HOME環境金融ブログ |IPCCが「地球が火事になっている」と警告したワケ~ 科学の声を聞かずに、日本人の出せるCO₂は残り4年分になった(明日香壽川) |

IPCCが「地球が火事になっている」と警告したワケ~ 科学の声を聞かずに、日本人の出せるCO₂は残り4年分になった(明日香壽川)

2021-08-31 00:19:39

asuka005キャプチャ

 

 8月9日、IPCC第6次評価報告書(AR6)第1作業部会(WG1)報告書が発表された。この報告書に対して、国連のグテーレス事務総長は「人類に対するコード・レッド(Code Red)」と述べた。

 

 この「コード・レッド」という言葉を日本の一部のメディアは「赤信号」と訳しているが、これは誤訳だ。「コード・〇〇」は医療業界の隠語であり、病院内などで使われる色別注意信号の一つで、患者に不安を与えないために使用されている(テレビで「コード・ブルー」という医療ドラマもあった)。「コード・レッド」は「院内で火災発生」という意味で、まさに「地球が火事になっている」という意味が込められている。

 

 では、この「コード・レッド」は何が書かれているのか。そもそも報告書は信頼できるのか。本稿では、AR6の作成プロセスや内容を紹介することで、この報告書に込められた科学者たちからのメッセージを伝えたい。

 

IPCC報告書とは IPCCは、Intergovernmental Panel on Climate Change(国連気候変動に関する政府間パネル)の略だ。地球温暖化などの気候変動問題に関して、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行う組織として、1988年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により設立された。自然科学的根拠を議論する第1作業部会(WG1)、影響・適応・脆弱(ぜいじゃく)性を議論する第2作業部会(WG2)、対策を議論する第3作業部会(WG3)に分かれており、今回発表されたのはWG1の報告書だ。

 

 多くの人は、IPCCは研究をする組織だと誤解している。確かに、各国政府を通じて推薦された数百人の科学者及び専門家が参加している。しかし、彼らに与えられたタスクは研究ではなく、5~6年ごとにその間の気候変動に関する科学研究(査読という厳しいプロセスが通った論文のみ)から得られた最新の知見を整理することだ。なので、IPCCが新たな科学的問題を研究して、それを発表したりするようなことはしない。また、科学者の中で意見が分かれている論点に関しては、どの程度意見が分かれているかも報告書の中で定量的に示している。

 

透明な作成プロセス

 

 その「最新知見の整理」のプロセスは極めて透明だ。報告書は合計で約3千ページに及び、1万4千以上の科学論文を参照している。第1次ドラフト、第2次ドラフト、最終ドラフトの三つが100人以上の執筆担当者によって順次作られ、それぞれの過程で世界中の研究者や政府関係者が細かくレビューコメントをつけることができる(研究者であれば、ほぼ誰でもレビューできる)。

 

 AR6の場合、具体的には合計で7万件以上のレビューコメントが付けられ、その一つ一つに執筆担当者は丁寧に返事を書いている。そして、それらはすべて公開されている。おそらく、これ以上のオープンなプロセスは考えられない。

 

asuka002キャプチャ

 

 

 このようなプロセスを経た報告書は、温暖化と人為的な影響との関連性を「疑う余地はない」という強い言葉で表現した(前回の報告書では95%以上の確率で確かだとしていた)。

 

欧米で頻発する森林火災
欧米で頻発する森林火災

 

科学者間に論争はない

 

 すなわち、今、人為的な影響と温暖化との関連性に関して科学者の間で論争はない。しかし、いまでも少なからぬ人々が、「科学者はまだ論争をしている」と思っている。温暖化問題に長く関わっている私の感覚では、それは日本に限らず世界共通で、化石燃料会社などが流した温暖化懐疑論の影響によるものだ。

 

 また、いまでも「コンピューターを用いたモデル計算は人為的温暖化の証明になっていない」という批判も聞く。しかし、このような批判も間違っている。

 

 まず、将来を定量的に予測するのには、何らかのモデルに基づいたシミュレーション計算以外に方法はない。また、確かに、1990年のIPCC第一次報告書の場合は、人為的な温暖化の予測はモデルによる予測でしかなかった。しかし、約30年後に出されたAR6では、そのモデルの予測が正しかったことが実際の30年間の観測データによって裏打ちされている。その意味では、人為的要因による温暖化は証明されている。

 

 ちなみに、日々の天気予報も、温暖化研究者による長期予測も、基本的に、物理・化学法則に基づいたプログラムで書かれたコンピューターモデルに現状をインプットして、将来に起こりうる状況を計算する。

 

 今、天気予報で土砂降りの雨になるといっているのに、傘を持たないで出かける人はどれだけいるだろうか。天気予報を信じるのに、IPCCの将来予測を信じないのは矛盾と言える。

 

 なお、世界でも日本でも、温暖化懐疑論をメディアで流す「研究者」はいる。彼らの多くは大学教授あるいは元大学教授などの肩書を持つものの、気候科学の専門家ではなく、AR6のドラフトにコメントするようなこともない。しかし、いわゆる「温暖化懐疑本」は、出せば一定程度は売れるので、節操なく同じ内容の本が繰り返し出版されている。

 

AR6のポイントとは

 

 以下は、今回の報告書で示された人間と気候変動の自然科学的根拠のポイントだ。

 

・2019年の二酸化炭素(CO₂)の大気中濃度は少なくとも過去200万年のどの地点よりも高い。
・1970年以降の世界平均気温は、少なくとも過去2000年間のどの50年の期間よりも速く上昇した。世界の氷河のほとんどが同時に後退しており、少なくとも過去2000年間に前例がない。
・平均海面水位は直近120年で0.2メートルの上昇であり、そのペースは1971年までの年1.3ミリの約3倍となっている。温室効果ガスの排出が非常に低いシナリオでも、2100年までに海面が今より0.28~0.55メートル上がる可能性が高い。排出が非常に高いシナリオでは、南極氷床が崩壊し、海面水位が2100年までに2メートル、2150年までに5メートルに近づく可能性も排除できない。
・人間が引き起こした気候変動は、世界中の全ての地域で、多くの気象や気候の極端な現象に既に影響を及ぼしている。1950年代以降、ほとんどの陸域で熱波などの極端な高温や大雨が増え、より強度が大きくなった。今後、土地の蒸発散量が増加することで、一部の地域で干ばつがさらに増える。

asuka003すキャプチャ

 

 難題だった個別の極端現象と人為的な温暖化との関係も、かなり定量的に明らかになった。これは、イベント・アトリビューションと呼ばれる研究であり、現在、世界中で盛んに行われている。

 

 例えば、日本の気象研究所や国立環境研究所は、「2018年夏の日本の猛暑は、人為的な温暖化がなければほぼ発生しなかった(発生頻度がゼロ)」「2018年7月の瀬戸内地域の豪雨は人為的な温暖化によって発生頻度が約3.3倍になっていた」というような研究結果をすでに発表している。

 

 このイベント・アトリビューション研究の成果も含めて、AR6では、さまざまな数値や議論が、より精緻(せいち)に、かつ堅固になった。

 

日本のCO₂はあと4年分

 

 「AR6で最も重要な数値は?」と聞かれた場合、筆者はカーボン・バジェット(炭素予算)を挙げる。

 

 カーボン・バジェットとは、人間活動を起源とする気候変動による地球の気温上昇を一定のレベルに抑える場合に想定される、CO₂などの温室効果ガスの累積排出量(過去の排出量と将来の排出量の合計)の上限値をいう。温室効果ガス累積排出量と、予測される世界平均気温の変化量の間には、ほぼ比例の関係がある。

 

 AR6は、66%以上の確率で1.5度未満に抑えるためには、2020年以降の全ての人為起源の発生源からの温室効果ガスの累積排出量を約400ギガトン未満にとどめることが必要であるとした(この数値は前のIPCC報告書と大きくは変わっていない)。

 

大雨で氾濫した川の近くにある順天堂病院は水に浸かった=2021年8月14日、佐賀県大町町
大雨で氾濫した川の近くにある順天堂病院は水に浸かった=2021年8月14日、佐賀県大町町

 

 400ギガトンのうち、日本が使える分はどれだけあるのだろうか。

 

 まずは、歴史的な排出責任や途上国の経済発展に伴う1人当たり排出量の増加をあまり考慮しないという意味で、先進国にとって極めて有利な現存人口割にしてみても、世界人口が約78億人、日本の人口が約1.3億人なので約6.7ギガトンになる。最近の日本の年間排出量は約1.2ギガトンなので、今と同じ排出量が続くとすると、あと4年程度でバジェットはなくなる。

 

 すなわち、公平性を考慮しながら、67%の確率で1.5度目標を達成するためには、実は日本のような先進国は、2030年に2013年比で二酸化炭素排出量を100%近く、あるいは100%以上削減する必要がある。

 

 一方、今の日本政府の削減目標は、バイデン米政権からの外圧で引き上げた後でも「2030年に2013年比で46%削減」に過ぎない。目標と現実とのギャップはとてつもなく大きい。

 

科学の警告を聞いてほしい

 

 残念ながら、筆者にも2030年に100%削減できるようなシナリオやプランはない。しかし、私が関わっている研究グループは、今の政府目標よりも15%程度高い目標(2030年に2013年比で61%程度)が、石炭火力と原発なしでも十分に達成可能、というシナリオを提示した。

 

 そのシナリオでは、政府シナリオと比較して、雇用創出数、GDP増加、エネルギーコスト、発電コスト、大気汚染物質(PM2.5)削減などの点でより経済合理的であり、電力需給バランスも問題ないことを定量的に示している(各分野で必要な投資額や政策についても詳しく書いてある)。

 

 日本では、幸運なことに、集中豪雨はあるものの、干ばつ、山火事などの大規模で深刻な気候災害は、まだ起きておらず、それによる環境難民の自国内での発生や、他国から環境難民が押し寄せてくるような状況にはなっていない。猛暑といってもまだ30度台が多く、今年のカナダやギリシャ、米国が経験したような50度前後を記録する夏にはなっていない。それが、他の国に比べて温暖化問題に国民の関心が少ない最大の理由だと筆者は思う。

 

 それゆえに、他の先進国ではありえない石炭火力発電の維持策を、いまでも政府は推し進めている。しかし、日本だけが例外であり続けることはないし、日本だけが温暖化対策に無関心であってよいはずはない。

 

 気象災害が起こると、必ず被害者は、「なぜこうなると警告してくれなかった!」と怒りをあらわにする。それに対して研究者は、「私たちは警告した。あなたたちが聞かなかっただけ」と、いつも同じ答えを返す。

 

////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

本稿は 朝日新聞の『論座』の掲載記事(2021年8月26日付)を、著者の了解を得て転載しました。

 

asuak007キャプチャ

明日香壽川(あすか じゅせん) 東北大学東北アジア研究センター教授(同大環境科学研究科教授兼務)。地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターなど歴任。著書に、『脱「原発・温暖化」の経済学』(中央経済社、2018年、共著)など。