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「ネットゼロ」実現に向け、石炭火力発電の廃止と再エネ転換を一体的に推進する「石炭火力債務証券化(CDS)」手法の日本への導入提案。「真のトランジションファイナンス」を(RIEF)

2022-02-12 19:25:44

Tohokuキャプチャ

 

 「2050年ネットゼロ」の実現には、石炭火力発電を先進国は2030年までに廃止する必要があるが、日本政府のエネルギー基本計画の石炭火力比率は19%と高い水準のままだ。こうした「後ろ向きのエネルギー政策」を一気に転換するため、石炭火力の廃止と再エネ転換を一体的に推進する「石炭火力債務証券化((Coal-Debt Securitization: CDS)」手法が注目されている。経産省によるトランジションファイナンスは、中途半端なトランジション(移行)にとどまるが、CDSは石炭火力の廃止資金の調達と再エネ転換投資も可能な証券化商品を投資家に提案するもので、「真のトランジションファイナンス」につながる可能性がある。

 

 トランジションファイナンスとしてCDS手法を日本でも活用するアイデアは、東北大学東北アジア研究センター・同大学院環境科学研究科教授の明日香寿川教授と、一般社団法人環境金融研究機構の藤井良広代表理事(元上智大学地球環境学研究科教授)が共同論文で提案した。https://rief-jp.org/book/122395?ctid=35

 

 CDSは米国で州政府等の自治体が、州内のエネルギー転換を主導する形で、州法でCDSスキームを法制化して取り組む事例が広がっている。電力会社が保有する既存の銀行融資債務を、低コストの証券化債券(Securitized Bonds)に転換する仕組みだ。電気料金支払い者担保債券(Ratepayer-Backed Bonds)、電気料金支払い者債務請求担保債券(Ratepayer Obligation Charge Bonds)等とも呼ばれる。

 

 債務を転換する証券化商品のCDSには、州政府が保証を付与することで州債並みのAAAの格付が付与され、これによって電力会社は低コストでの資金調達が可能になる。CDSのキャッシュフローは、既存の電力契約に基づく消費者からの電力料金の支払い額で担保されることから、安定的なリターンが得られるほか、電力利用者も既存の電力料金での支払い継続を保証される。

 

 電力会社、電力利用者、投資家のいずれにもメリットが生じる仕組みだ。米国では1990年代から、電力のエネルギー転換による座礁資産や、予期せぬ出費に対して利用者負担を軽減するためにこうした債務の証券化手法を利用してきた。例えば、山火事やハリケーンなどの気象災害によって被害を受けた発電所の修復や原子力発電所の廃止の際にも活用されている。過去20年間で24の州で、電力会社の債務約500億㌦分の証券化が実践されている。

 

 米国ではこうしたファイナンスの手法を活用することで、迅速なエネルギー転換と、利用者保護、投資市場の拡大等につなげている。これに対して、日本の電力会社の資金調達は電力債の発行と銀行からの一般的な借り入れ(コーポレートファイナンス)によるものが主で、個々の発電所等に見合った債務や資産を対象とした証券化がしづらい構造になっている。

 

 これをわが国に応用するに際しては、石炭火力発電所廃止コストと再エネ発電所建設コストを、特別目的会社(SPC)等を使って「つなぎ合わせ」ることで、電力会社が抱える石炭火力関連債務の早期償却と、グリーン資産の早期積み上げを進めるスキームを立ち上げることが求められる。

 

 日本政府のエネルギー基本政策が、2030年でも2割近い石炭火力依存を前提にしていることを受け、経産省のトランジションファイナンスも、発行するボンドやローンの提供期間が終了しても、対象資産の改善はネットゼロには程遠いレベルにとどまる。このため、投資家や金融機関はこうしたトランジションファイナンスでは「座礁資産をファイナンスしてしまうリスク」を払拭しきれない。特に機関投資家は慎重さを崩していない。

 

 CDSの場合、石炭火力発電という「座礁資産」へのファイナンスを、閉鎖資金調達+再エネ事業展開につなげることから、ファイナンスの出口はグリーンファイナンスとなる。論文の著者らは「真のトランジションファイナンス」と位置付けている。

 

 ただ、課題もある。米国でCDSが成功する理由の一つに、石炭火力の運転コストが再エネ発電の全体的な投資コストを上回っている点がある。その結果、米国ではトランジションによるリターンがより明確に得られ、発行するCDSへの投資家の期待に十分に応えられる仕組みを作り出せる。

 

 一方、日本の場合、超低金利が続くことから、公的信用で補完されたCDSを発行した場合でも、調達コストの引き下げに限界がある点が課題となる。また日本の再エネコストは国際価格に比較して高価である点も、CDSのリターン確保上、工夫が求められる点だ。そのため、日本でCDSを展開するには、国や自治体による債券への保証の付与に加えて、別途、補助金の付与の必要があるかもしれない、と指摘している。

 

 しかし、CDSの出口が明瞭なグリーンであることから、年金等の長期投資家にとっては魅力ある投資対象商品になる。また、トランジション後の電力価格(CO2排出削減コストを含めて)の低下、省エネおよび再エネ投資の拡大による地元の雇用増大、石炭火力などによる大気汚染物質の排出削減などのメリットを、投資家、社会等に示すことで、電力需要家、労働者、地域コミュニティの支持も得られることが期待される、としている。

 

 論文の著者らは「経産省が推進しているトランジションファイナンスは、火力発電全体の維持・高効率化、石炭ガス化、水素・アンモニア混焼、CCUS等の技術の導入コストの調達等に焦点が合わさっているが、石炭火力閉鎖や再エネ転換という視点が乏しい。政府が石炭火力の廃止や再エネ投資拡大に消極的である限り、CDSを活用した『真のトランジションファイナンス』の実現は難しい」と指摘。日本政府に国際的な要請に適応できるよう、迅速な政策転換を求めている。