HOME |次期世界貿易機関(WTO)事務局長のンゴジ・オコンジョ=イウェアラさん。気候変動対策でのカーボン国境調整メカニズム(CBAM)導入論議で「ソフトパワー」発揮か?(RIEF) |

次期世界貿易機関(WTO)事務局長のンゴジ・オコンジョ=イウェアラさん。気候変動対策でのカーボン国境調整メカニズム(CBAM)導入論議で「ソフトパワー」発揮か?(RIEF)

2021-02-23 22:42:46

WTO001キャプチャ

 

  世界貿易機関(WTO)の次期事務局長に選出されたナイジェリアのンゴジ・オコンジョ=イウェアラ(Ngozi Okonjo-Iweala)氏に、気候変動関係者の注目が集まっている。史上初のアフリカ出身であり、初の女性事務局長というほか、気候変動対策で欧米で、気候対策を十分とらない国に対するカーボン国境調整メカニズム(CBAM)導入論議が浮上する中で、同氏の「ソフトパワー」が発揮されることへの期待があるためだ。

 

 オコンジョ氏は、対抗馬となった韓国の候補者が撤退したため、第7代事務局長に任命された。同氏の任期は3月1日から2025年8月31日までの4年半。同氏は初のアフリカ出身、初の女性ということで注目されているが、経歴を振り返ると、「多様性」で選ばれたというよりも、その国際的な視野の広さと、政策実績のキャリアを評価されたといえる。

 

 同氏のWTO事務局長就任に対する気候関係者の期待の一つは、気候変動問題にも知見が深いことがあげられる。直近のポストとして、気候変動対応をしながら経済成長を進めることを目指す国際イニシアティブの「 Global Commission on the Economy and Climate(GCEC)」の共同副議長を務めている。

 

執務中のオコンジョ氏
執務中のオコンジョ氏

 

 このため、就任に対して、パリ協定を締結した国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)のフランスの特別大使を務めたローレンス・トゥビアーナ(Laurence Tubiana)氏や、11月のCOP26の議長を務める英国のアロク・シャーマ(Alok Sharma)氏らが相次いでツィッターで祝意を発信した。

 

 単に気候変動通のWTO事務局長の誕生、というだけではなさそうだ。同氏選出の経緯をみると、各国の思惑も透けて見える。次期WTO事務局長候補には、昨年7月段階では、世界から8人が立候補していた。その後、10月上旬までに最終候補は、同氏と韓国の兪明希に絞られた。兪氏は韓国の女性官僚で産業通称資源部通商交渉本部長。国際通商交渉の専門家でもある。

 

 ともに女性候補で、国際通という共通点を持つが、同月後半、加盟27カ国の票を持つEUがオコンジョ氏支持を表明、これを受けて加盟164カ国中104カ国がオコンジョ支持を明らかにして、同氏の選出がほぼ固まった。韓国は文在寅大統領が兪氏選出を各国に働きかけたが、韓国での報道では、日本が韓国と安全保障上の理由での輸出管理を巡って対立していることから、日本はオコンジョ氏支持に回ったとされている。

 

 EUが大勢を決定づける形でオコンジョ支持を打ち出したのは、EUとアフリカの関係の深さが基本的にあるものの、EUが気候変動政策での次期ステップとして2023年導入を目指すCBAMへのWTOの理解を図る狙いがあるとの見方がされる。CBAMは温暖化対策を積極的に実施している国の製品が、対策が不十分でない国からの輸入品によって不利益を被らないように、輸入品に対して国内対策と同規模の課税やクレジット購入等の負担を課す仕組みだ。

 

 環境基準の相対的に低い国の製品は規制の緩い分、低コストで生産できるが、基準の強い国の製品は高コストとなる。このた目、両国間で国際貿易が行われ際、基準の緩い国の製品は競争上優位に立ち、「環境ダンピング」と言われる。一方で、先進国が国内の環境基準を理由にして、途上国からの低コスト製品の輸入品に高関税等を課す懸念もある。その場合は、環境規制を理由とした貿易障壁とみなされる。

 

 EUがCBAMを設定すると、こうした貿易議論を喚起するのは間違いないと思われる。EUのCBAM推進派の間でも、貿易障壁とならないことを前提とする条件が示されている。ただCBAM導入で摩擦が生じそうなのは、実は、途上国との間よりも、エネルギー産業や高CO2排出産業の保有国とみなされる。

 

 CBAM導入によって“不利益”を受けそうなのは、化石燃料エネルギー産業の強いロシア、オーストラリア等のほか、高CO2排出産業で国際競争力のある、日本、中国、韓国、アジア諸国等とみられる。アフリカや南米等の途上国は、むしろ国内の気候対策で先進国からの資金援助、投資促進を期待する側となる。仮に、EUが目指すCBAM導入の見返りに、途上国への気候資金支援を増額するならば、支持側に転じる可能性もあり得る。

 

 一方、米国はトランプ前政権がオコンジョ氏の出身国であるナイジェリアが中国から多額の経済支援を受けているとして、オコンジョ氏選出に反対姿勢を打ち出していた。このためEU等のオコンジョ支持国は11月の一般理事会での決定を先送り、米国の大統領選挙の結果を待つ形をとった。その結果、バイデン大統領の勝利となり、米国もCBAMに理解を示す形となった。

 

 こうした展開の中、今年2月に兪氏が立候補を取下げるとともに、米国が正式にオコンジョ氏支持を明言したことで、2月15日のWTO一般理事会で決定したという流れなのだ。

 

 オコンジョ氏は、ナイジェリア国内で、2度にわたって財務相を務め、主要債権国との交渉で同国の対外債務の大幅な削減を進めた実績を持つ。また世界銀行副総裁時代には、経済成長促進・格差是正・生活水準向上のためのプログラムに融資と贈与を行う国際開発協会(IDA)の基金への出資交渉で、先進国から約500億㌦の資金を確保するなど、国際交渉力では定評がある。

 

 CBAM承認の見返りに、「緑の気候基金(GCF)」の資金増額という“単純な”取引ではないだろうが、「オコンジョWTO」がCBAMの正否を握るのは間違いない。「持続可能なエネルギーのための国連事務総長の特別代表」を務めたレイチェル・カイト(Rachel Kyte)氏は、「オコンジョ氏は貧困と低炭素成長、財政・マクロ経済政策、そして各国と国際的な活動との相互関係を理解している。『熟練のソフトパワー』を、フェアな方法でグローバル経済の脱炭素化に活用するだろう」とみている。

 

 日本は経済産業省が、国内でもCBAM導入を目指すとしている。だが、日本の現在の気候対策はEUと比べるまでもなく、温室効果ガス排出規制もなく、経団連の自主的な削減行動に委ねるだけ。国内規制には経産省自体が反対を続け、それを環境省も受け入れてきたためだ。国際水準に相当する排出規制を伴わない限り、「日本版CBAM」の文言だけをアピールしても、国際社会は振り返ってくれないだろう。

 

 本来は、CBAMでともに輸入規制を受ける可能性のある韓国や中国、アジア諸国と連携して、規制阻止が可能な韓国の兪氏支持に動くべきだったのではとの指摘もできる。だが、すでに後の祭り。ここは、国内の気候対策を米欧と引けを取らない水準にまで強化して、対応する以外にないように思える。

 

  オコンジョ氏は、ナイジェリアのイバダン大学インターナショナル・スクールを卒業後、米国に留学、ハーバード大学で修士号、マサチューセッツ工科大学で博士号取得。現在はGCECのほかに、英スタンダードチャータード銀行、ツィッター、Global Alliance for Vaccines and Immunization(GAVI)、African Risk Capacity (ARC)等の役員も務める。既婚で4人の子供がいる。66歳。

 https://newclimateeconomy.net/content/about#:~:text=About-,About,risks%20posed%20by%20climate%20change.&text=The%20New%20Climate%20Economy%20(NCE)%20is%20the%20Commission’s%20flagship%20project.

https://ustr.gov/about-us/policy-offices/press-office/press-releases/2020/october/statement-office-us-trade-representative-wto-director-general-selection-process