をとると、国際法上の不法行為を構成する」との勧告的意見(Advisory Opinion)を公表した。同意見ではそうした国際法違反行為に対しては、因果関係の立証を条件に、被害国への賠償の必要性も示している。

 

 気候・環境分野の弁護士で気候訴訟の交渉役も務めたアントニオ・ラ・ビニャ(Antonio La Viña)氏は「ICJ勧告的意見から学んだのは、『(企業による)善意』は重要だが十分ではないということだ。結果が求められる」と指摘する。「先駆的であることより、結果に対する(企業の)義務の方が重要だ」と述べている。

 

 こうしたこれまでの経緯を受けて、今回のシェルの提訴に至った。フィリピンでは気候被害関連の訴訟はこれまでなかった。その主な理由は、気候危機の責任を負う主要な化石燃料企業が国外に拠点を置いているためだ。今回の「オデット訴訟」がロンドン高等法務院に提訴されるのは、シェルがロンドンに本社を置くためだ。

 

 原告らは、GHG排出量の増加という人為的な気候変動要因が台風オデットのような異常気象の発生確率を2倍以上高めたとする新たな気候帰属研究を根拠の一つとしている。オデットはフィリピンで405名の死者、1,400名以上の負傷者を出したほか、少なくとも478億ペソ(約1230億円)の損害をもたらしたとされる

 

 被告となるシェルについては、操業以来、延べ410億㌧のCO2e(世界の化石燃料排出量の2%超)を排出してきた。さらに同社は、自社の化石燃料掘削・処理事業がオデットのような異常気象を助長するということを、数十年にわたり認識しながらも従来通りの操業を続けてきた。人命よりも利益を優先した、ことになるとしている。オデット発生の翌年、シェルは400億㌦の過去最高益を計上。2024年通期利益は165億㌦だった。

 

 グリーンピース・フィリピンはフェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領に対し、この法的措置でフィリピンコミュニティを支援し、気候変動の影響による損失と損害を気候汚染者に償わせるよう求めている。

 

 原告の1人、アニー・カスケホ(Annie Casquejo)氏は「この訴訟が勝訴すれば、シェルは私たちに損害賠償を支払うことになる。少なくとも何年もかけて貯めた財産を取り戻し、孫の代に残せる。シェルのような大企業に対してコミュニティが戦ったこの訴訟は無駄ではない。勝っても負けても、私たちのような小さな存在でも行動を起こせたのだ。ここで議論されているのは単なる金銭だけでなく、正義そのものだ」

 

 リーガル・ライツ・アンド・ナチュラル・リソーシズ・センター(LRC)のシニア法務フェローで弁護士のライアン・ロゼット( Ryan Roset)氏「気候変動への貢献度が最も低い国々が最も深刻な被害を受けている。特に脆弱なコミュニティにおいては、その影響がさらに増幅されている。世界の指導者たちが豪華なオフィスで公正な移行を先延ばしにする間、漁民、先住民族コミュニティ、農民、女性や子ども、低所得者層や脆弱なコミュニティが壊滅的な影響と向き合わざるを得ない。この地球規模の災害に最も貢献し、最大の利益を得た者たちの責任追及は、遅すぎるほど遅れている」としている。

                          (藤井良広)

 https://www.climatechangenews.com/2025/10/23/philippines-storm-victims-to-seek-damages-from-shell-in-unprecedented-climate-claim/

https://www.greenpeace.org/philippines/press/68662/filipino-communities-to-sue-shell-for-damages-linked-to-super-typhoon-odette/

https://www.lse.ac.uk/granthaminstitute/news/climate-litigation-more-often-reaching-the-highest-courts-around-the-world-report-finds/?ref=the-wave.net