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看々臘月尽(西川綾雲)

2016-12-08 14:16:50

COP22キャプチャ

 

 今年も早や十二月、師走を迎えた。あと一か月弱を残しているので少々、気の早い気もするが、環境金融という視点から、2016年に起こった出来事を十大ニュースのかたちで総括してみたい。

 

 今年の出来事は、3つの塊で捉えることができるように思う。まず、年の前半のダイベストメントのうねりに関連した出来事である。

 

 今年3月には①金融安定理事会気候関連財務情報開示タスクフォースがフェーズⅠ報告書を公表した。4月に入ると、②ノルウェー政府年金基金を運営するノルウェー中央銀行が石炭ダイベストメントの一環で日本の電力会社3社を投資対象から外すと発表。5月には、③オックスフォード大学スミス企業環境大学院の持続可能金融プログラムが「日本における座礁資産と石炭火力」を公表した。

 

 年の後半は、環境金融の制度的な動きや金融システム再構築に関連した出来事が続いた。8月に、④中国で「緑色金融システムの構築に関わる指導意見」が発表された。9月に入ると⑤G20サミットの採択コミュニケに、グリーン・ファイナンス(環境金融)が積極的に言及される画期的な出来事があった。10月に入ると、⑥欧州委員会がHigh-Level Expert Group on Sustainable Financeの設置を決定、⑦日本政府の持続可能な開発目標(SDGs)推進本部がSDGs実施指針骨子を決定し、ESG投資の役割も盛り込まれた。

 

 そして、三番目の塊が、環境金融のあり方に影響を与える政治的出来事だ。6月の⑧英国の欧州連合離脱決定、11月の⑨パリ協定発効、そして同じく11月の⑩トランプ氏の米国大統領選挙当選である。

 

 当然ながら、パリ協定発効は環境金融への追い風だが、英国の欧州連合離脱決定とトランプ氏の大統領選挙当選は、環境金融への逆風と総括できよう。このなかから、トップニュースを上げるのなら、やはり「トランプ氏の大統領選挙当選」を上げざるを得ない。パリ協定発効の数日後のタイミングで、世界は再び「一寸先は闇」に引き戻された。

 

 昨年3月、NHKが放映した米国のドキュメンタリー番組「Years of Living Dangerously(邦題: 危険な時代に生きる)」をご覧になった方は居られるだろうか?その第4回は、地球温暖化に一貫して懐疑的立場をとってきたアメリカ保守派の牙城といわれる南部の“バイブル・ベルト(聖書地帯)”を舞台に、ノースカロライナ州の福音派の教会で指導者を務める父と、環境問題に目覚めた娘の確執を取り上げていた。トランプ氏の「パリ協定からの離脱」、「「クリーン・パワー・プラン(CPP)の取り消し」、「EPA(環境保護庁)の解散」などの発言を聞いて甦ったのは、この番組の複数のシーンだった。

 

 トランプ氏当選が決まった今、改めて気候変動対策にノーを突きつける米国の姿勢は、単にひとりのリーダーによって牽引されているのではなく(多分、トランプ氏自身は環境問題それ自体に相当関心が薄いのだろうと想像される)、米国の多数の人々に宿る「自己責任を引き換えにした拘束なき世界への執着」だと思い知らされる。

 

 環境金融の本質な存在意義は、環境負荷の外部不経済を内部化させることにある。例えば、温室効果ガスの多量排出が投融資先の大きなリスクだと認識されるのなら、資金提供の担い手側は、投融資に当たってリスクプレミアムを要求したり、投融資自体を忌避する行動をとるだろう。炭素金融の進展によって、特定業種の経済主体の操業度に大きな影響が出たり、温室効果ガスの多量排出が企業の財務諸表を棄損させるような影響が出たりすれば、こうした傾向は一層強まるだろう。

 

 これは、裏を返してみれば、環境金融は企業活動や産業活動の「手かせ足かせ」を作り出すことを本質としているともいえる。前述のドキュメンタリー番組シリーズの最終回で、オバマ大統領へのインタビューが挿入されているが、「残りの任期で1つ政策を実現したいとすれば?」という問いに、オバマ大統領が「二酸化炭素排出に価格を付けたい」と回答するのが印象深かった。「自分たちは自分達の利益を最大にするために、誰からも制約を受けることなく、自らの意思で行動できる」と考える人達、もしくは「少なくとも自分にはそうすることができる資格と能力が備わっている」と考える人達には、環境金融は忌まわしき存在であることは、言を俟たない。

 

 年が明ければ、環境金融にとっての暗黒時代が始まることになる。その言い方がやや大袈裟であれば、「世の中には、決して制約などない」「人間の能力は無限だ」「気候変動に惑わされる必要はない」「この国の競争力を高めることが最優先課題だ」と信じる人達との格闘の時代が始まることになる。舞台は、米国だけでは必ずしもない。わが国でも既に、「トランプ新大統領誕生で、もう気候変動対策に真面目に取り組む必要はなくなった」とする言説が頭をもたげている。

 

 十二月になると、茶席の軸でよく目にする禅語の話題で締めくくろう。「看々臘月尽(みよみよ、ろうげつつく)」で、 臘月とは十二月のこと。「さあもう十二月も終わってしまいますよ。月日の流れの早いことをよくよく見なさい」という意味だ。世界は、あと何年ふたたび回り道に月日を費やすことになるのだろうか?掲げられた軸の揮毫が、これほどに重苦しさを感じさせる年の瀬は、いままでにない。

 

 西川綾雲(にしかわ りょううん)  ESG分野で20数年以上の実務・研究両面での経験を持つ。内外の動向に 詳しい。

http://rief-jp.org/blog/61134?ctid=33