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黒田日銀総裁、「気候ファイナンス」で欧州中央銀行の社債購入プログラム等を評価しつつ、国内の気候情報開示制度の不備等の「検討課題の多さ」から、次善策にとどめたことを示唆(RIEF)

2021-07-28 15:14:34

kuroda002キャプチャ

 

 黒田東彦日銀総裁は27日、気候変動への対応策について「中央銀行の立場から、民間の気候変動への対応を支援することは、長い目でみたマクロ経済の安定に資する」と位置付けた。そのうえで、欧州中央銀行(ECB)が量的緩和策の社債購入プログラム(CSPP)等に気候情報を加味する措置等を打ち出している点を評価しながらも、「わが国では市場中立性の観点から検討すべき点が多い」とした。これは政府による気候情報開示制度やタクソノミー制度の整備等の不備・遅れが課題であると示唆した形だ。

 

 日銀は今月16日に「気候変動に関する日本銀行の取り組み方針」を発表、環境対応の投融資を行う金融機関に対し、日銀が金利0%で資金を融資するバックファイナンス措置を年内にも実施するとした。今回、黒田氏は都内で講演し、同政策を実施する理由等を説明した。https://rief-jp.org/ct4/116211?ctid=71

 

 黒田氏は、「気候変動は中長期的に、経済・物価・金融情勢に極めて大きな影響を及ぼしうる要因。したがって、物価の安定と金融システムの安定を責務とする中央銀行の立場から、民間における気候変動への対応を支援することは、長い目でみたマクロ経済の安定に資する」と指摘した。

 

 また中央銀行の金融政策の「市場中立性」を踏まえ、「仮に、温室効果ガスの『負の外部性』を考慮して民間の投融資が行われ たならば実現するであろうポートフォリオが存在すると考えると、これに応じて中央銀行が資産買入れや資金供給を行う方が、社会的には望ましいということになるかもしれない」とした。

 

 これはECBが予定するCSPP等に気候リスク評価を加えることで、企業の脱炭素化を促す政策の妥当性を評価したといえる。しかし、今回の日銀の気候ファイナンスはそうした措置はとらず、銀行に直接融資する方式を採用する。この点について同氏は、ECBの対応を紹介しつつ、「もっとも、こうし た(ECBの)アプローチについて、わが国においては、気候変動対応に関する基準やタクソノミーを巡る議論が流動的な中にあって、市場中立性に配慮する観点から検討すべき点が多い」として、採用に至らなかったと説明した。https://rief-jp.org/ct6/116028?ctid=71

 

 同氏が指摘した「気候変動対応に関する基準やタクソノミーを巡る議論が流動的」という点が意味するものは、気候変動の情報開示の扱いであり、グリーン事業等を分類するタクソノミーの是非論と思われる。タクソノミーについては、EUでも法制化したものの、個々の事業の分類を巡る議論が残っている。一方の情報開示についてはEUが法制化したほか、米国も証券取引委員会(SEC)での義務化が焦点になっている。

 

 国際的にはIFRS財団が11月のCOP26で正式に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の発足を宣言する予定だ。タクソノミーは議論の最中だが、気候変動情報開示については法制化、義務化が明確な国際的潮流だ。しかし、金融庁はコーポレートガバナンスコードの改定で“お茶を濁し”、企業会計の中にどう取り込むかという政策方針は示していない。またタクソノミーについての国内議論の場は設けていない。

 

 黒田氏は、直接的に政府の対応の遅れを批判したわけではない。だが、「基準やタクソノミーを巡る議論が流動的」としたのは、政府が民間企業や金融機関に情報開示を強く求める根拠と姿勢を示していない現状を念頭に置いていると思われる。一部の報道では、金融庁も企業の気候変動リスクの開示を義務付ける検討に乗り出す方針と伝えている。しかし、単に方針を決めるだけで気候情報開示が進むわけではない。

 

 わが国の産業・企業の温室効果ガス排出量の把握と、評価手法、評価機関等の現状の対応等は、ゼロではないが、とても十分とは言えない状況にある。EUは2015年のパリ協定締結の直後から、気候ファイナンス、サステナブルファイナンスへの対応を積み重ねてきた。米国のSECも2010年の時点で気候情報開示ガイダンスを公表しており、現在、それらを踏まえた最新化に取り組んでいる。

 

 IFRSのISSBのフレームワークの公表を待って、それをコピーすれば国内の情報開示基準を整備できるわけではないのだ。企業側の開示の方法論の整備や市場での評価体制が不十分では、効果的な開示制度としては機能しない。黒田氏が指摘した「議論が流動的」な状況にはこうした現状認識があると思える。

 

 そうした認識を踏まえた形ながら、「日銀が今回導入する資金供給制度は、何が気候変動対応に資する投融資かという見極めを金融機関の自主的な判断に委ねることで、変化する企業の資金ニーズに柔軟に応えることができる仕組み」と自賛した。しかし、投融資先企業の情報開示が制度化されていないと、金融機関といえども、投融資先の情報を把握しきれない。

 

 日銀のバックファイナンス制度に乗せられて、企業に再エネ投資や省エネ投資等の投融資を積み上げる際、投融資先の気候リスクを十分に評価できないと、結果的に金融機関が気候リスクを抱え込む可能性もある。同氏は講演の中で、「金融機関に一定のディスクロージャーを求めることで、市場からの規律が働くような工夫も施す」としたが、TCFD提言を踏まえれば、気候ディスクロージャーは、金融機関にとどまらず、投融資先の企業にこそ求められる。

 

 結局、日銀としては金融庁による気候情報開示制度整備の対応待ちなのだが、政府・日銀の関係上、そうともいえず、とりあえずは「気候ファイナンス方針」を打ち出して、「日銀もやりますよ」と内外にアピールすることを優先したようだ。少なくともこの日の黒田氏の講演からも、気候ファイナンスに「本腰」が入っているようには見えない。https://rief-jp.org/blog/116378?ctid=33

 

https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2021/data/ko210727a.pdf