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第8回サステナブルファイナンス大賞インタビュー⑥サステナブル・イノベーション賞:日本取引所グループJPX総研と野村證券。ブロックチェーン活用のセキュリティ・トークン債開発(RIEF)

2023-02-20 11:52:00

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写真は、㊧から、サステナブルファイナンス大賞審査委員の佐藤泉弁護士、日本取引所グループ・サステナビリティ推進部部長の増田剛氏、JPX総研フロンティア戦略部課長の高頭俊氏、野村證券ストラクチャードファイナンス・アンド・ソリューション部長の西村晋太郎氏、同サステナブル・ファイナンス部サステナブル・ファイナンス担当部長の相原和之氏、環境金融研究機構の藤井良広:▼両社の授賞時の写真を組み合わせています)

 

 日本取引所グループのJPX総研と野村證券は、わが国で初めてとなるブロックチェーン技術を活用したホールセール向けセキュリティ・トークン債(デジタル債)の開発に成功、JPX総研は自らその実用性を立証する形で、第一号の「グリーン・デジタル・トラック・ボンド」を発行しました。ESG債のデータ可視化につながる両社の取り組みは、サステナブルファイナンス大賞のサステナブル・イノベーション賞に選ばれました。JPX総研のフロンティア戦略部課長の高頭俊氏と、野村證券ストラクチャードファイナンス・アンド・ソリューション部長の西村晋太郎氏に、お聞きました。

 

――最初に、デジタル債への取り組みを行ったきっかけを教えてください。

 

  高頭氏   :   ブロックチェーンの分散型台帳技術を使ったセキュリティトークン債に興味があり、これらの技術をどうやって世の中に役立たせていくかを、JPXとして考えてきました。数年前には、仮想通貨の発行で実際に資金を調達するICO(Initial Coin Offering)等も登場していましたが、中には詐欺的なICOも多く、一般の投資家等が安心して投資できるものではありませんでした。それが2020年5月に、金融商品取引法が改正され、ブロックチェーン技術を使ったデジタル債は、きちんとした金融商品として位置づけられました。

 

JPX総研の高頭氏
JPX総研の高頭氏

 

 デジタル債の法的な位置づけがきちんと定まったので、われわれとして、それを用いて何ができるかということを社内で検討しました。野村證券の方々とも、「トークン債を利用した未来」について話していく中で、どちらからともなく今回のスキームが出てきました。

 

  西村氏    :   金商法が改正される前までは、金融商品として定められていないままブロックチェーン技術を使った資金調達等が行われており、被害を受けた投資家もいるという事態が起きていました。金商法の改正はその対策であり、安全性を前提としたうえでESGやグリーンと結びつけるアイデアをプラスアルファの付加価値として考えました。

 

 実は、野村證券は野村総合研究所(NRI)とともに、2020年3月にブロックチェーン技術を活用した国内初の債券を私募の形で実験的に発行しています。社債発行手続きの一部を電子化するアプリを利用した自己募集形態で、利息をポイントで投資家に払う「デジタルアセット債」と、証券引き受けで利息は金銭支払いの「デジタル債」の二種類。発行額は合計3,000万円です。こうした経験も活かして、今回のJPX総研との共同事業化を進めることができました。

 

  高頭氏    :   われわれは取引所ですので、顧客の方々は投資家や上場会社になります。グリーン投資以前からコーポレートガバナンスコードの導入等に伴い、上場会社が投資家に開示しなければならない情報量は大幅に増えています。取引所としては、上場会社に対して「情報開示をお願いします」という立場ですが、上場会社も情報開示に割けるリソースは限られており、どんどん情報を出してくれと言われても困ってしまいます。われわれとしては、そのことも理解できます。取引所として、投資家・発行体の両方の立場を技術面からサポートして、より良い情報開示やデータの可視化の実現を目指したいと考えたことが、本取組みのきっかけです。

 

――野村證券でも、デジタル債をデータの可視化や、ESG評価に使えるという感じでしたか。

 

  西村氏   :   確かに、上場会社でも情報開示のコストがかかったり、開示を要求される情報量が増えてきたりしています。一方で投資家のほうでも、モニタリング等で対象企業のESG情報等を計測するなど、投資先の情報に対応するニーズが増えています。われわれとしては、こうした状況がより高まっているという昨今の環境を認識したうえで、ブロックチェーン技術を使った社債の発行を、いろんな形で活用していけるのではないかという思いでした。言い換えますと、グリーン投資の選択肢を増やす、という可能性を追求したわけです。

 

野村證券の西村氏
野村證券の西村氏

 

 また、ESG投資家との対話の中で、ESG投資は急激に伸びているが、投資家がグリーン投資を進めていく中で、業界として情報開示の分野での課題が残っており、その課題を是非、解決したいとの考えもありました。そうした課題の解決には、ブロックチェーン技術を活用すれば、ひょっとすると、うまく解決できるのではないかという点と、デジタル債の使い勝手を高めることにもつながるのでは、ということでした。これまでの知見も踏まえて、JPX総研との議論を始めたというのが、当社の経緯です。

 

――研究会も開いていますね。

 

  西村氏   :   研究会の立ち上げはその後です。デジタル債を今後、世の中にひろめ、他の方々にも使っていただきたいということです。世の中に広めていくためには色々な課題があるので、そうした課題について、金融市場の他の方々と協力して、議論を深めていこうとの思いで、JPX総研が主催し、当社が事務局の立場で研究会を立ち上げています。

 

――市場の反応はどうですか。今回のサステナブルファイナンス大賞の授賞対象には、両社のデジタルトラックボンドのほか、優秀賞の丸井グループのソーシャルボンドも、デジタル債の方式を使っていますね。

 

  高頭氏   :   われわれのグリーン・デジタル・トラック・ボンドは、ある種、デジタル債のプロトタイプとしての意味合いで、世の中に出しました。スキームの実証性を示す形で、廃食用油を使ったバイオマス発電所と、営農型太陽光発電設備で2件、合計3件の再エネ事業に充当する約5億円の資金調達として初のグリーン・デジタル・トラック・ボンドを発行しました。これらの発電電力は、JPXグループ全体の自家消費電力を100%再エネ化する取組みの一部として活用しています。

 

 反響はすごく大きかったですね。公募にしたので投資家に販売するために、IR活動も行いました。その際、11社の投資家と対話をしましたが、デジタル債のコンセプトについては、諸手をあげて賛成してくれる投資家が多かったです。「いいものを作ってくれた」という声をいただきました。データの可視化のほか、投資の際に必要なデータが投資家に届くような形にしてほしいといった声も多く頂きました。一方で、投資家が実際に投資をする際には、現時点では税制上の整備がされていない等の課題への懸念も示されました。したがって、コンセプトへの評価は高く得られましたが、現状で、投資してくれる投資家がたくさんいるかというと、まだその段階ではないと思います。

 

――コストがかかるのですか

 

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  高頭氏   :   コストというより、投資家のオペレーション上で手間がかかることが課題です。一般的な社債だと、金融機関等への利払いには源泉税がかからないという税制上の特例があります。しかし、セキュリティ・トークン債は新しい金融商品なので、現行法では特例の対象になりません。もちろん、いったん課税されますが、確定申告をすれば源泉税分は戻ってきます。しかし、その手間がかかるわけです。現在、金融庁に一般社債と同様の源泉税制の取り扱いをお願いしているところです。

 

――海外でのデジタル債、セキュリティトークン債の状況はどうなっていますか

 

  西村氏   :   われわれの知る限りでは、海外では、われわれのものと全く同じ仕組みで発行しているデジタル債はないと思います。ただ、シンガポールでは、同国の証券取引所等が出資するICHXが運営するデジタル証券プラットフォームの「ADDX」というのが運営されており、暗号通貨やデジタル債等も上場されているようです。ただ、ESGデータ等をトラックしたりする仕組みは盛り込まれていないようです。

 

――日本でデジタル債の市場を広げて、各国の発行体も日本市場でデジタル債を発行すると言った風に、日本の市場がこの分野でグローバルなハブの役割をすることも考えられそうですね。

 

  高頭氏   :   われわれとしては、開発した仕組みを、ぜひ他の国の方にも使ってもらいたいと思っているので、そうした野望を大きく持っています。ぜひ野村證券と一緒に、(海外に)進出したいと思います。

 

  相原和之氏(野村證券サステナブル・ファイナンス部サステナブル・ファイナンス担当部長)  :   ESGへの取り組みという点では、海外のほうが日本より進んでいると思いますが、われわれが開発したデジタル債に関しては、社内の海外拠点からも、発行後にどういう仕組みか、勉強会をしてほしいという現地の顧客からの問い合わせがきたりしているようです。日本の取り組みへの海外からの関心は高いと思っています。

 

――日本市場で海外の発行体に円建てのデジタル債を出してもらえば、「サムライ・トークン債」になりますね。現在のところは、日本の金利が他の国の市場に比べて、相対的に低い水準にあるということもあって、海外の発行体にとっては、日本市場でのデジタル債の発行に対する期待も潜在的にあるではないでしょうか。

 

  高頭氏   :   先日、アジア開発銀行(ADB)の方とお話をする機会がありました。その際、アジアでのインフラボンド等の資金調達に際して、プロジェクトの可視化というような点で、手こずることがあるとの話を聞きました。途上国も、環境を維持しながら経済をどう発展させていくのかという点で頭を悩ませているようですので、少しでも力になれたらいいと思っています。ただ、われわれの地盤は日本なので、まずは国内で発行案件を広げることにより、より多くの方に知ってもらい、その上で海外でも使ってもらうというのがいいと思います。

 

――課題はどうですか。すでに税の問題点を指摘されましたが。コスト面では問題はないということですか。

 

  高頭氏   :   データを可視化させる時に、われわれが最初に発行したグリーン・デジタル・トラック・ボンドの場合は、再エネ電力事業の資金調達でした。発電所の場合はスマートメーターが元からついていますのでデータを収集できます。しかし、そうした設備が最初からないような案件の場合は、データをどういう風にして集めるかということも設計したり、実際にIoT機器等を取り付け、データ収集システムを作る等、多少コストがかかる面があります。可視化して、データを投資家に届けるということは、今までにない取り組みである以上、手間とコストがかかってくるのは間違いない。そういうコストについては、デジタル債を普及させることによって、1案件ごとの単価を下げていくことが必要だと思っています。

 

――データを確保するための投資は基本的には発行体がやるということですね。野村證券としては今後の課題をどうみていますか。

 

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  西村氏   :   投資家サイドからみた課題としては、先ほど話がでました源泉税の点があります。マーケティングしている中でも投資家からよく指摘される点です。かなり不便だと言われます。もう一つは、債券投資の場合、その決済は証券の引渡しが行われることを条件に代金の支払いを行うDVP(Delivery versus Payment)決済という簡便な取引の仕組みができあがっています。しかし、デジタル債だと、現状ではそれを活用できないという課題があります。そういうことができるような取り組みを、今後、議論して進めていく必要があると思います。

 

  高頭氏   :   重要なのは、企業に資金ニーズがあり、投資家には投資をしなければならない責務がある中で、それぞれが通常の債券とデジタル債のどちらが自分のニーズを満たせるのかということを比べることだと思います。現時点では、振替債の社債であっても、セキュリティトークンであっても、発行会社から見た場合、大きな違いはないかもしれません。

 

 そこに付加価値として、グリーンの可視化やデータの信頼性等を付与していくと、振替債よりも、セキュリティトークンで発行したほうが、発行体にとっての資金調達ニーズにマッチすると思います。さらには、自分たちに資金を貸してくれる投資家のニーズも高まります。そういった方向にシフトさせていくというのが、今後の正解なのかと思っています。

 

――デジタル債についての技術的な課題はもうあまりないということですか。

 

  高頭氏   :   そうですね。システム的には、すでに作れると思っています。後は、世の中が従来のやり方のレベルで残っているところを、如何にシフトさせていくか。今、指摘のあった決済の部分や税制等、これらを新たなやり方に、どうやってシフトさせるかという課題の解決が必要だと思います。


 シンガポールの取り組みのほか、欧州等でもベンチャー企業等が、ESGや資金調達の可視化を目指していると聞きます。しかし、こうした取り組みを推進し、広めていくには、ベンチャー企業等による取り組みだけでは、大手企業を巻き込んで動けないとも聞きます。誰がそれをリードしていけばいいのかというと、中立的な立場が望ましいという声を聞いています。われわれは、でしゃばるつもりはありませんが、皆さんが心地よく感じていただけるならば、取引所の旗の下で、みんなが使えるような場所を作っていきたいと考えています。

 

――今後に向けて現在、思っていることをお聞かせください。

 

   高頭氏   :   セキュリティ・トークンが、はやり始めたその少し前に、ICOのような新興勢による怪しげとも言われるような資金調達が起きていた、と指摘しました。そうした調達が起きた理由を考えた時に、もし伝統的な資金調達のやり方が充分に便利だったら、そういうところに資金は流れなかったのかもしれないと思います。現状の資金調達市場の使い勝手をもっとより良くしてくことこそが、われわれにとって必要な行動ではないかと思います。われわれ自身が、デジタル債を発行してみて、この点を強く思うようになりました。

 

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  西村氏   :   国内のグリーンボンド市場が、ここ数年間で、数兆円規模にまで増えてきています。そのきっかけの一つになったのが、グリーン認証をとる際の外部評価機関のコストを国が補助金という形で供給したことだったと思っています。そういった意味では、デジタル債を新たな発行体が活用にするに際して、システムへの接続コスト等に対して補助金のようなものが使えると、より発行し易くなると思います。

 

                                      (聞き手は 藤井良広)