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第8回サステナブルファイナンス大賞インタビュー④ブルーボンド賞:マルハニチロ。アトランティック・サーモンの陸上養殖事業で、わが国初のブルーボンドを発行(RIEF)

2023-02-14 14:43:45

maruha0023キャプチャ

写真は、㊧からサステナブルファイナンス大賞審査委員の佐藤泉弁護士、マルハニチロ財務部長の山崎浩志氏、同社財務課課長の猿田暢夫氏、環境金融研究機構の藤井良広)

 

  マルハニチロはアトランティック・サーモンの陸上養殖事業の資金調達として、わが国で初のブルーボンドを発行しました。その先見性を評価して、第8回(2022年)サステナブルファイナンス大賞で初のブルーボンド賞を授与しました。同社の財務部長の山崎浩志氏にお話を聞きました。

 

 ――ブルーボンドの発行で調達した資金の充当先は、三菱商事と一緒に事業を進められている富山県でのアトランティック・サーモンの陸上養殖事業ということですが、同事業の資金調達として、当初からブルーボンドの発行を考えておられたのですか。

 

   山崎氏   :   元々はブルーボンドの発行を想定していたわけではありません。実は、アトランティック・サーモンの陸上養殖事業の適地を2年ほど前から探していました。昨年の2月ころ、ちょうど2022年度から始まる中期経営計画(中計)を策定していたところに、証券会社(みずほ証券)から同ボンドについてのご紹介がありました。

 

 中計の大きなテーマとして、経営戦略とサステナビリティの統合を打ち出していたことと、われわれのブランドステートメントとして、「海と命の未来を作る」を掲げていますので、ブルーボンドとの親和性や相性が良いと考え、チャレンジしてみよう、ということになりました。ちょうど、アトランティック・サーモンの陸上養殖の事業化を進めていたので、これが同ボンドの対象になるのでは、と考えました。

 

山崎浩志氏
山崎浩志氏

 

――証券会社からは、最初からブルーボンドの発行を勧められたのですか。ESG債には、グリーンボンドやソーシャルボンド等もあります。

 

   山崎氏   :   ESG債の中でブルーボンドというものがありますよ、というご提案でした。わたしどもは、海を生業(なりわい)にしているという会社なので、ブルーボンドの発行対象になるような投資案件や資金需要はありませんか、ということだったと思います。実は、当社が普通社債を出すのは今回が初めてでした。それもあって、「デビュー債」を検討するに際して、より広く投資家から興味を持ってもらえる債券発行が望ましいと考え、ブルーボンドに挑戦してみようということになりました。

 

――これまでの資金調達は融資が中心だったということですね。銀行融資と債券発行での調達での違いはどうでしたか。

 

  山崎氏   :  そうです。これまでのわが社の資金調達は銀行からの融資が中心でした。ESG債の場合、普通社債の発行との比較という意味合いでは、われわれがブルーボンドのフレームワークを作成し、それに第三者の格付会社からセカンドオピオンをもらうというステップが付け加わります。発行に際しては投資家向けのIRも実施しました。「デッドIR」を2日間にわたって10社に対して行いました。ブルーボンドの発行は本邦初ということもあって、機関投資家からは、かなりの興味を持っていただき、いろんな質問が出ました。

 

――IRを実施した先は、全て投資してくれましたか。

 

  山崎氏 : 実際に投資をしていただいたのは、デットIRを実施した投資家の方々の4割程度でした。証券会社に確認すると、4割というのは通常では、かなり高い比率と聞きました。IRへの参加者は国内投資家が中心でしたが、外資投資家の国内法人の方からもIRの申し入れもありました。ブルーボンドは昨年10月に発行しましたが、その時点での市場環境は必ずしも良くありませんでした。しかし、われわれのボンドに対しては、想定していた以上の投資家の反応があり、かなり良い条件で資金を調達することができました。

 

――資金使途先の事業となる陸上養殖事業について概略を教えてください。

 

  山崎氏   :   大きなところからお話をすると、世界の海洋の天然資源はだいたい年間1億㌧弱程度の供給量で、この水準はこの20年ほど、あまり変わっていません。傾向としては若干減る傾向にあります。これに対して養殖の生産数量は年々増加しており、現在、世界全体で年1億㌧強程度といわれています。しかし、海洋の養殖もやはり適地があることと、養殖ライセンスもどんどん増えるという状況ではなく、したがって、養殖での供給数量の増加も頭打ちになりつつあります。

 

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 これまではライセンスは増えないけれど、魚類の育種を掛け合わせることで、より強く、より早く成長させる技術が確立されてきたことと、「増肉係数」の改善も進んだため、供給数量を増やすことができたわけです。 「増肉係数」とは、魚を1kg育てるのに、何kgエサが必要になるかを表す係数です。その効率も上昇しており、技術革新はあるのですが、そうした技術をもってしても、今後、飛躍的に生産量が伸びていく状況にはなさそうな見通しです。そうなると、養殖に関しては陸上で伸ばしていかざるを得ないというわけです。

 

      その中で、アトランティック・サーモンという魚は、低い水温に適する魚なので、世界でも現在の海洋養殖は、チリとノルウェーの2カ国がほぼ独占している状況です。日本の近海は、同サーモンを養殖するには水温が高すぎるので、陸上で養殖をやろうということになってくるわけです。今回、事業を展開する富山県では、富山湾の海洋深層水を活用し、さらに黒部川の伏流水も使うことで、水温をかなりいい状況にコントロールできる立地といえます。こうした環境が整った富山でチャレンジしようということになりました。

 

――日本のどこででもできるというわけではないのですね。決め手は水温ですか。

 

    山崎氏   :   そうですね。陸上養殖の場合、コストをどう抑えるかが一番ポイントとなり、コストをより軽減できるような場所を探すのが、重要になります。そこの場所でしかできないというわけではないのですが、どこでもできるというわけでもない。エネルギーをどんどん使えばできますが、今はそういうわけにもいきません。

 

――陸上養殖は、コストを海洋養殖よりも削減できるということですか。

 

  山崎氏   :  それもこれからの技術革新次第だと思います。

 

――富山の養殖事業からの出荷は2027年とされていますね。どれくらいの量を出荷されることになりますか。

 

  山崎氏   :   養殖事業の会社そのものの設立が昨年10月でした。今年度に土地を取得して施設の建設に着工します。それが完成するのが2025年。そこから稚魚を入れるので、初回の生産ロットが出荷されるのが2027年というプログラムです。最初の出荷量は年間2500㌧を想定しています。一匹2.55kgとすれば約100万匹の計算ですね。

 

――味はいいのですか。管理されて育つので品質は良さそうですね。

 

山崎氏㊨と猿田氏㊧
山崎氏㊨と猿田氏㊧

 

  山崎氏   :  そうですね。管理しているので、病気にはなりにくいでしょうし、水温やエサのコントロールも海洋よりはおそらく効率的にできるでしょうから、品質的には均質なものができるという期待はできます。

 

――おいしいサーモンがブルーボンドで育ったということになります。ぜひ、期待したいです。事業化においては、地産地消も強調されています。

 

  山崎氏   :   当該地域の自治体の方々とは、早い段階から意見交換をしています。当然ながら、地域の雇用の創出であるとか、地場産品としてのブランド化といったことも可能であればやっていきたいという話をしています。

 

――日本人は魚をたくさん食べますが、魚は自然から獲れるものという意識があります。それが、養殖で育て、しかも陸上で生産するというのは、かなりの発想の転換が必要になります。食料自給にもつながります。他の自治体等でも事業を誘致したいという要請はありますか。

 

  山崎氏   :  今回のプロジェクトが成功した暁には、そういう声もたくさん出てくるかもしれません。日本では他にも陸上養殖を手掛けるプロジェクトがあります。それらを拝見すると、山の中で完全に閉鎖された環境で養殖する完全閉鎖型養殖というパターンが多いと認識しています。ただ、完全閉鎖だと、コストもかかるだろうし、何かあった時に、飼育中の魚が全滅するリスクもあると聞いています。われわれの場合、使用する水を濾過し、定期的に取り換えながら、という半分閉鎖型方式をとっています。プロジェクトによって、いろいろとメリットやデメリット、強みと弱みがあると思っています。

 

――将来的には、漁業は陸上養殖事業にシフトしていくということですか。

 

  山崎氏   :   たとえば、マグロのような魚は大きいので、スペース的に(陸上養殖は)厳しいものがあるかと思いますが、他の魚類については陸上養殖への移行の可能性はあるかと思います。現場では目下、いろいろアイデアを追求しているところです。

                            (聞き手は 藤井良広)