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御嶽山の噴火前にできることは本当に何もなかったのか? 9月中旬、名古屋大学が気象庁に異常報告。登山者には知らされず(古賀ブログ)

2014-10-11 00:08:55

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kogashigeakiimages●事前の情報はあった。 


 


御嶽山の水蒸気噴火で多くの死傷者が出た。山頂付近にはまだ行方不明の人がいる。


 


今回の災害で、我々は、火山の噴火を予知することは非常に難しいことをあらためて思い知らされた。(水蒸気噴火の場合は、マグマ噴火と違い、マグマの活動が地表近くまで到達する前に発生するために、その前兆現象がはっきり現れにくいということもある)


 


全国には御嶽山を含め110の活火山があり、気象庁は、これらを監視対象としているが、そのうち、47の火山については、噴火の前兆をとらえて警報発表などを行うために各種の計測装置を設置して、常時監視を行っている「ことになっている」。


 


それでも、今回の噴火の前には明確な前兆が観測されておらず、正確な予測を行なうことは困難であったというのが気象庁の発表である。


 


しかし、ことはそんなに単純に説明できるものではない。その裏には、我々市民には知らされていない事実や構造的な問題が隠されているのだ。


 


まず、朝日新聞が報じていることだが、山頂に一番近い地震計が壊れていて一年以上放置されていた。これが動いていれば、もう少し早く予兆をつかめたかもしれないという指摘がなされている。


 


私が、東海大学教授で地震予知研究センター所長の長尾氏が日本の地下天気図などの情報を発信しているDUMAのニューズレターで初めて知ったことは、そんなことよりももっと深刻な話だ。実は、名古屋大学が、9月中旬に御嶽山の異常に気づいていて、かなりの火山や地震の専門家もその情報を共有していたというのである。もちろん気象庁にもそのデータは届いている。


 


御嶽山に関しては、やはり地元の大学である名大が気象庁よりもより鋭い感性を持って監視をしていたのはむしろ自然なことかもしれない。仮に、名大が御嶽山の噴火警報を出す義務を負っていたとすれば、おそらく、名大は何らかの発表を行なっていたのではないかという専門家もいる。


 


また、気象庁自ら認めているとおり、噴火(1152)の10分程度前(1141から火山性微動が始まっている。もし、名大の研究者と気象庁の担当者たちが事前に共同でデータを分析して、要警戒状態にあるという認識になっていたら、遅くともこの時点で異変に気づいているはずである。しかし、その情報を気象庁は山小屋などに流していなかった。


 


また予算を増やせという話が始まった


 


今、マスコミは、気象庁などの発表を鵜呑みにして、今後は、もっと観測の精度を上げるために、観測地点数を増やして、計測装置をたくさん置くべきだというような議論を始めている。


 


しかし、そういう単純な議論をする前に、何故、火山専門家がおかしいと感じていたのに気象庁はそう思わなかったのか、何故、10分前の火山性微動について登山者に知らせる仕組みがなかったのかを考えてみる必要がある。


 


例えば、御嶽山の観光サイトに気象庁や名大のデータをリアルタイムでリンクして一般の登山者に提供することは簡単なことだ。そうすれば、おそらくネット上で、9月中旬に名大などが観測していたデータを見て、ネット上で専門家も含めた様々なコメントが流れ、登山者にも警戒感が高まっていたであろう。登山を見合わせようと考える者もいただろうし、ヘルメットを持って登る者もいただろう。その情報を知っていれば、少なくとも噴火が起きた時に、携帯でビデオや写真をとる前に、急いで避難しようとしたに違いない。1分でも早ければ助かった人は多かったかもしれない。


 


また、携帯基地局を山頂付近に携帯メールが届くように設置して、緊急地震速報のように「緊急噴火情報」を山頂付近の登山局に届くようにすることは、技術的には極めて容易なはずだ。10分前にそれを流していれば、被害者は劇的に減っていたはずだ。


 


 


●地震・火山ムラというモンスターの利権構造


 


 


では、こうした誰でも考え付くような対策がどうして採れなかったのか。その原因を考えてみたい。


 


よく言われるのは、あまり確実でないのに噴火に関する情報を流すと「いたずらに」不安を煽り、登山客が減ってしまい、その結果、地元の観光関連の事業者に悪影響が出るので、それが空振りに終わった時の責任を誰も取りたくないし、地元に気を遣って、あまり積極的に「危ない」という情報を出そうというにならない、ということだ。原発と同じで地元の経済的な利益が優先されてしまうということだろう。


 


確かに、そういう面があることは否定できない。


 


しかし、いろいろ調べてみると、それよりももっと深刻な構造的な問題があることがわかる。


 


まず、挙げられるのが、噴火や地震の予知対策がハード偏重になっている点だ。朝日新聞の記事によれば、御嶽山の山頂付近には12もの地震計が設置されている。もちろん、それでも足りないと言われているのだが、むしろ問題は、そのデータが十分に活用されていなかったことである。これらの機器によって計測されたデータは、一応気象庁にも提供されているらしい。しかし、その提供を受けたとしても、それは全国にある47の活火山に関する何百とあるデータの一つに過ぎない。気象庁でその監視と解析を担う担当者の数はおそらく5人いるかどうかではないだろうか。


 


本来は、機器を増やすのであれば、それによって増えるデータ解析などの作業をする人員を増強しなければ有効利用できないことは誰にもわかる。また、維持管理の経費も増やさなければならない。しかし、実際は、大きな地震や噴火の被害が出るたびに、機器を増やすが、その維持管理や有効活用のための継続的に必要となる予算はほとんど増えないのだ。


 


そこには、政治家と官僚・学者らの都合がある。


 


政治家は、大きな災害が起きたら、「再発防止策」を採ることによって、国民向けアピールができる。機器を増やすことは、目に見えるし、金額が大きく数字も出せるからアリバイ作りとしては最適だ。


 


一方、地震・火山対策に当たる官僚は、計測機器メーカーと癒着している。特殊な仕様なので、納入できる業者は数少ない。解析する人員を増やすよりも計測機器を増やした方が、これらのメーカーへの天下り先確保などにははるかに好都合だ。


 


学者もかなりの程度メーカーと癒着していて、研究費を出してもらったり、研究室の学生の就職先を提供してもらったりと、様々な便宜を受ける。


 


また、財務省としても、そういう業者からの見返りを期待できるし、予算としても、一回限りの予算の方がつけやすいという事情がある。人を増やしたり、解析のための予算などを増やすと、翌年度以降に、ほぼ自動的にその予算をつける必要が生じ、その分毎年自分たちが自由に配分できる予算が減るので、自分たちの利権の源泉が縮小するからである。


これは、各機関がもっている情報をリアルタイムで観光情報サイトにリンクするための予算や緊急噴火情報を出す仕組みを作って運用する予算にも当てはまる。毎年裁量の余地なく使われてしまう(財務省の利権にならない)予算は、年金や健康保険などと同じで、財務省の官僚から見れば、最も無駄な予算だということになるのだ。


 


こうして、誰でも考え付く、簡単な噴火災害予防策が実施されないまま、今回災害が起きてしまったのである。


 


 


ここでも出てくる縦割り行政の弊害


 


 


次に、どうして名大のデータが気象庁で十分に活用されなかったのだろうか。


 


その原因は、悪名高き縦割り行政である。普通に考えれば、御嶽山の噴火の予測を行なうのなら、山頂付近の複数の計測器をどこか一つの機関が責任を持って管理運用する方が良いに決まっている。ところが、気象庁の他に長野、岐阜両県、名古屋大、防災科学技術研究所などの地震計が12箇所に置かれていて、かろうじて、データだけは気象庁に伝達されることにはなっているが、実際にはほとんどバラバラに運用されている。


 


もし仮に、これらを一つの機関に集約すると、国土交通省(気象庁)、文部科学省(防災科学技術研究所、大学)、総務省(県)などの省庁の予算が一本化され、おそらく、無駄な重複などがなくなるはずだが、その結果、全体の予算が減少するので、各省庁ともそういうことは反対する。これまでは、むしろ、災害のたびに、各省庁が自分の縄張り、すなわち利権の陣取りのために、自分たちの予算を増やしてバラバラに計測機器を増やしてきたのだ。


 


各省庁がばらばらに予算要求をして認められるためには、いかに、自分の役所がやることが他の役所と違うのかを財務省に説明する必要が生じ、その結果、違う事業だから、バラバラにやるのが当たり前だということになってしまう。


 


今回も、名大のデータがあるにもかかわらず、気象庁は、常に自分が持っているデータの説明ばかりしている。名大のデータについても気象庁が責任を負うということであれば、おそらく、気象庁は、より真剣に名大のデータを解析して活用していただろう。


 


今回の災害を受けて、早くも、観測拠点の拡大が必要という声が出てきた。年末の予算要求に急遽盛り込もうとか補正予算に入れようという動きが強まるだろう。


 


しかし、現在ある観測地点のデータさえ全部活用できる体制ができていないのに、また計測機器ばかり増やしてどうするのだろうか。そんなことよりも、まず一番にやるべきことは、バラバラの観測体制を改め、観測機器の管理やデータを一元化して運用するような体制に改めること、そして、予算面では、ハード面よりも情報の監視・解析と危険情報の市民への伝達システムなどのソフト面の充実に力を入れるべきである。


 


そうしなければ、計測器だけ増えたが、あちこちで故障、データはバラバラ、市民に重要な情報が伝わらないということになりかねない。まさに宝の持ち腐れだ。


 


登山は一部の愛好家の楽しみ、噴火は予知できないのだから、最後は自己の判で、と考える政治家や官僚が多いのかもしれないが、登山は、ごく普通の市民のレジャーだ。


自己責任と言われても、その判断の前提となる情報が、官僚や学者たちのご都合主義で市民に届けられていないとすれば、とんでもないことではないか。


 


今回の災害は、こうした教訓を得るためにはあまりにも大きな犠牲者を出してしまったが、実は、全国にはまだまだ危ない活火山がたくさんある。


 


御嶽山の何倍もの人が訪れるだろう箱根の大涌谷も専門家の間では御嶽山よりもはるかに注目を集めている場所だ。万一今回のようなことが起きれば、被害は桁違いに大きなものになるかもしれない。


 


一日も早く、これまでの考え方をあらためて有効な対策を打ち立てなければ、今回の噴火で命を落とした方々に申し訳ない。ましてや、被害者がまだ山頂に取り残されている状況下で、予算分捕り合戦に動くなど、絶対にあってはならないことである。