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茨城県東海村 「日本原研」放射能漏れ 事故後の報告遅れ、周辺住民は憤り 「本当に大丈夫か」(毎日)
2013-05-25 12:15:38

茨城県東海村の日本原子力研究開発機構の実験施設で起きた放射能漏れ事故は、発生から県への通報まで約1日半を要した。村民からは「本当に大丈夫なのか」と不安の声が上がり、県関係者は「事業者は問題を深刻に受け止めていない」と憤った。東京電力福島第1原発事故後もなお続く、原子力事業者の安全意識の欠如に、地元の怒りは高まるばかりだ。【杣谷健太】
「事業者側が安全管理をどう考えていたのか検証したい」。25日午前2時、水戸市の茨城県庁で急きょ行われた記者会見で、県原子力安全対策課の服部隆全(たかのり)課長は強い口調で同機構の姿勢を批判した。
県に事故を知らせる通報があったのは、23日の事故から約1日半が経過した24日午後9時40分。県と機構の間で結ばれている原子力安全協定では「直ちに通報」する取り決めになっていた。服部課長は「実態としては、30分以内に通報するのがルールだ」と指摘した。県は25日午後1時から、同機構の実験施設「J−PARC」への立ち入り検査を実施する。
J−PARCの斎藤直人副センター長は、すぐに通報しなかったことについて「研究者の被ばく線量が少なかったし、元々(実験施設は)放射性物質が発生する場所なので、報告する必要はないと考えた」と釈明。「当初の認識が甘かった。事態の把握が遅れ、申し訳ない」と謝罪した。
施設内の放射線量が上昇しているにもかかわらず換気扇を回した理由を問われると「施設内の線量を下げるためだった」と歯切れ悪く回答。「結果的に、外部に放射性物質を放出することになった。適切ではなかった」と語った。
1999年に核燃料加工会社「ジェー・シー・オー」(JCO)東海事業所の臨界事故を経験した村民は不安を口にする。
小学5年の長男(10)が25日の運動会に出るという佐藤佳代子さん(42)は「発表だけでも早くしてくれれば。楽しい運動会がそうでなくなった。JCO事故の時のように敷地外に漏れていないから大丈夫と言われても不安」と沈んだ声で話した。また、テレビを見て初めて事故を知ったという別の主婦(42)は「福島第1原発事故があっても、何にも改善されていないのが改めて分かった」と強い口調で語った。
自宅がJCO東海事業所に隣接した場所にある男性(61)は「原子力と共に進むのか、全面撤退か。住民投票を実施すべきだ」と村のあり方の再考を訴えた。「脱原発」を訴える相沢一正村議(71)も「機構には秘密体質がある。非常にけしからん。権威につかってボロが出てきているのではないか」と批判した。
同機構によると、23日に施設内管理区域に入り、装置付近に立ち入ったのは55人。そのうち、作業していた研究者20人は放射線量測定で通常より高い汚染が確認された。希望者4人に対しては翌24日にさらに厳密な線量測定を行っており、残り51人についても今後、実施する予定という。
◇被ばく上限 年間50ミリシーベルト…労働安全衛生法規則
許容される被ばく線量の基準について、国は一般の人の上限値を「年間1ミリシーベルト」としている。一方、今回被ばくした研究員は放射線管理区域内で働いているため、原発作業員や病院の放射線管理技師らと同様、労働安全衛生法の規則が適用され、上限は「1年間で50ミリシーベルトかつ5年間で100ミリシーベルト」となる。
一度に高線量の被ばくをするような事故の場合は、比較的短期間で健康への影響が表れる可能性がある。500ミリシーベルトでリンパ球の減少などの変化が見られるようになり、6シーベルト(6000ミリシーベルト)で90%が死亡するとされる。1999年のJCO臨界事故で死亡した作業員の被ばく線量は、6〜20シーベルト(6000〜2万ミリシーベルト)だったという。【大場あい】
http://mainichi.jp/select/news/20130525k0000e040181000c.html

































Research Institute for Environmental Finance