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東京金融取引所、木下信行社長インタビュー。「日本にもカーボンクレジットの市場取引を早急に導入を」(RIEF)

2022-01-01 09:49:35

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   気候変動のコストを最適化する上で注目が集まるのが、カーボンクレジットの活用だ。EU等が実施する排出権取引制度(ETS)での制度的なクレジットとは別に、吸収源や省エネ活動等による自発的なクレジット(VER)を売買する取引市場の構築が求められている。早期の国内市場創設を提唱する東京金融取引所(TFX)社長の木下信行氏に聞いた。

 

背景

 日本は「2050年ネットゼロ」、「2030年46%削減」の両目標を国際公約に掲げた。目標達成に向けて、政府は多様な政策の導入を目指している。その柱の一つとして、企業が自分の削減努力だけでは十分でない場合に、外部からカーボンクレジット(VER)を購入する取引の市場づくりの期待が高まっている。ある試算では、国際的なクレジット需要は2030年までにグローバルベースで現状の15倍、50年までに100倍に膨らむ。市場規模は30年時点で500億㌦(約5兆7000億円)と推計されている。

 

――VERの取引の必要性と、取引所を設立する意義について教えてください。

 

 木下氏:地球温暖化へ対応するためには、大気というある種の資源を「節約」するための技術に対して対価を払う仕組みを、大企業やCO2排出量の多い企業等だけでなく、みんなで取り組んでいかないといけない。みんなのいつもの行動に、カーボンニュートラルを取り込んでいくとすると、それを合理的にするような仕組みにお金を払ってもらうマーケットが必要になります。

 

 従来は、CO2を削減する仕組みとしては、既存の技術に基づくオフセットクレジット等が中心でした。最近はCO2を大気から直接回収する技術や、製造プロセスの工程改革の技術開発で、排出量を大幅に削減できる技術も開発されています。そういう技術に、経済的に意味のある価格付けをできれば、温暖化対策はものすごく進むと思います。強制的に排出規制をかける仕組みより、そうした削減技術の開発を促す方が物事は進むと信じています。

 

 このことは、米国で大陸横断鉄道の建設が進んだことと似ています。当時、米国では株式会社設立に準拠主義を採用し、大陸横断鉄道のプロジェクトを立案した事業者は株式を発行してもいいとしたため、多くの事業者が経済的インセンティブに鼓舞されて事業を進め、技術を高めました。同様に、排出量削減につながる技術なり設備なりに経済的インセンティブが与えられれば、世の中は全体的に進むと思います。そうではなく、個別設備等に排出規制をかけるだけだと、コストが高くなり、結局は電気料金の上昇につながる等の影響も起きかねません。

 

――日本ではEUのような公的な排出権取引制度(ETS)がありません。自主的なVERの取引は少しありますが、市場での取引ではなく、相対の取引で、売買もそれほど活発ではないようです。

 

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 木下氏:企業が自らの事業からのCO2排出量を削減しようと思うと、現存の設備を切り替える必要に迫られます。ただ、そうした設備の切り替えの時機は限られるほか、実際に切り替えを決断できる企業も(資金量の問題で)限られるのが実態です。設備を低炭素型等に切り替えたほうがいいのか、それとも外部クレジットを購入して削減したほうがいいのかを判断する場合、クレジットの価格がわからないと適切な判断はできません。また、クレジットを買おうと思っても、市場がないと想定通りの調達ができるかはわかりません。クレジット提供者との相対取引ではこうした需要を満たせません。

 

――そこでVERクレジットの取引所が必要ということですね。

 

 木下氏:必ずしも取引所でなくてもいいかもしれませんが、クレジットをいつも売買できる仕組みが必要なのです。取引のサイズも、単価がものすごく高いと大企業しか手が出ません。市場で標準的なクレジットについて適正な価格が示されるなら、中小・零細企業も参加できます。少額でもいいから取引がいつでも行われていることが大事です。今の(日本での)自主的クレジットの取引は件数が少なく、かつ一件当たりの金額が大きいので、中小・零細企業が取引できる体制になっていません。

 

―――現在の取引件数はどれくらいですか。

 

 木下氏:国内の既存制度では、年間で千件程度の規模です。EU-ETSでは、制度としては少し違いますが、数百万件の取引があります。これだけの取引があると、クレジット価格が高いか安いかが市場でわかります。しかし年に千件程度の規模では、価格の妥当性はわかりません。つまり取引の数と流動性が必要なのです。

 

 日本の自主クレジット制度のネックは、クレジットを供給する側がすごく限られていて、一件当たりの金額が大きいという供給側の問題があります。クレジットの買い手側も、制度の規制を受ける事業者しか自分のこととして考えないから、誰もが参加できる仕組みになっていません。東京都の環境条例による排出権取引制度も、対象者は実際には少なく、排出規制を超過達成して初めてクレジットを認められ、他の達成できていない事業者に売却できるという仕組みです。一般的に、規制を受ける事業者は事後的に(クレジットを買えば)達成できるから、今、自分は達成しなくてもいいとは考えません。みんな事前に達成しようとするので、クレジット取引はほとんど成立しないことになります。

 

――日本政府は、30年の目標達成のために、クレジットで年間1億㌧を調達するとする計画を立てていますね。実現できますか。

 

 木下氏:取引市場ができていると、政府が目標達成のために事業者の排出量を厳しく抑制しなくても達成できる可能性があります。なぜかというと、CO2を吸収する装置のクレジット需要が高まり、収益が上がるとなると、多くの企業がそうしたクレジット開発事業に参入してくると考えられます。すると、そうした事業の製品は安くなるほか、いろんな会社がクレジットを買うので、政府が規制しなくても排出量は減ると思います。

 

――市場があれば「動く」ということですね。

 

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 木下氏:そうです。1億㌧を減らすために何をしなければならないかと考えていくと、まず規制を導入することになりかねません。ですが、市場があれば、事業者はみんな、規制がなくても、自分が利益をあげるために動くと思います。

 

――でも(クレジットを)買う側は、規制があるので排出量を減らす義務があり、その不足分をクレジットで埋めるために買うという判断になるのでは。


 木下氏:それだけでもないと思います。たとえばペットや指輪のような場合では、血統証明書や品質証明書等があればみんなに評価されます。血統書付きの犬を散歩させていると、犬の仲間の間でも高く評価されますが、これは規制とは関係がありません。要するに、ビジネス上で意味があるとみんなが思うようになればいいのです。そのためにどうすればいいかというと、規制していなくても、まともな企業なり市民であれば排出量を減らすという風になればいい。このことは日本のコロナ対策で、まともなお店であれば夜には閉めるとか、お酒を出さないとか、という行動をとっていることと同じです。

 

 ただ、情報開示は大事です。事業者がどれくらいCO2を排出しているかを、顧客が知ることが大事です。顧客に実際の排出量が知られ、あの企業は排出量が多いと思われるか、あるいは排出削減を進めているかを知ってもらうことが重要です。そのためには、情報開示のルール付けが必要です。

 

――一方で、EUなどは、排出量を義務的に制限する制度により、企業・事業者の排出量を現行の水準よりもさらに削減させて、最終的には排出量ゼロにすることを目指しています。放って置いてもちゃんとやる事業者だけでは、全体の削減につながらないということだと思います。こうした規制によるETSと、それを補う市場ベースのVER取引の両建てがいるとの指摘もあります。

 

 木下氏: EUの場合も、一般市民がそうした温暖化に対する危機意識を持っているからこそ、ETSの規制が動いていると聞いています。規制だけで排出削減が進むわけでもないと思います。EUも両建てですし、さらに正確に言うと、EUの場合は、規制というより規制緩和が効いています。つまり従来は、排出枠の配分を政策的に決めていましたが、今はオークションによっています。一種の規制緩和が取引拡大につながっています。

 

――自主的なクレジット市場があれば排出規制も機能するということですか。

 

 木下氏:はい。機能するようになるでしょう。現状のわが国は、自主的な市場も機能していませんし、規制が効果的でもありません。

 

――クレジットの対象となる事業が十分にあるのかという問題があります。Jクレジットも限られています。クレジットが信頼できるかという認証等も必要になると思います。

 

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 木下氏:クレジットが売れる見込みがなければ、削減事業の開発は進みません。しかし、世界全体として脱炭素を目指す流れなので、企業の技術者は削減事業の開発に着手したいと思います。そして市場があれば、クレジットの値段がつくので収益を見込めます。開発見込みがあって収益が上がる見込みであれば、経営者はゴーサインを出します。現在は、プロジェクトがないから値段がつかず、値段がつかないから市場が機能しないという悪循環になっていますが、これを「順回転」にしないといけない。ネガティブ思考では、今、市場がないから、うまくいかないとなりますが、そうではなく、市場を作れば動きますよ、というポジティブ思考にしようということです。

 

 2030年の46%削減を実現するには、仮に今年、削減事業の開発を企業が発表しても、実際に2030年までに実装するにはギリギリです。製品化したり、検査したりするスケジュールを踏まえて、必要な費用を回収し、収益を上げる計画ができないと、企業は乗り出しません。そう考えると、できるだけ早く市場づくりを始めたほうがいい。

 

――国内での再生可能エネルギー事業や省エネ事業、吸収源事業等は、現状でも不足しています。クレジットの認証問題もあります。

 

 木下氏:再エネプロジェクト等は経産省が産業政策で推進することになります。事業に対しては補助金や税制優遇等が必要かもしれません。クレジットの認証は、ガイドラインの様なものを作ればいい。既存のCDMやJクレジットでは、取引の事前にクレジットの品質を認証する仕組みが一般的。しかし、私は事後的に検証する仕組みがいいと考えています。

 

 クレジットを買った事業者は、自分の排出量をその分だけ減らせる。売った側はその分、自分の排出量が増えます。事前、個別のクレジット認証だと、物理的に取り扱える件数が限られてしまうので、取引後に本当に減っているかをチェックすればいい。チェックは悉皆調査ではなく、交通取り締まりや税務調査のような抽出調査でいいと思います。

 

 大事なことは、市場取引で価格メカニズムを的確に機能させることです。そのためには、売り手と買い手の双方が共通の認識を持つ「取引の標準化」を確立し、取引所取引に十分な流動性を確保することで、市場に「価格発見機能」を発揮させることです。

 

――今の日本でのJクレジット等は事前にクレジットを認証していますね

 

 木下氏:それが問題です。事前に認証してはいかんとは言いませんが、しかし、それだけだと適切な価格がわからない。取引所は、市場に価格発見機能を発揮させるため、標準契約を売り手と買い手の間で有効にすることや、取引実務によって「発見」された価格情報をリアルタイムで発信すること等が求められます。価格情報は、実際には取引に参加していない企業に対しても、取引を行う場合の損益を認識させることで、経済全体でのCO2排出削減に必要な最適な資源配分を促進する効果が期待されます。

 

――EU-ETSはオークションに移っており、現在、VERの取引所作りを進めているシンガポールでもオークションを導入するようです。取引所がオークションを主導することが望ましいですか。

 

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 木下氏:クレジット取引をオークションでやるかどうかは、客層とマーケットの性格によります。例えばTFXの場合、銀行間取引はオークションとしています。政府と企業の間で、市場に供給するクレジットをオークションで提供するのは、取引所の仕事の一環です。それとは別に、マーケットメーカー方式で市場の特定事業者が自ら取引レートを出す方式も想定しています。同方式なら、いつでもクレジットの市場レートが公表されるので、投資家はいつでも、どんなクレジットでも売買できます。ただ、そのためには外国等で既にレートが確定していなくてはなりません。

 

――日本ではどちらがいいですか。

 

 木下氏:日本でVERの取引所取引を始める場合、最初はオークションになると思います。というのは、クレジットを生み出す排出削減事業には、ある程度の設備投資がいります。通常、町工場で設備投資をするとなると、1000万円前後の資金が必要になるので、銀行融資とセットになると思います。するとホールセールベースの取引になるのでオークションで十分動くと思います。

 

 日本でのマーケットメーク方式の取引としては、TFXがやっている差金決済取引(CFD)や外為証拠金取引(FX)等があります。しかし、日本でVERの取引所取引を始める場合、最初はオークションになると思います。というのは、クレジットを生み出す排出削減事業には、ある程度の設備投資がいります。通常、町工場で設備投資をするとなると、1000万円前後の資金が必要になるので、銀行融資とセットになると思います。するとホールセールベースの取引になるのでオークションで十分動くと思います。

 

 企業・事業者にとっては、クレジットの取引をそれほど頻繁に行うわけでもなく、システム接続のセキュリティーコスト等を考慮すると、年に1~2回程度の取引では意味がありません。そう考えると、市場参加者の仲介により事業者が年に数回取引する方式が妥当だと思います。

 

――クレジットの原資産事業は国内に限定しますか

 

 木下氏:国内に限定する必要はないのですが、現実は円決済になるので、実質的に、国内事業が中心になります。円決済か、ドル決済かというのは、決済をする銀行の問題です。銀行決済は最終的が中央銀行に支えるので、日本では円決済が合理的です。

 

――グローバルな日本企業はあちこちで取引する一方で、会社としては総体としての排出量削減が求められます。国内のクレジット市場では、国内の事業からのクレジットしか買えないとなると、取引ボリュームが小さくなりませんか。

 

 木下氏:海外での事業をカバーするクレジットも東京で売買できるほうがいいですが、実際には、そうした取引はドル建てなので、ニューヨークあるいはシカゴでの取引になります。ここで考えねばならないのは、ニューヨーク等で取引をできない国内の中小企業、ないし国内に特化した事業者にとってのクレジット取引を確保しておくことだと思います。

 

――日本のクレジット市場は、中小企業向け、国内産業向けになるのですか。

 

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 木下氏:日本の金融システム自体、現状ではそういう状況になっているのです。電力会社も電力先物はほとんど欧州市場を利用しています。世界的に活動している企業は、それと見合う市場に集まるようになっています。

 

――東京国際金融市場を作ると宣言しても、簡単ではないわけですね。

 

 木下氏:宣言だけではだめですね。しかし、取引商品に応じて、先手を打って市場を作っていけば、いずれはその分野の国際市場になるかもしれません。だから、カーボンクレジットについても、先手を打って市場を立ち上げる必要があると思います。

 

 先行して市場を立ち上げれば、香港や台湾等の買い手が、東京市場に集まる可能性もあります。東京でシカゴより早く市場を作る必要があるのです。シカゴもシンガポールも、現在、市場立ち上げの検討を進めています。この1年が決定的に重要です。市場開設にはスピードが問われています。

 

――しかし、シカゴはいずれ市場を作るでしょう。

 

 木下氏:その時、シカゴに接続するにはお金がかかるので、東京ですでに取引が始まっていると、事業者はシカゴでの取引に流れず、先行した東京での取引を継続することになります。市場を早く設立することで、顧客を確保できるのです。

 

 「先手必勝」です。市場が膨らみだすと、いくらでも膨らんで、円決済でもアジア全体の企業や投資家が東京に来てくれるかもしれない。そうならないと、アジアはおろか日本の企業も逃げていきかねません。

 

 他の市場も取り組みを始めていますが、日本では私たちが早く取り組んでいますので、これから大急ぎでやれば、まだ「先手必勝」に間に合うと思います。もう一つの重要な点は、排出削減は、一部の大企業や国際的企業だけの問題ではなく、経済社会全体の課題であり、国内の広範な中小企業や個人が参加しないと達成できない。したがって国内の事業者、投資家等が参加するインフラが必要ということです。

                        (聞き手は 藤井良広)

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 木下信行(きのした のぶゆき) 東大法卒、大蔵省(現財務省)入省。郵政民営化委員会事務局長、金融庁証券取引等監視委員会事務局長、日銀理事、アフラック生命保険シニアアドバイザー等を経て、2018年に東京金融取引所社長に就任。