HOME環境金融ブログ |日本政府に脱化石燃料への行動を迫るG7加盟国~G7気候・エネルギー・環境大臣会合からG7サミットを展望する~(松下和夫) |

日本政府に脱化石燃料への行動を迫るG7加盟国~G7気候・エネルギー・環境大臣会合からG7サミットを展望する~(松下和夫)

2022-06-07 21:49:23

T7サミットの公開討論のセッションで発言する筆者(左)

 G7大臣会合コミュニケのインパクト

 

 ドイツ・ベルリンで2022年5月26日、27日にG7気候・エネルギー・環境大臣会合が開催され、コミュニケ日本語仮訳)が採択された。このコミュニケは英文版で39ページに及び、気候危機・生物多様性減少・環境汚染という三つの地球規模の危機に対する深刻な懸念と、G7加盟国が率先して取るべき行動を包括的に示している。

 

 (写真は、T7サミットの公開討論のセッションで発言する筆者㊧)

 

 とりわけ注目されるのは、2035年までに電力部門の大部分を脱炭素化することで合意したこと、そして排出削減対策が講じられていない国内石炭火力発電所を廃止する方針が共同声明に盛り込まれたことである。また、排出削減対策が講じられていない化石燃料事業への国際的な公的資金供与を2022年末までに停止することなどにもコミットした(ただしパリ協定の目標に整合する場合は各国の判断で支援を可能とする)。

 

 時期を明示しないものの日本政府が対外的に国内の石炭火力廃止を表明するのは初めてである。その際、「排出削減対策が講じられていない石炭火力発電所」の定義が問われる(一般的には、温室効果ガスの排出量を減らすため化石燃料インフラなどにCCS〈二酸化炭素回収・貯留〉を設置することを指し、OECDルールでは、化石燃料インフラに対する排出対策としてCCSが認められている)。

 

 そのほか、G7を中心として気候変動への先進的取り組みを進める有志国連合である「開かれた協調的な国際気候クラブ」が「コミュニケ第57項」で提唱されていることにも注目したい。

 

 気候・エネルギー・環境大臣会合のコミュニケは、来る6月26日~28日に議長国ドイツのドイツ・エルマウで開催されるG7サミットの「首脳コミュニケ」に反映されることになる。また、来年は日本がG7サミットの議長国を担うことになる。

 

 今回の大臣会合で示されたことは、現状の政策の延長ではない大きな方向転換が日本政府には求められているということだ。来年のG7でリーダーシップを発揮するためにも、日本政府には気候変動対策の強化、そして脱化石燃料に向けた行動と政策転換が不可避である(IGESの「G7・G20サミット特集2022」を参照)。

 

T7サミットで講演するヴォルフガング・シュミット連邦特別大臣兼首相府長官(ともに筆者提供)
T7サミットで講演するヴォルフガング・シュミット連邦特別大臣兼首相府長官(ともに筆者提供)

 

G7サミットとG20、そしてエンゲージメント・グループの関与

 

 2022年は6月にドイツ・エルマウでG7サミットが、10月にインドネシア・バリ島でG20サミットが開催される。ロシアのウクライナ侵攻などにより変化する世界の地政学的バランス中で、G7の果たすべき役割が改めて問われている。そしてより多様な経済規模や政治的背景を持つ国から構成されるG20との連携の必要性が高まっている。

 

 G7プロセスには、サミットと大臣会合の他にも、政府から独立した様々な分野のステークホルダーが関与し、提言をとりまとめる仕組みであるエンゲージメント・グループの活動がある。T7(Think 7:世界中のシンクタンクで構成)、Y7(Youth 7:ユース)、W7(Women 7:女性)、S7(Science 7:科学者)、L7(Labour 7:労働組合)、C7(Civil Society 7:市民社会)、B7(Business 7:経済団体)の七つが公式のエンゲージメント・グループとして組織されている。コミュニケや声明などの各グループの提言は、何らかの形でサミットや大臣会合のコミュニケに反映されていく。とりわけ気候変動の緩和や、持続可能な開発目標(SDGs)の達成等の分野でのエンゲージメント・グループの役割が高まっている。

 

 筆者はこのうち、Think 7のプロセスに関与し、気候・エネルギー・環境大臣会合の直前の5月23日、24日にベルリンで開催されたT7サミットに招待され、公開討論のセッション「新しい地政学におけるG7の役割」において、報告と討論を行った。

 

 T7の提言(コミュニケ)は、T7サミットの直前にドイツ政府に提出されている。T7コミュニケの中では「国際気候クラブ」のコンセプトとその要件を論じ、その設立についても提言している。T7サミットにはドイツ政府との密接な協力を反映して、ヴォルフガング・シュミット連邦特別大臣兼首相府長官をはじめ、多数の関係者が出席していた。

 

ドイツのショルツ首相=2021年9月7日撮影
ドイツのショルツ首相=2021年9月7日撮影

ショルツ連立政権のリーダーシップ

 

 ドイツのショルツ連立政権は、国内の石炭火力フェーズアウトを2030年に前倒し、再生可能エネルギーを急ピッチで拡大し、イノベーションを推進することをドイツ経済の成長エンジンと位置づけるなど政権発足当初から精力的な取り組みを行い、国際的にもG7サミットに向けて合意形成をリードしている。ロシアのウクライナ侵攻を契機としたエネルギー危機を、脱化石燃料依存で再生可能エネルギー中心のエネルギーシステムへの移行への契機と位置づけ、気候変動対策を加速できるかどうか、ドイツの手腕が注目される。

 

 大臣会合コミュニケでは、ロシアによるウクライナ侵攻を機にエネルギー、資源価格が高騰している点に強い懸念が示され、エネルギーの脱ロシア依存に向け、供給元やサプライチェーン(供給網)の多様化で相互協力することも盛り込まれた。2023年にG7議長国を務める日本については、ネットゼロ社会への移行に向け、ドイツのリーダーシップをどう引き継げるか、世界が注目している。

正念場を迎える日本のエネルギー転換

 

 日本政府の第6次エネルギー基本計画 における2030年度のエネルギーミックスは、化石燃料で発電の41%(うち石炭火力で19%)を、原発で20〜22%を、再生可能エネルギーで36〜38%を供給することとしている。

 

 既述のように大臣会合コミュニケでは排出削減対策が講じられていない国内石炭火力発電所を廃止する方針が共同声明に盛り込まれた。このコミュニケでは「石炭火力廃止時期」が明示されてはいないが、明確な廃止時期を求める声が欧米を中心とした国際社会で強まっている。今後、2022年6月下旬開催のG7サミットや11月にエジプトで開かれる国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)ではさらに厳しい対応を迫られるであろう。

 

 2035年までの電力部門での脱炭素化達成のためには、国内政策の見直しが急務である。とりわけ再生可能エネルギー中心の電力システムへの移行が必要だ。それと同時に、エネルギー需要の抜本的な削減も求められる。

 

 日本はアンモニアや水素を石炭火力に混焼する技術などを推進しようとし、すでに20%程度のアンモニアを混ぜる実証実験などが始まっている。しかしこれでは温室効果ガス抑制効果は極めて限定的だ(拙稿「アンモニア発電はゼロエミッション火力か?」や、トランジション・ゼロ「日本の石炭新発電技術:日本の電力部門の脱炭素化における石炭新発電技術の役割」2022年2月14日、を参照)。

 

アンモニアの混焼実験が始まった火力発電所=愛知県碧南市(JERA提供)
アンモニアの混焼実験が始まった火力発電所=愛知県碧南市(JERA提供)

 

 アンモニアのみを燃料にすれば発電段階での排出はゼロにできるが、この技術の商用化の見込みは2040年以降となっている。このように実用化・商用化の見通しが不確かで削減効果も疑問視される水素・アンモニア、CCSなどの燃料や技術をあてにしていては、2035年の電力部門脱炭素化には到底に間に合わないであろう。

 

 もちろんネット・ゼロ・エミッションを達成し、エネルギー安全保障を強化するためには、低炭素で再生可能な水素とアンモニアなどのその派生物は重要な役割を果たす。そのためには再生可能エネルギーで水素を大量に生産する設備が必要となる。日本においては、浮体式の洋上風力発電による水素生産に注目したい。日本近海の洋上風力発電のポテンシャルは大きく、人の居住空間とは離れているので、人の生活環境との軋轢(あつれき)も少ない。

 さらに、日本の造船産業の技術が活用可能で、関連産業のすそ野も広い。遠く離れた洋上で生産された水素生産は運搬船で運ぶことができる(「洋上風力水素生産基地」構想については、倉阪秀史、「カーボン・ニュートラル社会を目指す産業政策とは」、『グローバル・ネット』、2022年5月号を参照)。

 

洋上風力発電の例=shutterstock.com
洋上風力発電の例=shutterstock.com

 

 EUは温室効果ガスの排出が多い製品に対して事実上の関税を課す国境炭素調整措置の導入を検討している。削減効果の低い技術で石炭火力を温存すれば、日本製品は再生可能エネルギーをベースとする欧米の製品との競争で不利になる恐れがある。

 

 東京電力福島第一原発事故以降、日本の脱炭素に向けた構造改革は滞ってきた。再生可能エネルギー拡大のための制度改革や送電網整備は立ち遅れ、二酸化炭素(CO₂)排出に価格をつける実効性のあるカーボンプライシング(炭素の価格付け)の導入も先送りを続けてきた。ウクライナ危機による化石燃料の高騰でも石油元売り会社にガソリン補助金を出すなど、世界的に見ても真逆(まぎゃく)の脱炭素化に逆行しかねない政策に終始している。

 

 現在、日本は一次エネルギーの約9割、電力の75%を化石燃料に依存している。海外の化石燃料へ依存していることから、エネルギーコスト上昇の影響を強く受け、それが「エネルギー安全保障」を不安定化させている。気候変動対策のためには、G7コミュニケでも示されているように化石燃料依存を断ち切らなければならない。さらにコミュニケでは、気候変動政策やエネルギートランジションに妥協することなく、ロシアのウクライナ侵攻によりもたらされた化石燃料高騰などへの対応が必要だと明記されている。早急に進めなければならないのは、エネルギー政策の根本的な見直しと、省エネの徹底など需給状況への対策なのである。

 

//////////////////////////////////////////////////////////////////

 

同記事は朝日新聞社発行の「論座」に2022年6月7日に掲載された論考を、著者の了解を得て再掲します。日本政府に脱化石燃料への行動を迫るG7加盟国 – 松下和夫|論座 – 朝日新聞社の言論サイト (asahi.com)

 

matsushita0055キャプチャ

松下和夫(まつした かずお) 京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー、国際アジア共同体学会理事長、日本GNH学会会長。環境省、OECD環境局等勤務。国連地球サミット上級計画官、京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)など歴任