HOME環境金融ブログ |小麦色のコピー用紙(江川由紀雄)   |

小麦色のコピー用紙(江川由紀雄)  

2021-08-23 09:15:34

egawa004キャプチャ

 

 今から14年前。2007年頃の思い出話である。社外の人と打ち合わせなどの会合で当方が相手に差し出す説明資料は純白の紙に印刷したもので、相手が当方に手渡す参考資料などの紙はほとんどが小麦色だった。写真などのカラー画像が印刷された紙も小麦色だった。

 

   官公庁も業界団体も、さらには大手銀行や地方銀行も、小麦色のコピー用紙を使っていた。筆者が勤務していた外資系証券会社では純白の紙を使っていた。ひょっとしたら純白の紙を使っていた自分は(筆者の勤務先は)何か悪いことをしているのではないかという罪悪感のような感覚も持っていた。今でも小麦色のコピー用紙は広く普及している。

 

証券化が世間一般の関心を集めた時期のエピソード

 

 証券化に携わっている訳ではない一般の人たちが証券化に関心を持った時期は二度ある。最初は1997年から2000年頃までの時期だった。証券化は画期的な金融技術であり金融機関が抱える様々な悩みを瞬時に解決してくれる魔法のようなものだという期待を浴びた。

 

 二度目は2007年から2009年頃までの時期。アメリカのサブプライム住宅ローンに想像を絶する水準の延滞が生じていることが2007年春に広く知られるようになり、2007年夏に発生した「パリバショック」と米国の大手格付会社による米国サブプライム住宅ローンの証券化商品RMBSの一斉大量格下げの後は、「サブプライムローン」と「証券化」が部外者たちによってセットで評論されるようになった。

 

 なんとなく証券化が諸悪の根源で、金融機関の損失の源泉で、金融システムを破壊するような悪魔のような存在だと思われていたように思える。普段から証券化に携わってはいない人たちは証券化の実態についてほとんど知らない。これは今も昔も変わらない。

 

 そうした時分、外資系証券会社で証券化商品を専門とするアナリストとして活動していた筆者に官公庁、地方公共団体、必ずしも普段は接触していない金融機関などから「証券化について勉強させて欲しい」といったリクエストや個別具体的な案件についての相談が殺到した。日常的に証券化に接することのない人たちと頻繁に面談することになった。

 

 先方が筆者の勤務先に来客受付時間を過ぎた夕刻に往訪してきて応接室や会議室で2時間も3時間も話し込むこともあった。当方が資料を作成し、先方に出向き、何十人もの人たちを前に「勉強会」を実施したこともあった。

 

差し出す紙は必ず純白、受け取る紙はたいてい小麦色

 

 そういう会合を持つと、たいていはお互いに何らかの紙を手渡すことになる。参考資料のコピーだったり、ちょっとしたメモだったり、立派なプレゼン資料だったりする。ほとんどがA4版の紙または(製本しているかどうかは別として)紙の束である。

 

 こちらから用意して先方に差し出す資料は勤務先の社内に設置されていた複合機で真っ白な紙にプリントしたものである。一方で、多くの国内金融機関や業界団体、官公庁などがこちらに差し出してくる資料は例外なく薄い茶色―小麦色―の紙であった。新聞紙のような灰色でもなく、単行本によく使われるような紙のクリーム色でもなく、段ボールよりは少し明るめの小麦色なのである。勉強会であれ、打ち合わせであれ、こちらから相手に渡す資料や書類の紙は純白で、相手からもらう紙は小麦色だった。

 

 なぜ小麦色の紙を使うのだろうか。白い紙ではいけないのだろうか。疑問に思った。いつも小麦色の紙にカラーで印刷した資料を手渡してくる官公庁で担当官(国家公務員)に質問してみたことがある。黒一色ならともかく、カラフルなグラフや写真が載っている資料をカラー印刷するのなら白い紙の方が見やすいだろうと筆者は思った。「再生紙ですから」という回答であった。当方が差し出した紙が小麦色ではなく白いことについて「これでも一応100%再生紙です」と筆者は言い訳のような説明をしたこともある。

 

純白の「100%再生紙」(R100表示)を使っていた筆者の勤務先

 

 筆者の勤め先の職場には隣接部署も含め数人で共有する巨大な複合機が設置されていた。その横には500枚ずつ「100%再生紙」と表示されている紙に包んだ用紙の束が積み上げられていた。業者が頻繁に点検清掃をしに来て、その際に、用紙も補充してくれるのだが、なにしろリサーチ部門である。誰もが大量にプレゼン資料やレポートを紙にプリントアウトしていたので、頻繁に用紙切れが起きる。

 

 用紙トレーはいくつかあって、そのうち、A4サイズ用のトレーには紙が3000枚か4000枚くらい充填できる。筆者は自分で何かプリントアウトして、プリンターが用紙切れになると、積み上げてある500枚ずつの束を3つか4つ開封して用紙トレーに補充していた。用紙の包装紙を破る際に「R100」。「100%再生紙」という文字が目に入らない訳には行かない。勤務先の複合機の横に積み上げられていた紙が「サブプライム住宅ローン」問題が騒がれていた時期(2007年)に別のものに変わった。

 

 それまではコピー機のメーカーのロゴが印刷されていた紙に包まれていた用紙だったが、それが大手総合商社の名称が記載された包装紙の「インドネシア製」と表示されている紙に置き換わった。「R100」・「100%再生紙」と表示されている点は同じだった。

 

 なぜ勤務先は紙の銘柄を変えたのかについて筆者は理由を知らなかったし、総務担当者に問い合わせてみようとも思わなかった。どうせ日本製の紙よりもインドネシア製の紙の方が安いからだろう、くらいに思っていた。インドネシア製の「100%再生紙」はやはり純白であった。

 

 後日、調べてみたら、業界大手の日本製紙は2007年4月に100%再生紙の生産を同年9月に終了することを発表していた 。同社の「上質紙、中質紙、A3、微塗工紙」製品については古紙配合率を引き下げるとのことだった。この時の日本製紙の発表文[1]では、「古紙100%配合紙は全く配合していない紙に比べ、製造工程で化石燃料由来のCO2排出量が増加するケースがあり、再生紙が地球温暖化に与える影響が大きい」ことなどを理由として挙げていた。同社は同年10月に古紙100%配合のPPC用紙の生産を中止したことを発表した[2]

 

 この頃(2007年半ば)以降から、古紙原料100%再生紙の「コピー用紙」(PPC用紙)の調達が困難になったようである。(「PPC」は plain paper copier =普通紙コピー機のことなので、「コピー用紙」と「PPC用紙」は全くの同義語だと筆者は思っている。)

 

 日本製のコピー用紙から中国製やインドネシア製のコピー用紙に切り替えた事例が発生したのは、国産の「古紙100%」再生紙が品薄になったからなのだろう。インドネシア製の紙に切り替えながらも「R100」表示の紙を使い続けた筆者の勤務先は何らかの理由で「古紙100%」にこだわっていたのだろうと推測している。

 

フレッシュパルプ100%で作った再生紙年賀はがき

 

 毎年11月に郵便局で年賀はがきが売り出される。インクジェットプリンター用の紙など、いろいろな紙質の製品が用意されている。かつては「再生紙」の年賀はがきもあった。年賀はがきに限定されない。郵便局で売っていたはがきには、「再生紙はがき」・「再生紙」と表示されていたものが含まれていた。

 

 サブプライム住宅ローン問題が騒がれた翌年、2008年1月に年賀はがきの再生紙偽装・古紙配合偽装問題が浮上した。大手製紙会社(日本製紙、王子製紙、大王製紙、三菱製紙ならびに北越製紙の5社)が古紙をほとんど配合せずにはがきを製造し郵便事業会社(現在の日本郵便)に納入していたことが明らかになった。中には古紙を一切配合せずフレッシュパルプ(バージンパルプ)100%で製造した「再生紙はがき」もあった。このうち日本製紙は、官製はがきの偽装は1992年から行われており、一度も基準(はがきの古紙配合率40%以上)を満たしていなかったことを自ら発表した。

 

 日本郵政グループは2008年1月24日に「再生紙はがきの販売に関する今後の対応について」と題するプレスリリースを公表した。その中で「発注先に求めていた仕様である(古紙原料配合率)40%を大きく下回っていたことが明らかになったことから、その他の再生紙使用はがきを含めて調査を行ってまいりました」とし、「年賀はがき以外の各商品においても、郵便事業株式会社が求めていた基準(古紙配合率 40%)を満たしていないことが判明」したとしている。この日本郵政グループのプレスリリースにこのような表が掲載されていた。

 

egawa002キャプチャ

 

製紙業界に蔓延していた古紙配合率偽装再生紙

 

 古紙配合偽装を行っていた製紙会社は大手5社だけではない。また、偽装していたのは郵便事業会社に納入していたはがきだけではない。日本製紙連合会加盟の17社および日清紡の18社が、2008年1月25日までに再生紙製品の古紙パルプ配合率偽装を公表した。古紙配合偽装は業界全体で長年にわたり行われていたことだということが明るみに出たのだ。

 

なぜ「小麦色の紙」を使っていたのか

 

 「グリーン購入法(国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律)」第6条では「特定調達品目」ついて、別途政府が閣議決定により決定する「環境物品等の調達の推進に関する基本方針」に掲げる判断基準を満たす「適合商品」の調達を国(各省庁)と独立行政法人に義務付け、地方公共団体には努力義務を課し、企業などの事業者と国民は、できる限り環境に配慮した商品を選択するよう求めている。罰則は設けられていない。

 

 同法の「基本方針」では、「コピー用紙」について「古紙配合率100%・白色度70%」を求めていた。現在では、古紙配合率70%以上(50ポイント)・森林認証材パルプ利用割合基準適合(30ポイント)・白色度70%以下(5ポイント)の総合評価で80ポイント以上が適合とされている。白色度70%以下にするために、「ロットごとの色合わせの調整以外」の目的で着色された場合(意図的に白色度を下げる場合)は白色度の加点対象にはならない。

 

 筆者は製紙技術のことはまったくわからない。しかし、おそらくは、古紙を原料に真っ白な紙を製造することも可能だろうし、フレッシュパルプで小麦色や茶色の紙を作ることもできるのだろうと思っている。着色せずに白色度70%以下に抑えると、木材パルプの色を残すということになり、結果的に木材のような色―小麦色の紙ができるということなのだろう。

 

 罰則は何もないとは言え、「グリーン購入法」に拘束される省庁と独立行政法人は購入する物品が「基本方針」に適合したものであることに注意を払うであろうし、民間企業は必ずしも「グリーン購入法」を順守する必要すらない(同法第5条)のだが、官公庁と同じ基準で物品の購買をしようとする者が出現してもおかしくはない。

 

 当時の筆者の勤務先は、事実上のアジア地域の本社機能をシンガポールに集約しつつある段階にあった欧州の大手金融機関の在日拠点だった。おそらくは「グリーン購入法」にそれほど拘泥せずとも、「R100」などと製品に表示されている「再生紙100%」の紙にはこだわっていたのだろう。

 

官公庁の行動を「お手本」にする民間主体

 

 ある民間団体がオンライン会議システムを導入するに際して、その時点で、金融庁が Zoomではなく、Cisco の WebEx を使っているとの理由で、WebExを採用したが、その直後から金融庁が Zoomを使うようになったので悩んでいる、との話を聞いたことがある。同団体は、金融庁と接点があり、おそらくは、金融庁としばしばオンライン会議を行っているのだろう。民間主体が官公庁を「お手本」にしている事例の一つと思う。

 

 先に指摘したように、筆者が当時勤めていた外資系証券会社では、真っ白な「100%再生紙」を使っていたが、その時期に政策金融機関、業界団体、大手銀行、地銀などがそろって小麦色の紙を使っていたのは、「グリーン購入法」に係る「基本方針」への適合基準もあろうが、本当の理由は、官公庁が使うコピー用紙が例外なく小麦色の紙だったからかもしれない。筆者の経験では、金融庁を含め、霞が関の中央省庁と会合を持つと、先方から手渡される資料などの紙は例外なく小麦色だった。

 

外形標準が善悪の判断基準にならないか

 

 今から14年前の「サブプライムローン問題」が騒がれていた時期に、筆者が「なぜこんな小麦色の紙を使うのですか?白い紙の方がいいではないですか?」と質問したら「再生紙ですから」と答えてくれた知り合いの官公庁職員(国家公務員)は、ひょっとしたら「小麦色の紙=再生紙、白い紙=フレッシュパルプ紙」と思い込んでいた可能性があるような気がしている。そういう思い込みが定着しているとすれば、「小麦色の紙=再生紙=善、白い紙=フレッシュパルプ紙=悪」という価値観が形成されていた可能性も考えられる。そういう価値観が過激化すると、白い紙を使う人は悪で、小麦色の紙を使う人が正義だということにもなりかねない。

 

 紙の色味とどれだけ原料に古紙を配合しているかとは別問題だろうと筆者は思う。フレッシュパルプだけで作った茶色っぽい紙もあれば、古紙100%の白い紙もある筈だ。ちなみに、筆者は再生紙100%の白いトイレットペーパーを買って自宅で使ったことがある。トイレットペーパーが品薄状態だった昨年の春に食品スーパーで売っていた。そのトイレットペーパーは、古紙といっても、おそらく、牛乳パックなどの、元々、白くてしっかりした繊維を持つ上質な紙を再生したものだろうと推測するが、決して茶色でも灰色でもなく、白かった。今でも小麦色のコピー用紙を使う事業所は多いように思う。小麦色は古紙再生紙を意味するわけではないようなのに。白い紙を使う人を非難し排除するような動きが発生しないことを願いたいばかりである。

 

 純白の紙と小麦色の紙とを比較して、環境負荷が軽いのはどちらなのかは筆者にはよくわからない。純白の紙は、純白にするための漂白工程で薬品などを多く使うであろうが、それよりもパルプ原料をどのように調達したのかが環境負荷の程度に大きく影響しそうな気がする。

 

紙の消費は少ない程いいのか

 

 筆者は2年前まで会社勤めをしていたが、過去10年余りを振り返ると、筆者自身および筆者の周辺でのコピー用紙の消費量は減ったような気がする。昔なら紙の束として受け取っていた資料をPDFファイルなどの電子メディアで受け取ることが多くなった。筆者はそういう電子的な資料を滅多には紙にプリントアウトすることはない。大規模な会合では昔と違い議題など数枚の紙を配布することはあっても、何十枚もの参考資料を紙で配布する慣行は見なくなった。

 

 ある団体の会合に出席したら、約3年前に、紙の配布を原則中止したとのことで、出席者だけではなく、傍聴者にもひとり1台のタブレットが貸与され、紙を一切配布せずに会合を進行する場に遭遇した。従来なら紙の書類を使っていた事務をオンラインに移行したものは多い。

 

 日本製紙連合会によると、日本国内の「情報紙・印刷用紙」(新聞用紙は含まない)の需要は2005年の11.9百万トンから2020年には6.3百万トンへと15年間で47%も減少してきている。日本国内での生産量は更に顕著に減少(2005年に11.5百万トン、2020年に5.8百万トン)している[3]

 

 世界に目を転じると、国連食糧農業機関(FAO)の調査によれば、全世界の “printing and writing papers” (印刷及び筆記用紙)の生産は2007年の115.4百万トンから2020年には82.9百万トンへと減少している。この数字に新聞用紙(newsprint)は含まれない。新聞用紙の生産は2004年の39.5百万トンから2020年には14.7百万トンへと「印刷及び筆記用紙」よりも減少幅は顕著だ。コピー用紙を含む情報紙・印刷用紙の生産量や需要の減少は日本だけではなく全世界的に続いている現象だということが確認できる。

 

egawa001キャプチャ

 

 日本の人口は減少気味だが、世界の人口は増加を続けている。書籍や書類やコピー用紙や筆記用紙としての「情報紙・印刷用紙」の需要は人口増加に連動して増えてもよさそうなものだ。乗車券や航空券などを含め紙の書類を廃止して電子媒体で済ませるようになっているとか、電子書籍が普及するとその分は紙の本が売れなくなるとか、そういう慣行の変化による紙に対する需要の現象が持続的に発生しているのだろう。「情報紙・印刷用紙」の生産量・消費量が減り続けているのだから、こうした製品を古紙だけを原料にして作ろうとしても、原料となる古紙の確保が難しくなることは容易に想像が付く。

 

 日本における古紙配合率偽装事件は、日本の紙の需要量や生産量がピークに近かった時期に表面化した(偽装行為は1990年代から続いていた)が、そもそも再生紙の購入を努力義務とするような社会制度の目的を考えてみたい。おそらくは、地球環境の維持にあるのだろう。大半の紙は木材パルプを原料に作られるため、紙を消費することは、光合成によって大気中の二酸化炭素を酸素に置き換えている木を消費することであり、森林破壊と温室効果ガスの増加をもたらすと思い込んでいる人たちがいるのかもしれない。

 

 しかし、森林は人為的に植栽・下刈り・間伐・伐採のサイクルを計画的に回して行かないと維持できない。そうした営林行為が事業として成立するためには、林業従事者に材木の販売などによる収入が安定的にもたらされないといけない。森林の維持のためには、林業の採算性を確保することも必要だろう。門外漢の思い付きに過ぎないのかもしれないが、木材の消費は少なければ少ないほどいいというものではないのではないだろうか。

 

 紙は、単に製造工程における環境負荷だけの問題ではなく、林業の持続性、地球規模での森林の維持管理の問題にまで発展し得る。使用済みの紙をどう処理するかも問題になり得る。我々が日常的に使用し消費している。使用済みになった紙は業者や自治体の清掃局に「リサイクル」に出しているが、「リサイクル」に回されたコピー用紙や新聞雑誌がその後どうなるのかについては(なんとなく多くが段ボールとして再生されるのだろうと推測しながらも)あまり気にしていない。「リサイクル」に出すのが面倒だとして、可燃ごみに混入して紙ごみを捨てている人たちも多いだろう。「可燃ごみ」として業者や自治体の清掃局に引き渡せば、焼却されて(その過程で発生する熱の一部が利用されることはあっても)灰になり、埋め立てられることになる。

 

 日常的に消費する「コピー用紙」については、「グリーン購入法」の「基本方針」への適合の有無や、「白色度」が70%以下かどうかに関係なく、無駄に大量に消費することを控え、用済みになったものは「リサイクル」されるように処理するようにすれば、罪悪感を覚える必要はないと筆者は思う。白い紙を使っている人(企業など)が小麦色の紙を使う人たちの前でうしろめたさを感じる必要はないように思う。

 

ハイブリッド車(HV)と電気自動車(EV)の問題

 

 日本自動車工業会が2020年12月17日に開催した記者会見で会長の豊田章男氏(トヨタ自動車社長)がエンジン車を廃止して全て電気自動車(EV)にすることが良いとは限らないという趣旨のことを述べた。記者会見の一部始終は日本自動車工業会が YouTube で動画を公開している[4]。多くの雑誌や新聞がこの記者会見に基づく記事を掲載した。

 

 いくつかの国々や州で2030年または2035年あたりにエンジン車の販売を全面禁止するという方針が打ち出している。ガソリン車やディーゼル車だけではなく、ハイブリッド車(HV)も数年後から十数年後までのタイムスパンで世界のあちこちで売れなくなることは既定路線になっているように思える。エンジン車(ハイブリッド車を含む)が廃れていく(または禁止される方向性の)流れは既に形成されている情勢にある。

 

 豊田会長の記者会見での発言の一部を筆者が書きとってみた。

日本は火力発電が77%、再エネと原子力が23%の国です。フランスは原子力中心ですが、89%が再エネと原子力で、何と火力は11%ぐらいです。ですから、(自動車の生産工程で)電気を使っている事情を絡めて考えますと、「ヤリス」というクルマを東北で作るのと、フランス工場で作るのとでは、同じ車だとしても、フランスで作る車の方がよい車ってことになります。日本ではこの車は作れないということになってしまう。

それと、あえて申し上げますと、EV化でガソリン車を廃止しましょうってよくマスコミ各社も報道されますけど、乗用車400万台をすべてEV化したらどういう状況になるか、ちょっと試算をしたのでぜひ紹介させてください。夏の電力使用のピークのときに全部EVであった場合は電力不足。解消には発電能力を10~15%増やさないといけません。この10~15%というのはどんなレベルかというと、原発でプラス10基、火力発電であればプラス20基必要な規模ですよ。

それからすべてをEV化した場合、充電インフラの投資コストは、約14兆円から37兆円になります。戸建ての充電機増設は約10万から20万円、集合住宅の場合これは50万円から150万円。急速充電器の場合は平均600万円です。EV生産で生じる課題としては、電池の供給が今の約30倍以上必要になるということです。そうしますと、コストで2兆円。

それから何よりも、EV生産の完成検査時には、消費される電力がございます。EVは、その完成検査に充放電をしなきゃいけません。現在だと1台のEVの蓄電量は家1軒分の1週間分の電力に相当します。これを年50万台の工場とすると、1日当たり5000軒相当の電気を充放電することになります。火力発電で電気を作り、各家庭で使う日あたり5000軒相当の電気が単に充放電されることになります。こういうことをわかったうえで政治家の方があえてガソリン車をなしにしましょうと言っておられるのか。

 

ガソリン車は悪なのか

 

 EVは確かに、走行時に一切CO2を排出しない。なので、ガソリンエンジンを搭載するHVよりも環境負荷が軽いようについつい思い込んでしまう。しかし、EVが本当にHVよりも環境負荷が軽いのかは大いに疑問であり、自動車による温暖化ガス対策を考える際には、もっと専門的な分析と検討が必要になるように思える。EVはHVよりもはるかに大容量のバッテリーを搭載するが、バッテリーの生産工程で温室効果ガスは大量に発生する。豊田会長の発言のように、バッテリーの充放電試験で想像を絶する電力消費が起きる。EVは家庭用電源などで充電する必要があるが、その電気をどう発電したかによって、温室効果ガスの排出量が大きく異なる。

 

 もし、現実的ではない前提(1台の乗用車を何十万キロも乗ってから廃車にするとか、EVに充電する電気は火力発電がわずかで、再生エネルギー由来のものが大半とか)を用いてEVがHVよりも環境負荷が軽いということになっているのなら、まずは、現実的な前提(1台の乗用車はせいぜい数万キロ走行後に廃車になる、電力の多くは火力発電によって生産されている)を用いてEVとHVの比較をしてみる必要があると門外漢なりに思っている。

 

 そうしたことはさておき、「EV=走行時に温室効果ガスを排出しない=善、HV=ガソリンを燃料とし、ガソリン車よりは燃費が大幅に良いものの走行時にガソリンエンジンを作動させ排ガスを出す=悪」との思い込みが世の中に広まってしまう可能性はあるような気がしてならない。

 

 何らかのルールメイキングにおいて、EVを優遇する、HVを含めエンジンを搭載している自動車の販売や利用を制限または禁止するということが起きれば、「EV=善、HVを含むエンジン車=悪」という価値観が世の中に定着する恐れが十分にある。そうした際に、EVとHVとでは、どちらの環境負荷が軽いのかという議論を持ち出そうとすると、抵抗勢力だとか既得権益に囚われているなどと非難される可能性も考えられる。

 

/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

[1] 2007年4月24日、日本製紙グループのプレスリリース

https://www.nipponpapergroup.com/news/news07042401.html

[2] 2007年10月22日、日本製紙グループのプレスリリース

https://www.nipponpapergroup.com/news/news07102201.html

[3] 日本製紙工業連合会 「紙・板紙の需要・生産・輸出入」

https://www.jpa.gr.jp/states/paper/

[4] 日本自動車工業会「記者会見」2020年12月17日 YouTube  https://youtu.be/zjMg8IsWjIQ

 

 

江川 由紀雄(えがわ ゆきお)egawa006キャプチャ

一般社団法人流動化・証券化協議会顧問。中央大学法学部兼任講師