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欧米大手格付会社によるロシア関連の格付けの一斉取り下げについて思うこと(江川由紀雄)

2022-03-29 14:39:55

Moody's001キャプチャ

 

 欧州でも相応にマーケットシェアを有する米国資本[1]の世界的な大手格付会社3社が、ロシア関連の格付けをすでに取り下げたか、あるいは4月中旬までに取り下げることを決定している。こうした大手格付会社の行動に、筆者は違和感を覚えている。

 

 大手格付会社 S&P Global Ratings は3月17日にロシアの格付けを CCに引き下げていたところ、3月22日にはロシア及びロシア関連の全ての格付けを4月15日までに取り下げると発表した。理由は欧州委員会がロシアに対する経済制裁の一環としてロシア関連の格付けを禁止することを決定したから、だそうである。

 

 続いて3月24日には Moody’s Investors Service もロシア関連の格付けを取り下げることを発表し、Fitch Ratingsはその翌日、ロシアの格付けを全て取り下げた。日系の格付会社2社(格付投資情報センターと日本格付研究所)については同様の動きは今のところ見られない。

 

 欧州で事業を展開する大手格付会社がロシア関連の格付けを取り下げることが、ロシアに対する経済制裁として機能するのかどうかは筆者にはよくわからない。ロシア政府とロシアの企業や金融機関がドルやユーロの市場で債券を発行できなくするという意図なのだろうか。格付けがあろうがなかろうが、すでにロシア物の発行は、事実上不可能になっているように筆者には思える。

 

CRA001キャプチャ

 

 だが、投資家が投げ売りしても、ロシアが過去に発行した債券が消滅する訳ではない。ロシア政府を含むロシアの発行体による債券は過去に米ドル建などの「西側」の通貨建てで世界各地の投資家に販売されてきた。そうした債券が残存している限り、新発債が当面発行されない(発行しようとしても当面発行できないのは明白だろうと思うが)としても、投資家が求める重要な情報として、格付けの提供は継続するべきではないか、と筆者は思った。

 

 債券がデフォルトしそうか、しそうにないのかを判断するための参考情報として市場関係者に用いられるというのが信用格付けの本質的な役割であり、その不確実性が高い状況で、敢えて格付けを取り下げてしまうことは、格付けの利用者に対する裏切り行為のようにも思える。

 

 大手金融機関や機関投資家はロシア向けのエクスポージャーを圧縮したことを誇示するために、1カ月以上前から盛んにロシア関連の金融資産の売却処分を進めているようだ。そうした投資家は市場でロシア関連の資産を(できるだけ情報を表に出さないような相対取引が大半であろうが)売却した。だが、ドル建てのロシア国債を含むロシア関連の債券は消滅した訳ではなくて、ヘッジファンドなどの別の投資家がひっそりと買い取り、保有している訳である。

 

格付けは誰に提供する商品なのか

 

 大半の格付会社の収益構造は発行体から収受する格付手数料に大きく依存している。投資家などの格付け情報を利用するユーザーから徴収する購読料などの料金収入はそれほど大きくない。この点、収益構造面では広告収入が「主」で、読者や視聴者から徴収する代金(定期購読料金を含む)が「副」になっているマスコミのビジネスと類似している。

 

 そういう収益構造にも拘わらず、格付けはその性質面からは、投資家などの市場参加者に提供するサービスなのであり、投資家にとって有益な情報となる。そういう情報をプロフェッショナル集団として生産し、それを商品として販売することを生業としている格付会社は、投資家が求めるものであれば、格付けを継続的に提供するべきではないだろうか。収益を広告収入に大きく依存するマスコミでも、災害などに関する報道は採算を度外視してでも読者や視聴者に届け続けようとする。

 

 規制に起因しているからとはいえ、そういう投資家(マスコミの場合は読者)に仕える者としての矜持が、今般の大手格付会社によるロシア関連の格付けの一斉取り下げという横並びの行動には全く感じられなかった。

 

Prep Naggetsより
Prep Naggetsより

 

 なお、ソブリン格付けについては格付会社の収益事情はやや事情が複雑だ。ソブリン格付けを行う大手格付会社は、典型的には、主要先進諸国の発行体からは格付手数料を徴収せず無料で格付けを付与する。だが、途上国と経済規模が比較的小さな国の政府からは格付手数料を徴収している。多くの格付会社が日本にも格付けを行っているが、日本政府は格付会社に格付手数料を支払っていないので、日本のソブリン格付け(≒日本国債の格付け)はいずれも「非依頼格付け」とか「勝手格付け」と呼ばれる類のものになる。

 

 日本では、1990年代に「勝手格付け」が問題視された歴史的経緯があり、「非依頼格付け」は何か悪いものであるかのように扱われることもあった[2]。収益には寄与しないにも拘わらず、世界各地の格付会社が主要先進国に格付けを付与しているのは投資家などの市場参加者に対するサービスの提供の一環として格付会社が捉えているからだと思われる。ソブリンに対する格付けは、その国の中央政府以外の発行体の格付けを行う際の基準としても使われる。それに、経済規模の小さな国や発展途上国ばかりに格付けを付与し、主要先進国などには格付けを付与しないとすれば、あまりにも不自然だ。

 

 格付会社が20世紀初頭(1900年頃)に米国で出現してから、およそ100年間以上も格付会社は規制や当局による監督を受ける立場になかった。

 

 米国のサブプライム住宅ローン問題に端を発し、2008年に米国の証券取引委員会(SEC)はそれまで一方的に指定するだけだった 認定格付機関(NRSRO)を登録制に移行した。日本と欧州連合(EU)では2010年以降に相次いで格付会社を証券監督当局の監督下に置く登録制を導入した。こうして主な国では証券監督当局による登録制が導入されている。形式的には、格付会社が登録を受けずに格付け事業を行うことは許される。もっとも、登録を受けないと、日本では「無登録格付」として、金融商品取引業者による利用に制限が課されることになるし、EUでは “regulatory purposes” (規制目的)には使用できない格付けとなる。

 

 格付けは、いわば「言論の自由」や「表現の自由」の範疇で捉えられる情報としての商品であり(この点でもマスコミ報道に類似していると筆者は思う)、その行為自体を法令に基づく規制によって禁止または制限することは容易ではない。このため、格付けを生産・提供する企業は、当局の「登録を受けなければならない」という規制ではなく、「登録を受けることができる」という形にし、登録を受けない者が一定の不利益を被る(または、登録を受けた者が一定の利益を受ける)ような制度が考案され実現したもの、と筆者は捉えている。

 

  格付会社に対する規制が実施される前に「行動規範」があった

 

 主要国で格付会社(信用格付業者)を証券監督当局による登録制とし、当局の監督下に置くという規制が敷かれる前に、証券監督者国際機構(IOSCO)が格付会社の「行動規範」(Code of Conduct) を定め、格付会社が自主的にこの「行動規範」を採用し、“comply or explain” (遵守するか、遵守しないのであれば遵守しない理由を説明せよ)ベースで自己規律を効かせることを促したことがある。

 

 IOSCOによる格付会社の行動規範の最初のバージョンは2004年に公表された草案(consultation)に対して意見募集がなされ、2005年にとりまとめられた。その後、同行動規範は2008年と2015年に改訂された。日本の格付会社も一時期、IOSCOの行動規範に沿った情報開示を行っていた。

 

ESG002キャプチャ

 

「ESG評価」も信用格付けと類似の規制の対象になるか

 

 「行動規範」といえば、日本の金融庁は「ESG評価」等を行う企業の「行動規範」を定めようとしている。金融庁に設置された「ESG評価・データ提供機関等に係る専門分科会」の今年(2022年)2月以降の会合における検討内容を見えれば、方向性は明確である。おそらくは、現在は何らの規制もなく、各企業が自由に行える「ESG評価」の制度的な扱いは、信用格付けと似たような進展を見せることになるではないだろうか。当局による監督の対象になれば、金融機関などと同様に、政府の意に沿わない言動は難しくなるなど、制約が生じてくる可能性もある。

 

 ただ、ESG評価・格付の評価・データ提供機関の場合も、仕えるべき対象は政府や当局ではなく、利用者である投資家などの市場参加者であり、そうした利用者に有益な情報を提供するという自律的なプロフェッショナルとしての役割は、堅持し続けてもらいたいと考えている。

 

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  [1] 現在は米国のメディア企業 Hearst の100%子会社であり、「米国資本」と呼んで構わないと思っているが、Fitch Ratings の前身の1社であるIBCAは英国・ロンドンで創業した金融機関に特化した格付会社であった。ロンドンでIBCAに勤務していた日本人スタッフの鳥谷礼子氏は1986年に同社が東京にオフィスを設置した際に実務部隊の中心的な役割を果たした。

 

 [2] たとえば、2006年3月に金融庁による告示が公布され、2007年3月から実施された「新BIS規制」と呼ばれた日本版バーゼル2では、銀行の自己資本比率規制に初めて銀行が保有するエクスポージャーに、格付会社の格付け水準に応じてリスク量の掛け目を傾斜させる方式を採り入れたが、金融庁は非依頼格付の利用は禁止した。その条文は改正されることなく現在もそのまま残存している。「標準的手法採用行は、リスク・ウェイトの判定に当たり、非依頼格付を使用してはならない。ただし、中央政府に付与されたものである場合には、この限りでない」(銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準(平成18年金融庁告示第19号) 第49条)

 

 

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江川 由紀雄(えがわ ゆきお)一般社団法人流動化・証券化協議会顧問。中央大学法学部兼任講師