市民コミュニティバンクの横浜、東京の中心的団体が相次いで活動終了へ。バブル崩壊後の金融機能不全期に、市民の手で「市民金融」を立ち上げ、一定の成果を得たとの「誇り」を胸に(RIEF)
2024-08-20 01:31:54
(写真は、横浜の「女性・市民コミュニティバンク(WCA)」代表の向田映子さん㊨と、「東京コミュニティ・パワー・バンク(CPB)」事務局長の坪井眞里さん㊧)
バブル崩壊後のわが国の金融の機能不全期に、各地の市民事業や非営利事業等が資金繰り難に陥った状況を打開・支援しようと、市民が自らの資金を持ち寄り、地域社会に資金を循環させる取り組みが全国で複数、立ち上がった。コミュニティバンクともNPOバンクなどとも呼ばれた。今から思えば、地域の社会・環境に取り組むコミュニティ活動を支援する地域立脚型のサステナブルファイナンスの「元祖」のような取り組みでもあった。それらの団体の中心的存在だった、横浜と東京の2団体が相次いで活動を終了する。
先輩格の横浜の「女性・市民コミュニティバンク(WCA)」は、今年6月22日の総会で約26年に及ぶ活動の終了を決めた。一方の東京コミュニティパワーバンク(CPB)も、2023年6月の総会で、約20年の活動を「2025年」で閉じる決議を承認している。両団体の関係者は現在、ともに、これまでの活動に賛同して資金面で協力してくれた出資者ひとり一人に対して、資金の返済活動に追われている。
WCAは、バブル崩壊後の1996年に立ち上がった。膨大な不良債権を抱え込んだわが国の金融機関がそろって機能不全状態に陥ったことで、企業向けの金融だけでなく、コミュニティでの社会活動や、街の人々、特に女性・市民の起業活動等にも、おカネが回らなくなってしまった。
生活クラブ生協神奈川の活動等に取り組んでいた向田映子さんらは、自分たちが銀行や郵貯に預けていたおカネが、どこに活用されているかを調べた。すると、身近なコミュニティにはほとんど回らず、政府の産業優先化政策や軍需産業等に投融資されていることがわかった。郵便貯金も財政投融資資金として原発やスーパー林道、リゾート開発等の環境破壊を伴う公共事業等に投じられていることを知った。
さらに気づいたのは、自分たち女性が「金融排除」を受けているということだった。神奈川県では、地域の女性が自分たちでお金を出し合って自らも働き手になるワーカーズ・コレクティブ活動が根付き始めていたが、そのための起業資金を銀行に相談したら「ご主人の名義でないと」。働く女性自身の名義では銀行から借りられない、という「理不尽」に直面した。
そこで「じゃあ、自分たちで銀行を作ろう」と動き出したのだった。モデルは、バングラデシュで農村の貧しい女性による事業活動に低利少額の無担保融資を行っていた「グラミン銀行」。その第一歩として、当時の金融機関で最も小さな非営利の協同組合銀行である信用協同組合を自分たちで立ち上げようと、98年に「女性・市民信用協同組合設立準備会」を立ち上げた。
同時に、すでに集まっていた出資金を元に、貸金業登録をしてコミュニティへの実際の融資活動もスタートさせた。今日までの26年間の融資活動は、地域の団体・企業を対象として、保育園立ち上げ、高齢者デイサービス事業、リユース・リサイクル事業、障害児の就労支援事業など146件に合計6億2141万円を、個人にも教育ローンなどに57件計6345万円を、合計203件6億8486万円の資金を「循環」させた。貸し倒れは1件もなかった。
向田さんたちの「バンク」立ち上げを追いかけるようにして、5年後に東京を拠点に生まれたのが、2003年9月設立の東京コミュニティ―パワーバンク(CPB)だ。こちらも東京のワーカーズコレクティブや生活クラブ生協、NPOなどで活動していた人たちが、コミュニティでおカネを巡らせる「コミュニティファンド構想」を掲げて旗揚げした。WCAとは異なり、女性中心とはうたわなかったが、活動の担い手の多くはやはり地域の女性たちだった。
東京CPBの理事長も務め、現在、CPB最後の事務局長となった坪井眞里さんらは、先輩格の向田さんたちの活動も参考にしながら、CPB独自の仕組みを編み出した。それが「ともだち融資団」だ。同融資は、特定の事業を推進するために新たに出資を募って融資をするというもの。「出資者=ともだち」のおカネは、融資の完済前に引き上げられることはないので、金利を低くできるとともに、出資者が事業者の伴走者となって、事業を支えることが出来る強みがある。
同仕組みは出資者を4人以上とするケースと、融資金額全てを出資者が出資する「100%ともだち融資団」のケースを開発した。事業審査に市民の目線を取り入れた市民審査委員会を設けたのも東京CPBの特色の一つだった。20年間の活動では、延べ769人、97団体から合計1億円以上の出資金を受け、116件6億円強の投融資を展開した。
両団体以外にも、地域コミュニティやNPO等の非営利団体の活動に、市民のおカネを循環させることを目指して「NPOバンク」を設立した事例は、最盛期には全国で20件近くに達した。ただ、WCAやCPBなどだけでなく、他の「バンク」でも、コロナ禍を経て、コミュニティでの資金需要が細り、休眠状態のところも出ているという。
向田さんたちの活動も、結局、信用組合の設立には至らなかった。金融不祥事が続く中で、当時の金融監督庁(現金融庁)は非営利の信組に対しても大手銀行と同様の画一的検査を適用するなど厳格な管理行政を展開した。その渦中で、新たな信組を市民主導で設立するという話なので、役人の感覚としては「とんでもない話」となったことだろう。
それだけではなかった。2000年代に入ると、消費者金融による多重債務問題を契機に貸金業法の厳格化改正で、貸金業者の資格を活用して地域におカネを回していたNPOバンク自体が、同法から締め出される危機にもさらされた。
向田さんたちは他のNPOバンクのメンバーとともに、これらの危機を一つ一つ乗り越えていった。こうした市民金融の歴史を振り返ると、日本の金融が「変化を拒む金融行政」「民間の活動を抑制する公的金融」などの旧態依然とした「官主導体制」によって、市民の自発的な金融行動が阻害される構造になっていることが浮かび上がる。
その事例は、信組設立断念の経緯や貸金業法改正問題だけではない。2004年の証券取引法改正では、NPOバンクへの出資金が「みなし有価証券」として規制強化の対象になる問題も起きた。結局、この問題は支援の弁護団が米国の関連法を調査し、米国では「金銭配当をしないNPOバンクへの出資は金融商品に該当しない」との意見書を提出してくれたことで打開できた。
この問題は、弁護士が調べるまで、金融庁だけでなく、日本の学識経験者で組織するとされる金融審議会にも、米国の関連法についての知識がないまま、機械的に法改正を目指していた懸念が生じる。
WCAとCPBが最終的に活動を終えようという判断をする要因の一つにも、また別の「官のカベ」の存在が指摘される。新型コロナウイルス感染期間に両団体への資金需要も低下したが、そうした中で公的金融機関の日本金融公庫が低利のNPO融資を拡充し、NPOバンクから借り手を奪い取ったとの見方もある。公的金融が自らの存在感を政治にアピールするため、リスクや採算を度外視して、NPO融資の積み上げに走ったことで民間のNPOバンクへの資金需要の減速をあおった可能性があるのだ。
米欧では、市民の手によるコミュニティバンク、環境・社会バンク等の活動の歴史は長い。特に米国では、財務省がファンドを設立し、活動実績のいいコミュニティバンク(コミュニティ開発金融イニシアティブ=CDFI)に公的ファンドから補助金を提供するなど、政府が明確に市民金融を支援する仕組みをとっている。米財務省ファンドの認定を得たCDFI機関への出資金は非課税となることから、政府補助金に加えて、投資ファンド等がCDFIへ出資するインセンティブも導入されている。
欧州でも、コミュニティベースの協同組合型の金融機関がドイツ、フランス、オランダなどで活発に活動している。金融は市民活動と密接に連携したものであり、市民一人ひとりが自らの資金をコミュニティ活動に投じる仕組みは、非営利、営利の金融の垣根を越えて定着している。
米欧の実態と比べ、護送船団行政の維持を最優先とするこの国の金融行政自体が「市民金融」にとっての「カベ」になっている点は今も変わらないようだ。金融庁は、ここ数年、「インパクト投資」に力を入れ、行政主導で同投資の基本的指針等を公表し、「世界初」と悦に入っている。
だが、官主導の「インパクト投資」のコンセプトは、過去20年以上にわたってわが国で実績されてきたNPOバンク等による市民金融とは大きく違う。詳細は省くが、金融庁が公表した「基本的指針」を読む限り、同庁が示す「インパクト投資」は「環境・社会分野に特化したベンチャーファンド」の提案でしかない。
もう一つ、両NPOバンクが活動終了を決意した資金の流れの変化として、社会分野の活動に対しても、クラウドファンディング等での「寄付資金」が流れる動きが表れた点も無視できない。資金を借り入れる側にすれば、返済しなければならない融資よりも、寄付資金の方が都合がいいのは間違いない。
そのため、同ファンディングを重視する資金需要者側は、資金使途先となるイベント・活動の有用性や重要性を、SNSを通して出資者にアピールする。「ともだち融資団」や、貸し手との「ひざ詰め」での説明会や、融資後の市民の視点でのモニタリング点検等を受け続けるよりも、寄付による資金調達は有利で効率的と判断されているのかもしれない。ただ、事業の資本相当分に充当される寄付ファンディングと、事業継続資金を提供し事業に伴走する融資ファイナンスとは、明らかに役割が異なる。
特にWCAやCPBが支援してきたコミュニティをベースとする医療・介護、障碍者・高齢者支援、食事サービス、リサイクル石鹸づくりなどの取り組みは、インパクト投資が想定する「『収益を前提とした』環境・社会的ベンチャーファンド」では支援しきれない。
現在も活動を続けている全国のNPOバンクには、引き続き頑張ってもらいたい。同時に、NPOバンクは一つの時代の流れを捉えた市民たちの活動だったが、市民の視点を盛り込んだ市民金融の手応えを生かして、コミュニティ主導の新たな金融の仕組みづくりを手掛けることが出来るかどうか。金融庁をはじめとした霞が関官僚たち自身の改革と、新たな政策力の発揮が問われている。
(藤井良広)