HOME |ASEED JAPAN等で活躍した土谷和之さん、43歳で死去。三菱総研とNGO活動を両立(RIEF) |

ASEED JAPAN等で活躍した土谷和之さん、43歳で死去。三菱総研とNGO活動を両立(RIEF)

2020-08-12 12:27:08

tsuchiya001キャプチャ

 

 シンクタンクに務める傍ら、長年にわたって若者のNGO/NPO活動を牽引してきた、土谷和之(つちや・かずゆき)さんが亡くなった。がんのため、6月末に急逝した。43歳だった。

 

 亡くなったのは6月25日。土谷さんは三菱総研の社員だった。その一方で、同社に入社後しばらくして若者中心の環境NGO、A SEED JAPANの活動にボランティアとして参加した。以後、同団体のほか、NPO法人まちづくり情報センターかながわ(通称アリスセンター)、カンボジアでの社会的投資を行う合同会社ARUNの活動等にもかかわるなど、幅広く行動してきた。

 

 土谷さんは自らが取り組む社会活動については、三菱総研の仕事とは完全に切り離し、会社もそうした土谷さんの「二足の草鞋」を認めてきた。企業および企業人の社会的活動、貢献の必要性が高まる今日の経済社会を考えると、ある意味で土谷さんはそうした先駆者でもあり、それを受け入れてきた三菱総研も評価できる。

 

 A SEED JAPANに参加した2004年ころ、土谷さんは「エコ貯金キャンペーン」に取り組んだ。「戦争や環境破壊に使われない、フェアなお金の流れをつくるために金融機関を選ぶ」というプロジェクト。当時、日本経済新聞で金融担当の編集委員だった筆者は、若者たちが求める「新たな金融」への呼びかけを、ある意味でほほえましく、ある意味では「ひょっとしたら将来、ひとつの力になるかも」との期待を持って取材をしたことがある。

 

 会社員が就業時以外の時間に、自分の思いで自由な社会活動をする。預金者が銀行を預金リターンだけで選ぶのではなく、銀行の環境・社会的活動も評価して口座を選ぶ。そのいずれも、われわれ一人ひとりが、社会との関係の中で、求められ、問われていることでもある。

 

 土谷さんとはその後、NPOバンク等の活動支援や、日本で非営利金融機関の役割を法的に位置付けようと、一緒になって法案作成のチームを作ったこともあった。筆者が大学(上智大学)に移った際は、ゼミで環境NGOの活動を紹介してもらい、ゼミ生たちと議論を展開したこともある。

 

 もちろん、順調なことばかりではなかったようだ。最近では土谷さんの発言をめぐり、ある団体との間で訴訟が起きていたという。NGOや社会団体等の活動範囲が広がる中で、かつてのような「いいことをしよう」という思いだけで自由に行動できた時代から、「一種のビジネス化」したNGO/NPO等も少なくない時代の変化の中で、土谷さんも少し消耗していたとの話も聞いた。

 

 土谷さんは生前、あるインタビューでこう語っている。

 

 「私は、問題が完全になくなる社会はありえないと思っています。ただ、何らかの社会問題が発生したときに、それを指摘し、その解決に向けたリソースを柔軟に集めてくることができる社会が1つの理想ではと考えています。NGO/NPOは民間企業では取り組めない問題を指摘し、あるときは政治に、あるときは金融機関に、あるときはメディアに働きかけて気づいてもらうということをしますが、こうした活動がもっと社会に浸透してほしいと考えています」https://socialvalue.jp/interview/detail000324.html

                                  (藤井良広)