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アジア各国のサステナブルファイナンス。金融規制当局への調査からの最新動向(上)~気候情報開示への取り組み広がる。開示義務化が主流に(白井さゆり)

2025-04-07 21:13:33

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 アジアでは化石燃料への依存度が高く、大幅な温室効果ガス(GHG)排出削減が求められている。そのため、脱炭素に向けた資金調達が不可欠であり、国内外の投融資資金を呼び込むには、企業による気候関連情報の開示が重要となる。また、大企業が排出削減を進めるためにはサプライヤーとの協働が不可欠であり、他企業の情報開示も重要な役割を果たしつつある。

 

 こうした中、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は2023年に国際基準を発表し、世界的に情報開示の標準化が進みつつある。日本では、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)がISSB基準をベースに一部修正したもののほぼ同基準を踏襲する形で最終基準を2025年3月に公表した。また、金融庁はプライム市場に上場する企業を対象に、時価総額3兆円以上の企業から段階的に、2030年前半までに有価証券報告書での開示を義務付ける意向を示している。

 

 アジアではISSBの開示基準が広く認知され、各国で導入の準備が進められている。こうした流れを受け、アジア開発銀行研究所(ADBI)は、アジアの金融規制当局12機関を対象に、ISSB基準の導入状況に関する調査を2025年2月に実施した。この調査は、私が2023年に立ち上げた「ADBI-ADBアジア気候ファイナンス対話プロジェクト」の一環として実施された。同年3月中旬にはアジア諸国との非公式会合を開催し、各国の進展状況について率直な意見交換を行い、本調査の結果も共有した。本稿では、その調査結果の概要を紹介する。

 

 ISSB基準の義務化はアジアで進行中

 

 脱炭素化を加速するには、ISSB基準のような標準化された枠組みに基づく情報開示を企業に促す必要がある。ISSB基準の採用は自主的なものとされているが、可能な限り義務化することが望ましいと考えられている。自主性に委ねると、企業が都合の良い情報のみを開示し、結果として金融機関、投資家、企業の取引先、市民団体などの情報利用者が企業間の比較を困難にする恐れがあるからだ。

 

 このような背景のもと、今回の調査では、金融規制当局がISSBの気候関連開示基準を義務化しているのか、または義務化を検討しているか、さらに実施の具体的なスケジュールを設定しているかについて尋ねた。その結果、約7割の回答者がすでに義務化している、または今後義務化する予定であると回答し、アジア各国におけるISSB基準の導入意欲の高さが示された(図1)。また、この回答者のうち6割がスケジュールを設定済みまたは設定予定であると答えた一方で、残りの4割はまだ決めていないことも明らかになった。

 

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ISSB基準の完全採用と部分修正による採用は五分五分

 

  ISSB基準は、これまで民間のさまざまな取り組みをもとに策定されてきた気候関連およびサステナビリティ情報開示のガイドラインを統一することを目的として策定された。現在、ISSB基準を採用または検討している国が増えているが、採用の形態は国によって異なりそうだ。ISSB基準をそのまま採用する国もあれば、同基準を一部修正した上で採用する国もある。独自のサステナビリティ開示基準の一部としてISSB基準を活用する国も多くなりそうだ。このような状況を受け、IFRS財団は2024年報告書で、各国の規制基準がバラバラになるリスクについて警鐘を鳴らしている。特に、ISSB基準の要件が削除・除外される形で修正されると、資本市場における適時性や比較可能性のあるサステナビリティ関連の財務情報の提供が損なわれる可能性があると指摘している(ISSB 2024b)。

 

 そこで、本調査では、ISSBの気候関連情報開示基準(IFRS S2)が修正なしで採用されているのか、または採用予定かについて尋ねた。その結果、4分の1の金融規制当局が同基準を修正なしで採用済み、または採用予定とし、さらに4分の1の当局が一部修正して採用済み、または採用予定という結果が得られた(図2)。今後、金融規制当局間で情報共有を行い、ISSB基準の修正内容を相互に参考にすることが、他国での導入検討において役立つ可能性がある。

 

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  ISSB基準を全上場企業に適用する国が多い

 

 ISSB基準は、主に証券取引所に上場する大企業を対象としている。一般的に、上場企業は「プライム」「スタンダード」「グロース」の3つの市場区分に分けられる。プライム市場は、取引量が多く、株主数が多い大企業を対象とし、最も厳しい透明性基準と開示義務が課される。スタンダード市場は、中規模の企業を含み、透明性基準はプライム市場よりやや緩やかとなる。グロース市場は、成長企業向けの市場で、透明性基準は比較的緩やかである。IFRS財団によれば、「ほとんどの公的な説明責任を持つ企業」は、主にプライム市場とスタンダード市場の上場企業、および銀行・保険・信用組合などの金融機関を指している。一方で、未上場企業や中小企業、経済的影響が小さい金融機関は対象外とされている(IFRS 2024a)。

 

 本調査では、ISSB基準の適用対象となる企業の範囲について尋ねた。その結果、約半数の回答者が、プライム・スタンダード・グロースを含むすべての上場企業に適用すると回答しており、ISSB基準をプライム市場の企業のみに適用するとした回答者は2割以下に過ぎないことが分かった。しかも、ISSB基準を全上場企業に適用する国のうち、約70%が一部の未上場企業も対象に含める意向を示しており、アジアの金融規制当局が多くの企業に気候関連情報の開示を広めようとしていることが確認された。

 

図3.ISSB基準の対象企業の範囲

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  温室効果ガス(GHG)排出量データの重要性に対する認識の高まり

 

 GHG排出データは、ISSB基準の中でも特に重要な項目の一つとされている。ISSBは、企業に対してGHGプロトコルに基づくScope 1、2、3の排出量を開示することを推奨している。本調査では金融規制当局に対し、企業にGHG排出データの開示を義務付けているか、または義務付ける予定があるかを質問した。調査結果では、約4割の金融規制当局が「Scope 1、2、3すべての排出量の開示を義務付けた(または義務付ける予定)」と回答している。一方、約25%は「Scope 1、2のみの開示を義務付ける、または推奨する」と回答し、Scope 1・2・3すべての開示を推奨する(義務付けはしない)としたのは8%にとどまったことが明らかになった(図4)。義務化や推奨の違いはあるが、アジアでは今後、スコープ3を含めGHG排出量データの開示がある程度進展していくことが期待される。

 

 GHG排出データの信頼性を確保するためには、外部機関による保証(アシュアランス)が重要な役割を果たす。本調査では、金融規制当局に対し、独立した外部監査や保証を義務付けているかを尋ねたところ、約3割の機関が「対象となるすべての企業に外部監査・アシュアランスを義務付ける意向がある」と回答し、約8%の機関は「特定の企業のみを対象に義務付ける予定」と答えている(図5)。保証機関が適切に業務を行うには金融規制当局による指導や人材の拡充といった対策が必要な場合が多く、多数の上場企業に義務付けるにはまだ時間を要すると思われる。

 

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  GHG排出削減目標のグロス(総排出量)とネットの区別には時間がかかる見込み

 

 企業によるGHG排出削減目標の開示が重要であることには、世界的なコンセンサスがある。一部の企業は自社の排出量を相殺するためにカーボン・クレジットを購入し始めているため、企業がどの程度排出削減においてカーボン・クレジットに依存しているかを理解することへの注目が高まっている。ISSB基準では、企業は自社の削減目標が排出量(グロス)なのか、または(カーボンクレジットで排出量をオフセットした)ネットなのかを明確にすることが求められており、ネット目標を採用する場合にはその旨を開示することが期待されている。

 

   さらに、カーボン・クレジットを使用する予定の企業は、カーボン・クレジットに関する具体的な情報を提供する必要がある。ここには、ネット目標を達成するためにカーボン・クレジットに依存する割合、カーボン・クレジットの第三者認証、カーボン・クレジットの種類(自然に基づく削減や技術的な削減など)、およびクレジットの信頼性や整合性に影響を与えるその他の要因(例えば、永続性に関する原則)などが含まれている(カーボン・クレジットの特徴とそれに関する既存の国際的な開示基準の扱いについては、Shirai[2025]による包括的レビューを参照)。

 

 こうした点を踏まえて、調査では金融規制当局に対し、対象企業が総排出量削減目標とネット排出量削減目標の両方を開示することを義務付けるのかどうかを質問した。その結果、大多数の回答者は総排出量目標とネット目標の扱いについてまだ決定していないことが明らかになった(図6)。回答者の約8%は両方の目標の開示を義務化する計画があると述べ、さらに8%はそれの開示を推奨する予定だと回答している(合計約17%が両方の目標の開示予定)。また、4分の1の回答者は、総排出量かネット排出量かを指定せずに排出削減目標の開示を推奨する意向があるとしている。アジアではGHG排出量データを始めて算定する企業も多く、まずは排出量目標の開示から始める国が多いと思われる。

 

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 最後に

 

  ISSB基準の採用状況に関する調査では12の金融規制当局による回答があり、回答者の約7割が既に開示義務を実施しているか、今後実施予定であることが分かった。適用範囲については、回答者の半数が公開企業全体に開示義務が適用されると答えている。GHG排出量データについては、半数の金融規制当局がScope 1、2、3の排出量の開示を義務付けるか、推奨する計画があると報告している。GHGデータの第三者保証は信頼性向上に不可欠であるが、調査では30%以上の回答者がすべての対象企業に対して保証を義務付ける予定であり、10%未満の回答者が一部の企業に対してこの要求を課す計画であることが分かった。

 

 全体として、調査結果は、ISSB基準の理解とその採用に向けた準備が、昨年初めに基準に関する円卓会議が開催された時点と比べて大幅に進展していることが確認できた(Shirai and Dang 2024)。アジア開発銀行研究所では、4月末にISSBと共催で、ISSB開示基準を含む世界の動向や開示の重要性、および各国の採用におけるガイダンスなどについて、政府関係者・金融規制当局に対してセミナーを開催することを計画している。

 

(このコラムは、下記のペーパーをもとに執筆している)

 

 Shirai, S. 2025. Survey Findings: Asian Financial Regulators on International Sustainability Standards Board Standards and Voluntary Carbon Credits, ADBI Policy Brief No. 2025-7 (April).

https://www.adb.org/publications/survey-findings-asian-financial-regulators-on-international-sustainability-standards-board-standards-and-voluntary-carbon-credits

 

その他の参考文献

IFRS Foundation. 2024a. The Jurisdictional Journey towards Globally Comparable Information for Capital Markets: Inaugural Jurisdictional Guide for the Adoption or Other Use of ISSB Standards, May. https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/supporting-implementation/adoption-guide/inaugural-jurisdictional-guide.pdf

IFRS Foundation. 2024b. Progress on Corporate Climate-related Disclosures—2024 Report, November. https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/supporting-implementation/issb-standards/progress-climate-related-disclosures-2024.pdf

Shirai, S. 2025. The Role of Carbon Markets in Facilitating Carbon Neutrality Publication, ADBI Policy Brief No. 2025-6 (April), Asian Development Bank Institute. https://www.adb.org/publications/the-role-of-carbon-markets-in-facilitating-carbon-neutrality

Shirai, S. and L. N. Dang. 2024. Results of the Survey on Financial Regulators’ Initiatives Regarding Corporate Climate-Related Disclosures: ADBI–ADB Climate Finance Dialogue Progress Report, March. https://www.adb.org/publications/results-of-the-survey-on-financial-regulators-initiatives-regarding-corporate-climate-related-disclosures-adbi-adb-climate-finance-dialogue-progress-report

 

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白井 さゆり(しらい さゆり) 

慶応義塾大学総合政策学部教授。アジア開発銀行研究所客員研究委員兼サステナブル政策アドバイザー。コロンビア大学経済学博士。元国際通貨基金(IMF)エコノミスト。2011~16年日本銀行政策委員会審議委員として金融政策決定に関与。