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⽇本政府は「気候クラブ」形成にどう関与するか。ドイツのG7サミットから今後の気候政策とエネルギー転換を展望する(松下和夫)

2022-07-10 19:09:40

G7サミットの会合に臨む各国首脳ら=2022年6月27日、ドイツ南部エルマウ、代表撮影

 

  ドイツ・エルマウで2022年6⽉26⽇から28⽇までG7サミットが開催され、⾸脳宣⾔(コミュニケ) が採択された。

 

 この宣⾔は英⽂版で28ページの⻑⽂だ。コミュニケの冒頭の序⽂に続く最初のテーマは “A Sustainable Planet(持続可能な地球)”となっており、「気候とエネルギー」、「環境」が取り上げられている。気候とエネルギーには 5ページが割かれ、環境と合わせると7ページにおよぶ。

 

 さらに年内に設⽴に向けて協⼒することが合意された「気候クラブ」の詳細については、 別途2ページにわたる 「気候クラブに関するG7声明 ( G7 Statement on Climate Club)」が発表されている。このことからも、ロシア のウクライナ侵攻という事態の下で、議⻑国ドイツ政府の気候危機や環境への意気込みがうかがえる。

 

G7⾸脳宣⾔における気候・エネルギー関連分野の主なポイント はなにか

 

 G7⾸脳宣⾔における気候関連分野の主な内容は、ベルリンで5⽉26⽇、27⽇に開催されたG7気候・エネルギー・環境⼤⾂会合でのコミュニケを踏襲したものとなっている(G7⼤⾂会合に関する論考は、拙稿「⽇本政府に脱化⽯燃料 への⾏動を迫るG7加盟国」を参照)。

 

その主なポイントは以下の表の通りである。

 

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 これらの内容が⽰すことは、上記拙稿で述べたように、現状の政策の延⻑ではない⼤きな⽅向転換が⽇本政府には求められているということである。とりわけ2035年までに電⼒部⾨の⼤部分を脱炭素化すること、そして排出削減対策が講じられていない国内⽯炭⽕⼒発電所を廃⽌する⽅針が正式にG7⾸脳宣⾔に盛り込まれたことの意味は⼤きい。

 

 また、排出削減対策が講じられていない化⽯燃料事業への国際的な公的資⾦供与を2022年末までに停⽌することなども明⽰された。来年議⻑国を務める⽇本がG7でリーダーシップを発揮するためには、気候変動対策の強化、そして脱化⽯燃料に向けた⾏動と政策転換が不可避である。

 

 なお、報道(⽇経新聞6⽉29⽇朝刊)によると、当初の宣⾔の議⻑国案では、 30年までに温室効果ガスを排出しない電気⾃動⾞(EV)などゼロエミッション ⾞の販売などに占めるシェアを50%にすると盛りこんでいたが、⽇本は「ハイブリッド⾞や脱炭素燃料などを通じて脱炭素化を実現する」と反対を表明し、最終案には数値⽬標は明記されなかったとのことである。

 

 年内の設⽴に向けて動き出す「気候クラブ」

 

 今回のG7サミットの宣⾔の中では、年内の設⽴に向けて協⼒することが合意された「気候クラブ」という気候変動問題への新たなアプローチが注⽬を集めている。G7というプロセスを舞台として発展した国際気候政策の考え⽅が導⼊さ れようとしている。

 

ドイツのショルツ首相=2022年6月24日撮影
ドイツのショルツ首相=2022年6月24日撮影

 

 議⻑国ドイツのオラフ・ショルツ⾸相は、かねて「気候クラブ」の熱⼼な提唱者であった。2021年8⽉には財務⼤⾂(当時)として、国際気候変動クラブに向 けた共同重要課題ペーパーを発表している。⾸相就任後ショルツ⽒はG7議⻑ 国⾸脳として議論をリードし、2022年2⽉24⽇のG7⾸脳会議では、「国際的なルールと整合的で、G7を超えた参加を得た、開かれた協調的な国際気候クラブの設⽴を探求するという」という決議がされている。

 

 また、5⽉27⽇に発表されたG7気候・エネルギー・環境⼤⾂会合コミュニケで も、「2⽉のG7⾸脳による国際気候クラブの設⽴を探求する決定を想起する。 (中略)我々は、気候クラブの提案について最初の議論を⾏っており、我々の議論を強化し、G20パートナーや他の途上国・新興国を含む国々との協議を拡⼤することを期待する。」としている。そしてG7サミットの共同声明では気候クラブについて「我々は、オープンで協⼒的な国際的気候クラブの⽬標を⽀持し、 2022年末までに設⽴することを⽬指してパートナーと協⼒する」と述べられるに⾄ったのである。

 

気候クラブの必要性とその理論的根拠

 

 気候変動対策が効果を上げるためには国際協⼒が不可⽋である。そして理論的には、気候変動対策を効果的に進めことが世界のすべての国の利益につながる。

 

 ところが、⼤幅な排出量削減を伴う国際協定に参加するよう各国を誘導することは困難であった。その根本的理由は、各国には、⾃国で対策をせずに他国の削減努⼒に「ただ乗り」(フリーライド)するインセンティブがあるためである。

 

 フリーライドとは、ある公共財の利益を享受しながら、そのコストを負担しないことだ。国際的な気候変動政策の場合、各国は⾃国の責任に⾒合うだけの排出削減を⾏わずに、他国の排出削減を当てにするインセンティブがある。国際公共財である気候の保護には、国内市場の失敗とは違い、市場や政府では効果的に対処することができないのである。

 

 このような課題に対し、ノーベル経済学賞を受賞したウィリアム・ノードハウ スは 、 2015年に「気候クラブ」構想を提唱した( William Nordhaus (2015), “Climate Clubs: Overcoming Free-riding in  International Climate Policy”)。

 

 ⼀般的にはフリーライドは、しばしば「クラブ」という仕組みによって克服さ れてきた。クラブとは、公共財としての特性を持つ活動を⽣み出すコストを共有することで、相互の利益を得る⾃発的な集団である(これを経済学では「クラブ財」という)。クラブが成功すれば、その利益は⼤きく、会員は会費を払い、クラブの規則を順守し、会員としての利益を得ようとする。

 

 ノードハウスは、経済理論と実証モデルに基づき、⾮参加国に対する制裁がなければ、最⼩限の削減を⾏う連合以外に安定した連合は存在しないことを明らかにした。そして、⾮参加国へ⼩さな貿易ペナルティを課す体制、すなわち気候クラブによって、⾼い削減レベルを持つ⼤規模な安定した連合に導くことができる、とした。

 

 彼は、いくつかの国のグループが⼀定の炭素価格に合意し排出量を厳しい⽔準で管理し、グループ外のより排出規制の緩い国からの輸⼊品に関税をかけることを提案した。グループ外の各国は、貿易上のペナルティを避けるために、このク ラブに参加するインセンティブが⽣じる。これによって、緩和効果を損ねる炭素価格のない国への⽣産シフト(炭素リーケージ)を防ぐことができる、としたのである。

 

 パリ協定には、拘束⼒のある排出削減⽬標は定められておらず、⽬標の策定は各国に委ねられている。そのため、先進的気候政策に取り組む国がコストを負担し、他国の削減努⼒にただ乗りするフリーライダーは不⼗分な貢献で済ませるというリスクが⽣じる。このような課題を克服し、先進的気候政策に取り組む国が連携して、⾃国の産業競争⼒が不利にならないようにするため、気候クラブが提唱されているのである。

 

 気候クラブとはどのようなものか

 

 ではG7サミットで設⽴に向けて合意された「気候クラブ」とはどのようなも のか︖

 

 2021年8⽉時点でドイツ政府のショルツ財務⼤⾂(当時)は次のように述べて いた。

 

「私たちは、野⼼的な気候⽬標を掲げて前進しているすべての⼈のための 国際的な気候クラブを作りたいと考えている。このオープンで協⼒的なクラブは、共同の最低基準を設定し、国際的に協調した気候変動対策を推進 し、気候変動対策が国際的な競争⼒を⾼めることを確実にするものである」

 

 そしてその当時の国際気候クラブの主な特徴として、2021年8⽉にドイツ内閣 のために作成された重要課題⽂書に次のように⽰されていた。

 

(1) 野⼼的︓産業⾰命以前の⽔準から1.5℃まで温暖化を抑制するというパリ協定の⽬標、および遅くとも今世紀半ばまでに「気候ニュートラル」を達成するという共通のコミットメントによって実証される。これらの野⼼に対して、具体的で信頼できる中間⽬標が設定され、確実に前進する。

 

(2) ⼤胆︓エネルギー多消費型産業など「削減が困難な」分野を含むすべてのセクターで対策を講じ、技術の共有と協⼒によって迅速な進展を実現する。

 

(3) 協⼒的︓たとえば、クラブ会員が炭素集約的な⽣産をクラブ外の国に移したり、クラブ会員の商品がより炭素集約的なものに置き換えられたりすることによる「炭素リーケージ」を防ぐために、クラブ内で共同の対策を導⼊すること。

 

 ⼀⽅、今回のG7サミットで採択された「気候クラブに関するG7声明」では、概略次のように述べられており、従来のドイツ政府の考え⽅がかなり反映されてい る。

 

 「我々は、気候変動対策を加速し、野⼼を⾼めることによってパリ協定の効果的な実施を⽀援するため、気候クラブの設⽴を⽬指す。特に産業界に焦点を当て、それによって国際ルールを順守しつつ、排出集約財の炭素 リーケージリスクに対処していく。

 

 気候クラブは、三つの柱で構成される予定である。

 

 (1) 野⼼的で透明性のある気候緩和政策を推進し、気候ニュートラルへの道筋において参加経済の排出強度を削減する。この観点から、メンバー は、明⽰的な炭素価格、他の炭素緩和アプローチ、炭素集約度など、排出量削減の野⼼と整合的な緩和政策の有効性と経済効果を⽐較する⽅法の評価について共通理解を得るよう努⼒する。

 

 (2) 産業界の脱炭素化アジェンダ、⽔素⾏動協定、グリーン産業製品の市場拡⼤などを考慮し、脱炭素化を加速させるために産業界を共同で変⾰する。

 

  (3) パートナーシップと協⼒を通じて国際的な野⼼を⾼め、気候変動対策 を奨励・促進し、気候協⼒の社会経済的利益を引き出し、公正なエネルギー移⾏を促進する。

 

  気候クラブは、⾼い野⼼を持つ政府間フォーラムとして、パリ協定とそ の決定事項、特にグラスゴー気候協定を完全に実施し、そのための⾏動を 加速することを約束する国々に開かれた、包括的な性格のものである。 我々は、主要排出国、G20メンバー、その他の途上国及び新興国を含むパートナーに対し、この件に関する我々との議論及び協議を強化するよう求める」

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 ドイツ政府は、気候クラブのための最低炭素価格(カーボンプライシング) と、EUで確⽴されようとしている共通の炭素国境調整メカニズム(CBAM)を 組み合わせて提案している。この⼆つの要素により、共通の規制空間が作られ、 フリーライダーが抑⽌される、としている。さらに、排出基準、製品基準、技術基準などの調和を図ることで、クラブに参加するメリットが⽣まれると考えられる。

 

気候クラブは国際気候ガバナンスの有効なアプローチとなりうるか

 

 気候クラブの提案には、当然慎重な意⾒もある。国連の気候変動交渉における多国間協⼒を弱める可能性、また、このような協定は富裕国と貧困国の間の公平性の問題を悪化させるとの指摘もされている。さらに、気候クラブは、パリ協定と、「共通だが差異のある責任とそれぞれの能⼒」という気候変動枠組み条約の原則との整合性を確保しなければならないことも強調されている。

 

 気候クラブはその性格上、閉鎖的な会員制となる。クラブとしての閉鎖的な性格と、G7の宣⾔が提唱する「協調的で開放的な気候クラブ」とは、どのように折り合いをつけるのだろうか。

 

 その関連でG7以外の国、とりわけ途上国との関係も重要である。G7声明では、主要排出国、G20メンバー、その他の途上国及び新興国を含むパートナーに 対し、この件に関する我々との議論及び協議を強化することが強調されている。

 

 具体的には、現時点ではまだ気候クラブのメンバーになることはできないが、 他の国から相応の⽀援を受ければより⾼い野⼼を追求したいという意思を持つ国の利益も考慮する必要がある。たとえば、新興経済国や開発途上国は、即時の加盟が不可能な場合、将来的に気候クラブのメンバーとなる可能性があるため、新 たな気候変動資⾦源や能⼒開発を活⽤し、より集中的な⽀援を受けることができ るようにすることが望まれる。また、たとえば、段階的に加盟基準を導⼊するア プローチや移⾏期を設けることも考えられる。

 

日独首脳会談前に握手する岸田文雄首相とドイツのショルツ首相=2022年6月26日、ドイツ南部エルマウ
日独首脳会談前に握手する岸田文雄首相とドイツのショルツ首相=2022年6月26日、ドイツ南部エルマウ

 

 野⼼的な気候変動⽬標は、⼤胆な気候変動対策によってのみ達成することがで きる。その⼿段は、国によって異なる可能性がある。そのため異なる政策⼿段 (規制、炭素税等)を⽐較可能にすることが必要である。ただし、その際の鍵となるのは、各国の実質的な炭素価格(カーボンプライシング)の⽔準である。

 

 今後、気候クラブ設⽴に向け、製品や材料のCO₂含有量を統⼀的に測定する⽅法について議論が⾏われることとなる。また、産業界の変⾰を加速させることも重要な⽬的である。

 

 気候クラブが実現するまでには政治的にも実務的にも多くの解決すべき課題が⼭積している。たとえば気候クラブの国際法上の位置づけや、組織体制は今後詰められるべき課題だ。⽇本政府は、パリ協定の⽬的達成を加速するため、G7およびG20の⼀員として、クラブの形成過程の議論に積極的に参加する必要がある。その前提として、気候クラブが想定する最低炭素価格の導⼊(そのためには本格的炭素税などの導⼊が不可避)、脱炭素移⾏政策の強化(なかでも⽯炭⽕⼒の段階的廃⽌への道筋を明らかにすること)への速やかな対応が望まれる。

 

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同記事は朝日新聞社発行の「論座」に2022年7月6日に掲載された論考を、著者の了解を得て再掲します。

https://webronza.asahi.com/science/articles/2022070400004.html?page=1

 

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松下和夫(まつした かずお) 京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー、国際アジア共同体学会理事長、日本GNH学会会長。環境省、OECD環境局等勤務。国連地球サミット上級計画官、京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)など歴任