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原発は温暖化対策になり得ない~先進型原子炉もコストが合わず、米国でもまだ導入がない(明日香壽川)

2021-05-25 16:36:05

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 相変わらず温暖化対策として原子力発電を推す声がある。

 

 そのような声はバイデン政権の米国でもある。確かに、バイデン政権は、温暖化対策の一つとして「先進型原子炉(Advanced nuclear)」を選択肢とすることを表明している。

 

 (写真は、米国で開発中の小型モジュール炉(SMR)の模型。経済性と安全性の両立を目指すとしているが……=2019年6月)

 

 先進型原子炉とは、第三世代あるいは第四世代の新型炉とも呼ばれるもので、旧来の技術である軽水炉(第二世代。福島第一原発事故を起こした原子炉はこのタイプ)よりも安全性などを向上させている。

 

 日本でも、2018年に閣議決定された第5次エネルギー基本計画で「新型炉の開発を進める」としている。すなわち、日本でも原発新設の際には、この先進型原子炉の導入が想定されている。

 

しかし、米国の多くの専門家は、「先進型原子炉は、コスト、スピード、公共の安全、廃棄物処理、運用の柔軟性、グローバルな安全保障の面で、温暖化対策の他の選択肢である、再生可能エネルギー(以下、再エネ)、省エネ、蓄電池などに対抗できない」と考えている。

 

 すなわち、実際には、米国で先進型の原発が導入される可能性は極めて小さい。本稿では、米国で先進型の原発が導入されない理由を具体的に示すことによって、日本における温暖化対策としての原発維持・新設の問題点について述べる。

 

建設費も運転コストも圧倒的に高い

 

政府機関である米エネルギー情報局(USEIA)は、毎年、発電エネルギー技術の発電コスト比較を発表している。その2021年版では、原子力発電(第三世代の先進型)および石炭火力は、再エネよりもはるかに高い(表参照)。

 

表 発電エネルギー技術のコスト比較(USELA)
表 発電エネルギー技術のコスト比較(USELA)

 

 太陽光や風力は、国際エネルギー機関(IEA)の調査や報告書でも、すでに多くの国・地域で最も安い発電エネルギー技術であり、その導入コストは、国によっては、既存の石炭およびガス火力発電所の運転コストよりも安くなっている。

 

 一方、原発の競争力は著しく低下している。米投資会社Lazardは、米エネルギー情報局と同様に毎年、各発電エネルギー技術のコスト比較を発表している。米国の2020年における新しい原発の発電の平均コスト(初期建設コストと運転コストの両方を含むコスト)は163ドル/MWh以上。これは、新しい風力や太陽光による発電設備の平均コスト(約40ドル/MWh)のほぼ4倍である。

 

米国のエネルギー関連投資会社Lazardの各年版データをまとめたもの。米国内の数値ではあるものの、毎年アップデートされて信頼しうるデータとして、世界的な傾向を掴む場合や投資判断の際によく参照される。
米国のエネルギー関連投資会社Lazardの各年版データをまとめたもの。米国内の数値ではあるものの、毎年アップデートされて信頼しうるデータとして、世界的な傾向を掴む場合や投資判断の際によく参照される。

 

 さらに原発にとって問題なのは、運転コストが、再エネの平均コストと同じレベルになりつつあることだ。2019年に米国の平均的な原発の運転コストは、原発推進の米シンクタンクであるNuclear Energy Instituteによると30.42ドル/MWhであった。情報会社の米ブルームバーグは、「米国の全原発の4分の1以上が運転コストを賄うのに十分な収益を上げていない」と推定している(2018年5月15日)。

 

 原子力産業はこれまで、常に原発の建設に関して「より良く、より速く、より安く」を約束してきた。しかし、それらは実現されず、結果的には噓であった。例えば……。

 

・米ジョージア州で建設中の二つの原発新設計画は予定より5年遅れ、予算は100億ドル以上超過した。

・米サウスカロライナ州の2基の原子炉プロジェクトは完成前に失敗し、数十億ドルの無駄な費用を納税者に負担させた。

・英国のヒンクリー・ポイントC原発の新設計画は、東京電力福島第一原発事故などを受けて、安全対策を強化したことで、総事業費が当初の予想の5倍である180億ポンド(約2兆5000億円)に膨らんだ。

 

大型クレーンで巨大ながれきの撤去が行われた福島第一原発3号機=2015年8月、福島県大熊町、朝日新聞社ヘリから
大型クレーンで巨大ながれきの撤去が行われた福島第一原発3号機=2015年8月、福島県大熊町、朝日新聞社ヘリから

 

 現在、安全性が高いとされる第四世代の「先進型原子炉」の中で実現に近づいているのは、主に米国企業が開発中の「小型モジュール炉(SMR)」と呼ばれるものだ。

 

 この原子炉は、従来の原子炉よりも小さい。しかし、小型モジュール炉の経済的競争力は全くない。原子炉のサイズを縮小し、多くのモジュールに分割すると、生成される電力のコストは上昇する。大量生産すれば価格は低下する可能性はあるものの、それをサポートするような需要は存在していない。

 

廃棄物問題は解決されず、そもそも間に合わない

 

 核拡散抵抗性や廃棄物処理などについても、小型モジュール炉は、従来型の原子炉に比べてメリットは大きくない。仮にコスト面の問題が解決されたとしても、核拡散の懸念と廃棄物処理の問題は消えない。結局、政府も電力会社も先送りしかしない。

 

 さらに、他のすべての要素が完璧にそろったとしても、温暖化対策としては間に合わない。

 

 現在、パリ協定を順守するためには、温室効果ガス排出を世界全体で2030年までに2010年比で45%削減する必要がある。原発について最も楽観的なシナリオであっても、米国内に一握りの小型モジュール炉が設置されるのは2029年か2030年になってからである。

 

 最も重要なのは、米政府からの多額の補助金にもかかわらず、米国ではまだ1基の小型モジュール炉も導入されていないことだ。

 

米国原子力規制委員会(NRC)の前委員長グレゴリー・ヤツコ氏=2015年2月、大阪市北区
米国原子力規制委員会(NRC)の前委員長グレゴリー・ヤツコ氏=2015年2月、大阪市北区

 

 2009年から2012年まで米国原子力規制委員会の委員長を務めたグレゴリー・ヤツコ氏によると、2011年に米国エネルギー省(DOE)は、二つの小型モジュール炉の設計を支援するために4億ドルの補助金を提供した。数千万円を提供した後、まだ一つの設計だけが開発中である。

 

 その企業は当初、アイダホ国立研究所に12モジュールのプラントを建設するとしていた。予想通り、このプロジェクトは計画通りには進んでいない。こうした課題にもかかわらず、トランプ前政権は、このアイダホ国立研究所のプロジェクトに対して10年間で14億ドルの直接的な補助金を出すことを決めている(The Hill 2021年2月23日)。

 

理性的な判断を!

 

 旧来型も先進型も、原発は補助金なしでは成り立たないビジネスとなっている。そして、そのような状況は、ほぼ必然的に政治との癒着を生み、贈収賄の温床となる。

 

 以前にも本稿で紹介したように、2020年7月21日、オハイオ州下院議長を務めるハウスホールダー議員(共和党)など数人が原発の稼働をめぐる収賄罪でFBIに逮捕された。彼らの容疑は、二つの原発を経営する電力会社に補助金として2026年まで毎年1億5000万ドル、合計で約10億ドルを州民の税金から払うという法案を通した見返りに、その電力会社から6100万ドルの賄賂をもらったというものだ。

 

 米連邦捜査局(FBI)は、盗聴やメールの検閲などの1年以上にわたる様々な秘密捜査を行った結果、州の下院議長という大物政治家の逮捕に踏み切った。

 

 現在、日本では、経産省管轄の総合エネルギー調査会のもとで発電コストの再計算がなされている。そこでは事務局が、以下のように整理しようとしている。

 

処理済み汚染水の貯蔵タンクが並ぶ福島第一原発=2021年4月、朝日新聞社ヘリから
処理済み汚染水の貯蔵タンクが並ぶ福島第一原発=2021年4月、朝日新聞社ヘリから

 

(1)原発の建設費は福島第一原発事故前から比べて3割程度しか上昇しない(イギリスなどで実績は2倍以上上昇)

(2)事故が起きる確率は事故前よりも小さくなっている

(3)稼働期間は60年に延ばせる(政府が決めた40年ルールをほご)

(4)稼働率は欧米並みの80%が可能(日本の実績は60%台)

 

 何がなんでも原発の発電コストを低く見積もりたいという強い意思が透けて見える。筆者の知る限り、日本は政府が今でも原発が一番安いと主張している唯一の国だ。

 

 国が音頭をとった日本企業の原発輸出は、結局、価格競争で負けた。原発に限らず、日本のインフラ技術は、「質は良いけど価格が高い」ということが自他共に認めるような常識となっている。多くの場合、それは真実だろう。それが、なぜか国内の原発新設の場合だけ、「質は良くて価格が安いものが造れる」と主張している。

 

 原発事故後の安全対策コスト上昇という事情があるにもかかわらず、依然として「質は良くて価格が安い」プラントが造れるというのは、どう考えてもおかしい。結局、質が悪い(安全性が低い)原発が造られるか、あるいは電気料金や国民の税金で補塡(ほてん)する高い原発になるのは明らかだ。

 

 総合エネルギー調査会では、国のエネルギー・温暖化政策を議論する基本政策分科会も開催されている。委員の中には、原発関連企業や経産省関連の研究機関、原発推進派の学者もいて、「温暖化対策のために、原発維持や先進型原子炉の開発・新設が必要」の大合唱となっている。

 

 そのような発言をすることが仕事である委員を、経産省が選んでいるので、当然の結果とも言える。しかし、委員にはやはり言いたい。もう一回、理性的に考えて欲しい。将来性がなく、日本企業が技術的優位性を持つわけでもなく、温暖化対策としても劣後する一つの技術のために、なぜそこまで多額の国費を費やすのかと。

 

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 本稿は 朝日新聞の『論座』の掲載記事(2021年5月24日付)を、著者の了解を得て転載しました。

 

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明日香 壽川(あすか じゅせん)東北大学東北アジア研究センター教授(同大環境科学研究科教授兼務)。地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターなど歴任。著書に、『脱「原発・温暖化」の経済学』(中央経済社、2018年、共著)など。