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「原発ゼロ社会」は選択の問題ではない。不可避の現実である(日経BP) 田坂広志元内閣府参与

2012-11-12 08:56:31

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政府も財界も気づかない最大の「アキレス腱」


民主党政権が「革新的エネルギー・環境戦略」において表明した「原発ゼロ社会をめざす」という方針に対し、財界からは「原発は、コストの安い電源だ。安全性を確認して稼働し、存続させるべきだ」「原発を稼働しないと、日本経済が破綻する」「核燃料サイクルを放棄すると、日米関係がおかしくなる」といった強い批判が起こっていますが、この問題を田坂さんは、どう考えるでしょうか?

田坂:財界の方々が、エネルギーコストの問題や、日本経済の問題、さらには、日米関係の問題を考え、こうした懸念を表明される気持ちは分かるのですが、財界を始めとする原発維持を主張する方々が、いま、見落としてしまっている極めて重要な問題があるのです。

何でしょうか?

田坂:「原発ゼロ社会」というのは、「政策的な選択」の問題ではなく、「不可避の現実」だという問題です。

 いま、政府、財界、メディアを含めて、「日本という国は、原発ゼロ社会をめざすべきか否か」という論調で、あたかも、「原発ゼロ社会」というものが「それを選ぶか、否か」という「政策的な選択」の問題だと思い込んでいるのですが、実は、「原発ゼロ社会」とは、好むと好まざるとに関わらず、否応なくやってくる「不可避の現実」なのです。
 残念ながら、いま、政府も財界もメディアも、その一点を完全に誤解して議論をしています。

なぜ、「原発ゼロ社会」が「不可避の現実」なのでしょうか?

田坂:原子力発電と核燃料サイクルが抱えてきた最も致命的な「アキレス腱」が切れてしまったからです。

「最も致命的なアキレス腱」とは?

田坂:高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の「最終処分」の問題です。

 この最終処分の問題は、昔から「トイレ無きマンション」という言葉で、原発推進に反対する方々から批判されてきた問題です。要するに、原子力発電と核燃料サイクルから発生する「ゴミ」を安全に捨てる方法が確立されないかぎり、いずれ、原発は稼働できなくなる、という問題です。

世界が壁に突き当たる高レベル廃棄物の最終処分


田坂さんは、その「高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の最終処分」の専門家でもありますね?

田坂:ええ、私は、40年前に「原子力」というものに人類の将来のエネルギー源としての夢を抱き、原子力工学科に進み、原子力工学で学位を得た人間です。そして、その博士論文のテーマは、まさに、この「高レベル放射性廃棄物を、どのようにすれば安全に処分できるか」というテーマでした。

そして、この問題の解決策を見出すために、1987年には、米国のパシフィックノースウェスト国立研究所の客員研究員になり、米国の高レベル放射性廃棄物最終処分プロジェクトである「ユッカ・マウンテン・プロジェクト」にメンバーとして参加したのです。

 それらの努力は、すべて、原子力発電と核燃料サイクルの抱える「最も致命的なアキレス腱」の問題を解決し、原発推進に懸念を表明される方々の「トイレなきマンション」の批判に応えるためでした。

すなわち、それは、原子力発電と核燃料サイクルの「アキレス腱」を「切らない」ための努力であったわけですね。

田坂:そうです。その努力とは、この日本において高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料を安全に最終処分する方法を見出すことであり、具体的には、地下深くの安定な岩盤中に廃棄物を埋設する「地層処分」という方法を実現することでした。

 そのために、私は、大学や国際研究機関での研究者として、さらには、民間企業での技術者として、この「高レベル放射性廃棄物の最終処分の問題」に、20年間、取り組んできたのです。

学術会議報告書の持つ「深刻な意味」


では、なぜ、田坂さんは、その「最も致命的なアキレス腱」が「切れてしまった」と言われるのですか?

田坂:日本で最高の学問的権威が、「日本で地層処分を実施することは不適切だ」と提言したからです。

 すなわち、去る9月11日に、日本学術会議が内閣府原子力委員会に対して「高レベル放射性廃棄物の処分について」という報告書を正式に提出し、「高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料については、現時点で、十万年の安全性を保証する最終処分(地層処分)を行うことは適切ではなく、数十年から数百年の期間、暫定保管をすべきである」との提言をしたからです。

すなわち、学術会議は、「十万年の安全性が保証できないかぎり、日本で地層処分をするべきではない」と提言したわけですね?

田坂:そうです。日本でも最高の学問的権威を持つ組織が、正式にこの提言を表明したことの意味は、想像を絶する重さで、これからの原子力行政と原子力産業にのしかかってくるでしょう。

 それにもかかわらず、残念ながら、政府も、財界も、メディアも、この学術会議の提言が意味するものの大きさと深刻さを、まだ理解していないようです。

「日本で地層処分をするべきではない」ということの意味する深刻な問題とは、何でしょうか?

田坂:「地層処分」ができないということは、高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料を、極めて永い期間、「長期貯蔵」しなければならなくなるということです。

 学術会議は、このことを「数十年から数百年の期間、暫定保管すべきである」と提言していますが、将来、地層処分の「十万年の安全性」が科学的に証明されるか、全く新たな最終処分法が開発されるまで、「暫定保管」(長期貯蔵)をしなければならないと提言しているのです。

「暫定保管」と「総量規制」がもたらす全原発停止


 

高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料を「数十年から数百年の期間、暫定保管する」ことになると、何が問題になるのでしょうか?

田坂:学術会議は、高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料の発生量を「総量規制」しなければならなくなる、と指摘しています。

 すなわち、現時点で「最終処分」の方法が無く、極めて永い期間、「長期貯蔵」をしなければならない高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料は、これ以上、無制限に発生させ続けるわけにはいかないので、その発生総量の「上限」を定め、規制しなければならなくなるのです。

たしかに、「捨て場」の無いゴミを、無制限に発生させるわけにはいかないですね。

田坂:その通りです。そして、この「総量規制」を導入せざるを得なくなった瞬間に、原発をいつまでも稼働させ続けることができなくなるのです。

 そして、まさに、このただ一つの決定的な理由によって、遅かれ早かれ、好むと好まざるとにかかわらず、我々は、原発を止めざるを得なくなるのです。

政府と財界は「幻想」を抱かず、「現実」を直視すべき


しかし、財界の人々は、「原発は、コストの安い電力だ」「原発の安全性は、十分に高められる」という理由で、原発の再稼働と原発の存続を主張していますね?

田坂:私も、かつて、原発推進の立場に立っていた人間ですので、財界の方々が、そう主張する理由は分かるのですが、仮に、原発の発電コストがどれほど安かろうとも、また、絶対事故を起こさない原発が開発されようとも、この「高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の最終処分の方法が無い」という、ただ一つの理由で、原発は、早晩、稼働できなくなるのです。

 実際、いまでさえ、全国の原発の使用済み核燃料保管プールの満杯率は平均70%にも達しており、原発稼働に伴って膨大に発生し続ける使用済み核燃料を貯蔵する場所の確保も、極めて難しい状況になっているのです。

 その現実を、今回の学術会議の提言は、極めて厳しい形で、我々に突きつけたのです。

 いま、政府や財界の方々に求められているのは、この厳しい現実を直視し、「日本では地層処分はできない」という問題に対する解決策を、「長期貯蔵」という政策的選択も含め、真剣に検討し、真摯に国民に対して示すことなのです。

 現在の状況は、「原発というコストの安い電力がなければ、日本の経済がおかしくなる」といった「必要性論」や「エネルギー危機論」だけでは、もはや国民の誰も納得しない状況になっているのです。そのことを、深く理解されるべきでしょう。

現在の科学では証明できない「十万年の安全」


この学術会議の「日本で地層処分をするべきではない」という判断について、専門家として、田坂さんは、どう考えられるのでしょうか?

田坂:専門家として申し上げますが、残念ながら、学術会議の指摘は、正鵠を射ていると言わざるをえません。

 なぜなら、高レベル放射性廃棄物は数万年の期間、使用済み核燃料は十万年の期間、人間環境から安全に隔離しなければならないわけですが、日本において、安全に地層処分を実施するためには、少なくとも二つのことが保証されていなければならないからです。

 一つは、地層処分を行う地層が、数万年から十万年以上安定であることを証明することであり、もう一つは、この地層の岩盤中での地下水の流速が極めて遅いことを証明することです。

その証明は、現代の科学では、難しいのでしょうか?

田坂:実は、これも残念ながら、現在の科学のレベルでは、この二つの点を証明することは、極めて難しいのが現実です。

 例えば、10月1日にNHKのクローズアップ現代の「高レベル放射性廃棄物の地層処分」に関する特集で、その証明の難しさを示す二つの事例が紹介されました。

 一つは、2000年10月に起きた鳥取県西部での震度6強の地震の事例ですが、従来、活断層が無いと考えられていたこの地域において地震が発生したのです。これは、従来の「活断層の無いところを選べば、地震は起こらず、地層は安定している」という考えを覆すものでした。

 もう一つは、2011年4月に起きた福島県いわき市での震度6弱の地震の事例ですが、この地震によって地下水の変動が起き、住宅街の真中で毎秒4リットルにも及ぶ大量の地下水が湧き出てきて、一年半経っても出水が止まらない状況が生まれました。これも、将来の地震によって、地下水の挙動の大規模な変化が起こる可能性を示すものでした。

 このように、現在の科学では、地震の発生や地下水の挙動を十分に予測することはできず、今回、学術会議が指摘した「現在の科学では、十万年の間に、何が起こるか予測はできないため、その安全を証明することはできない」ということは、認めざるを得ない現実なのです。

「原発ゼロ社会」は、不可避の現実


なるほど、それで学術会議は、「日本で地層処分をするべきではない」と提言したわけですね。では、もう一度伺いますが、その結果、我々は、どのような問題に直面するのでしょうか?

田坂:端的に申し上げれば、「原発に依存できない社会」がやってくるのです。

 これまで、「脱原発依存」という言葉は、「原発に依存しない社会」をめざす、という意味に使われてきましたが、実は、我々の目の前にあるのは、「原発に依存しない社会をめざすか否か」という「政策的な選択」の問題ではないのです。

 それは、「原発に依存できない社会がやってくる」という「不可避の現実」なのです。

 すなわち、この高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の最終処分の問題に解決策を見出さないかぎり、「原発ゼロ社会」は、選択するか否かではなく、否応なく到来することになるのです。

 実は、「コストの安い原発は捨てるべきではない」「日本経済に原発は不可欠だ」と主張する方々の議論は、「今後も、原発に依存した社会が可能である」という「幻想」に立脚した議論になってしまっているのです。

「長期貯蔵」を密やかに準備する諸外国


では、この難しい問題、高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の最終処分の問題について、諸外国の政策は、どうなっているのでしょうか?

田坂:米国、イギリス、フランス、ドイツ、カナダを始めとして、どの国も、公式には「地層処分」をするということを掲げています。しかし、各国の政策を詳しく見てみると、実は、「地層処分」が長期にわたり実行できなくなったときのために、どの国も、数十年から百年程度の「長期貯蔵」を可能とする政策が、目立たないように採り入れられています。

 すなわち、諸外国も、公式には「地層処分」を掲げつつも、その実施が困難になることを想定して、バックアップの政策を策定しています。それが、「長期貯蔵」という政策オプションであり、この政策への切り替えを密やかに準備しているのが現実です。

その意味では、日本も、「地層処分はできない」ということを前提に、「長期貯蔵」や「暫定保管」という政策論を、真剣に、そして具体的に検討すべき状況になったということですね?

田坂:その通りです。従って、この学術会議の報告を受け、政府は、「長期貯蔵」や「暫定保管」の方式について、「総量規制」の問題と併せて、真剣に検討を開始すべきでしょう。

 ただし、我が国が、この「長期貯蔵」の政策に向かったとしても、まだ、大きな問題が待ち受けています。

何でしょうか?

田坂:たとえ「最終処分」ではなく「長期貯蔵」であったとしても、我が国のどの地域が、その施設を受け入れてくれるか、という問題です。

 しかし、この問題を論じると、さらに難しい議論になるので、それはまた、次の機会に譲りたいと思います。

 

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121011/237928/?P=1