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日銀「『拙速』の気候ファイナンス」の危うさ」(藤井良広)

2021-07-24 00:20:16

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   日銀が気候変動対応をまとめ、環境対応の投融資を行う金融機関向けに金利0%でのバックファイナンスを年内にも実施すると宣言した。「2050年ネットゼロ」を掲げた政府の政策を金融面から支援する形だ。だが、これまで気候ファイナンスから「距離」を置いていた日銀の“積極姿勢”への転換には、TCFDをはじめとする現在進行形の気候変動対応の議論を無視した「危うさ」が漂う。

 

 「欧州中央銀行(ECB)の後出しで見劣りするくらいなら、先手を打とうということだ」。今回の日銀流「気候ファイナンス」の決定に対して、メディアでは、日銀関係者の「解説」がこう紹介されている。https://rief-jp.org/ct4/116211?ctid=71

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210722&ng=DGKKZO74128060R20C21A7EE9000

 

 日銀が意識したとされるECBは今月8日の理事会で、金融政策に気候変動対応を盛り込む4年がかりのロードマップを公表した。金融政策を分析するマクロ経済モデルに気候リスク評価のシナリオ分析を導入するほか、金融市場操作では量的緩和策の社債購入プログラム(CSPP)の対象評価に気候情報開示を盛り込み、担保やオペ対象資産の評価にも気候リスクを反映させ、ストレステストも実施する等だ。https://rief-jp.org/ct6/116028?ctid=71

 

欧州中央銀行(ECB)本部
欧州中央銀行(ECB)本部

 

 ECBはこれまでも、自ら管理する外為資金、年金資産等の運用でESG対応を取り入れている。CSPPの対象にグリーンボンドを加えることの試行も続けてきた。フランスやドイツ等は、定期的にグリーンボンド国債を発行してEU域内のグリーンボンド市場づくりを続けている。市場の育成と金融政策のグリーン化を時間をかけて積み上げたうえでのロードマップの提示だ。

 

 これに対し、報道で紹介される日銀の「先手論」は、どうせ中身的にECBより見劣りするのなら、中身よりも「ECBより先に実施した」という「一番乗り」論でアピールしようというレベルのようだ。さらに「これ以上踏み込むつもりはない」とのコメントも付されている。つまり「拙速」だが、気候対応へのお付き合いは、「これにて終了」という判断のようだ。

 

 もし、本当にこうした思いで「宣言」したとすれば、日銀の「気候理解力不足」も甚だしい。気候変動リスクが企業の財務に及ぼす不確かさが増大することで、金融市場のシステミックリスクが高まるとの懸念から、TCFD提言が世に出された。同提言のメッセージは、化石燃料主導のエネルギー市場を改革し、低炭素・脱炭素経済に移行させるために、企業が抱える財務リスクを金融機関が比較評価できる気候リスク情報開示ルールを国際共通化する必要がある、というものだ。

 

 日銀が打ち上げたゼロ金利資金を金融機関に貸し付け、脱炭素に資する企業の設備投資や、グリーンボンドへの投資等を積み上げる場合でも、投融資先企業・事業の気候情報開示が十分でないと、金融機関自身が投融資リスクを負う。グリーン性の高い太陽光発電事業への融資ならば安全、というわけではない。

 

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 たとえば、今年上半期の太陽光発電関連事業者の倒産動向では、件数は38件で前年同期比9.5%減と減少したが、負債総額は過去最高額の503億7300万円で前年同期比5.4倍増の大幅増だった。特定の太陽光投資ファンドの行き詰まりが大きかったが、太陽光発電も風力発電も、立地課題と、系統接続課題等を抱え、ビジネスリスクは小さくない。再エネ事業だけではない。https://rief-jp.org/ct4/116244?ctid=72

 

 気候関連技術分野は新たな領域でもあり、技術の進展が日進月歩だ。今日、有望な技術も、明日には陳腐化する可能性もある。技術開発自体に「移行リスク」があるのだ。

 

 TCFD提言はそもそも、金融機関の再エネファイナンスを促すためのものではない。金融機関が、自らの投融資先の気候リスクを評価して、そのリスクに見合ったファイナンスができるように、投融資先の気候リスク情報開示の共通化を求めるものだ。同提言を受け、各国の中央銀行や金融監督当局で構成する「金融システムをグリーン化する中央銀行と金融監督当局のネットワーク(NGFS)が、将来の気候リスクを共通理解するためのシナリオ分析ツール等を開発している。

 

 TCFDの提言を受けて、国際財務会計基準団体のIFRS財団も国際サステナビリティ基準機構(ISSB)の取り組みに着手した。さらにIFRSに先行する形でEUが企業および金融機関の気候関連情報開示の法的共通化作業を展開。米国も証券取引委員会(SEC)での情報開示体制の整備を進めている。いずれも金融機関の審査力、リスク評価力を最大限活用できるようすることを目指す点で共通する。https://rief-jp.org/blog/115441?ctid=33

 

 これに対して、わが国の金融庁はコーポレートガバナンスコードを改正し、「IFRS財団において、TCFDの枠組みにも拠りつつ、気候変動を含むサステナビリティに関する統一的な開示の枠組みを策定する動きが進められている。 わが国もこうした動きに積極的に参画することが求められる」と記載した。だが、日本の企業会計ルールの中にどう盛り込むかの方向性は示していない。「IFRS待ち」だ。http://rief-jp.org/ct4/112419

 

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 「気候情報開示を重視せよ」と指示するだけでは、企業の開示水準は高まらない。開示する温室効果ガスの範囲(Scope1~3)を定め、セクター別の原単位をどう定めるかを決め、開示情報の妥当性を測る第三者チェックの手順等も欠かせない。炭素集約型産業・事業からトランジション(移行)へのファイナンスに際しては、移行プロセスの設定と、移行成果の客観的な確認も当然、必要だ。

 

  IFRSのISSBの確立を待って国内対応を進めるとすると、日本企業が共通の情報開示をできるのは早くて2023年度、実際は順調に進んでも24年度以降になるとみられる。欧米は今年内に、自国基準での気候情報開示義務化で歩調をそろえるとみられる中で、金融庁の動きの「鈍さ」が際立つ形だ。拙速の日銀に対して、鈍足の金融庁ということか。https://rief-jp.org/ct4/115996?ctid=71

 

 日銀は、再エネ事業は地方での取り組みが多いことから、地方銀行等へのバックファイナンスに力を入れる考えかも知れない。しかし、気候情報開示インフラが「IFRS待ち」の中で、地銀等が日銀資金と行政指導に背中を押されて、再エネ事業やトランジション企業への融資を単純に増やすとすると、企業側の「グリーンウォッシュ」を増やしたり、銀行側の「座礁資産」を積み上げるリスクも浮かび上がる。

 日銀の超低金利政策の長期化で、収益基盤を悪化させている地銀等にしてみれば、今度は「金利ゼロ」という日銀の甘い言葉に乗せられて、気候ファイナンスリスクを背負わされる可能性もあるのだ。

 日銀、金融庁に共通する「気候理解力不足」は「スワン」論で説明できる。リーマンショックの発生で知られたように、金融市場では「ブラックスワン」論が有名だ。すべての白鳥は白い、と信じられていたなかで、黒い白鳥が発見されたことで鳥類学者の常識が覆されたことにちなんだ事例に倣った指摘だ。

 

 つまり、確率論や従来の経験等では予測できない極端な現象(ブラックスワン)が現れると、人々はどう対応していいかわからなくなり、リーマンショックのような危機が顕在化する。実際、リーマンではそうなった。ただ、金融のブラックスワン現象は金融当局による予想を超える膨大な公的資金投入で、とにもかくにも封じ込めることができた。

 

 日銀・金融庁は、気候リスクも同様に「いざとなれば」と考えているのかもしれない。しかし、気候リスクで指摘される「スワン」はブラックスワンではなく、「グリーンスワン」である。グリーンスワンは、国際決済銀行(BIS)エコノミストたちが提唱した概念で、気候リスクが海面上昇、苛烈台風、大洪水、森林火災等の形で激化すると、金融機関や企業を、公的資金で支援しても顕在化した物理リスクの影響は封じ込められない。自然災害の激化で企業の資産は毀損し、社会全体がマヒ、経済活動は長期不全になる可能性が生じる。https://rief-jp.org/ct4/98527

 

 すでに今夏、米大陸西岸、欧州、シベリア、中国、そして日本各地でのゲリラ豪雨等が連鎖したように物理リスクは顕在化し始めている。グリーン&サステナブルファイナンスに求められるのは、そうしたリスクが顕在化する前に、金融機関が投融資先の気候リスクを共通ルールで評価し、グリーン投融資を強化する一方で、気候変動に資する化石燃料資産・事業へのファイナンスを縮小する投融資ポートフォリオのリアロケーション(再配分)を推進することである。https://rief-jp.org/ct8/116354

 

 金融機関には、投融資先の気候リスクを十分に見極めるための情報開示インフラ整備を政府・日銀に求めるとともに、自らのポートフォリオの気候リスク軽減のためのリスク管理力の向上に力を入れることを期待したい。同時に、「当局」が方向違いの政策をとる「政策リスク」に巻き込まれないようにする対応も必要だ。

 

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藤井 良広(ふじい よしひろ)

一般社団法人環境金融研究機構代表理事。元上智大学地球環境学研究科教授、元日本経済新聞経済部編集委員。英Climate Bonds Initiative Advisor等を兼務。神戸市出身。近著に『サステナブルファイナンス攻防』(金融財政事情研究会)