グリーントランジション2035: 2035年に再エネ電力割合とCO2排出削減の「ダブル80%」を実現する経済合理的なシナリオ( 明日香壽川)
2024-09-22 12:33:06
2024年後半から2025年前半にかけては、第7次エネルギー基本計画に関する本格的な議論がなされ、新たな「国が決定する貢献(NDC)」として、2035年における温室効果ガス(GHG)排出削減目標も決定される極めて重要な時である。そのため昨年から今年にかけて、すでにいくつかの日本のシンクタンクが2035年目標に関するレポートを発表している。しかし、それらは電力分野を中心とした分析が多く、全分野にわたる投資額、エネルギー支出削減額、GCP影響、雇用創出・喪失、大気汚染物質削減などに関する詳細な経済分析はなされていない。もちろん、政府もそのような数値を発表していない。
私が関わる「未来のためのエネルギー転換研究グループ」は、2021年2月、日本版グリーンニューディールとして「レポート2030:グリーンリカバリーと2050年カーボン・ニュートラルを実現する2030年までのロードマップ(以下、レポート2030)」を発表した。そして2024年9月9日、この「レポート2030」をアップデートした「グリーントランジション2035: 2035年に再エネ電力割合とCO2排出削減のダブル80%を実現する経済合理的なシナリオ)」、略して「グリトラ2035」を発表した(https://green-recovery-japan.org/から無料ダウンロード可能)。
この新しいレポートは、「GX」と名付けられた政府主導による現行のエネルギー・温暖化政策に対する、「より経済合理的な」代替案である。内容として、2030年、2035年、2040年、2050年における分野別の投資額や、経済効果(GDP追加額、エネルギー支出削減額、化石燃料輸入削減額、発電コスト削減額、雇用創出数)、CO2排出削減効果、大気汚染対策効果(PM2.5曝露早期死亡回避者数)、失業対策、財源などを含む具体的かつ体系的なロードマップを提示し、政策的な提言も行なっている。
今回のアップデートでは、特に2035 年をフォーカスすると同時に、過去数年間における世界および日本でのエネルギーに関わる様々な状況変化を反映させた。例えば、昨今話題になっているデーターセンターやAIなどの情報通信技術分野拡大の電力消費量などへの影響について、定量的に検証している。
また、GHG排出削減に関する日本政府目標(NDC)である「2030年に46%削減(2013年比)」が未達となった場合(残念ながら、可能性は極めて高い)の問題点を定量的に明らかにした。
すなわち、省エネや再エネの導入目標が小さいにもかかわらず、過大に設定された原発導入目標(2030年に20〜22%)が未達で現状程度(5%程度)に留まり、再エネも現状より発電量割合で8%程度しか増えず、不足分は、省エネも再エネ追加もなく火力でまかなわれた場合のCO2排出削減量減少、エネルギー支出額増大、化石燃料輸入額増大などの環境面と経済面の両方の損失を試算した。
さらに、全国シナリオとともに、地方版グリーンニューディールとして、9つの典型的な地方自治体(岡山県、東京都、新潟県、岡山県倉敷市、栃木県小山市、埼玉県越谷市、東京都千代田区、東京都杉並区、埼玉県小鹿野町)における対策と経済効果も具体的に示した。
下記は、このGT戦略によって目指す目標の概要である。
➤最終エネルギー消費(2013年比)
省エネ等により、2030年に50%減、2035年に58%減、2050年に70%以上減
➤化石燃料(一次エネルギー;2013年比)
2030年に67%減、2035年に79%減、2040年に90%減、2050年にゼロ
(エネルギー供給は再エネ100%で、うち従来技術は90%以上、新技術は10%未満)
➤電力(2013年比)
2030年:省エネで電力消費量31%減(石炭火力ゼロ、原発ゼロ、再エネ電力割合58%)
2035年:電力消費量は31%減(再エネ割合80%)
2040年:電力消費量は31%減
2050年:省エネで電力消費量28%減(再エネ電力割合100%。ただし、需給調整・蓄電ロスなどのため発電量は余裕をもつことが必要)
これらの目標を実現するための政策や投資を2024年度から実施した場合、下記の効果が期待できる。
➢投資額:2030年までに累積153兆円(民間113兆円、公的資金40兆円)、2035年までに累積258兆円(民間約190兆円、公的資金約68兆円)、2050年までに累積約624兆円(民間約472兆円、公的資金約153兆円)
➢GDP押し上げ効果:2030年までに累積165兆円(政府予測GDPに対する増加額)、2035年までに累積288兆円
➢雇用創出数:2035年までに3775万人年(年間約315万人の雇用が12年間継続維持)
➢ エネルギー支出削減額:2030年までに累積105兆円、2035年までに累積234兆円、2050年までに累積約691兆円
➢石燃料輸入削減額:2030年までに累積39兆円、2035年までに累積97兆円、2050年までに累積約345兆円
➢エネルギー起源CO2排出量:2030年に2013年比71%減(1990年比66%減、2019年比65%削減)、2035年までに2013年比81%減(1990年比79%減、2019年比78%削減)、2040年までに2013年比91%減(1990年比90%減、2019年比90%削減)、2050年に2013年比90%以上削減(1990年比、2019年比も90%以上削減、従来技術のみ。新技術の実用化を想定すると100%削減)
➢大気汚染による死亡の回避:2030年までにPM2.5曝露による約1070人の死亡を回避
上記の図1は、私たちが目指すGT戦略に関する幾つかの重要な数値を示したものである。また、下記の表1は、私たちのGT戦略と政府GXの比較である。これらが示しているように、現状の政府GXはGHG排出削減という意味で不十分なだけではなく、エネルギー支出額の増大、国富の海外流出、GDP増加機会の逸失、雇用創出機会の逸失、大気汚染による早期死亡回避機会の逸失などの意味で国民経済に対して多大な悪影響を及ぼす。
また、前述のように、私たちは、政府目標(46%削減)が未達となる可能性が極めて高いケースも計算した。すなわち、政府のGXでは、省エネや再エネの導入目標が小さいにもかかわらず、過大に設定された原発導入目標が未達で現状程度に留まり、再エネも現状より発電量割合で8%程度しか増えず、不足分は省エネも再エネ追加もなく火力でまかなわれた場合の具体的なCO2排出削減量や経済的なデメリットを定量的に明らかにした(表2)。
さらに、ここでは詳細に説明していないが、全国シナリオとともに、地方版グリーンニューディールとして示した9つの典型的な地方自治体における対策と経済効果については、再エネ・省エネの導入拡大が、高齢化や、人口減少、雇用減少、光熱費増大などに悩む地方にとって、単なる温暖化対策ではなく、極めて経済合理的で魅力的な産業政策および雇用政策であることを具体的に明らかにしている。
電力需給バランスに関しては、私たちは、GT戦略における再エネと省エネの想定導入量のもと、1)日本全体、2)東日本と西日本の電力管区、3)大手9電力各管区、の3つの場合において、風力・太陽光を大量に電力網に連系し、かつ、原子力と石炭火力を削減する場合について、2035年の電力需給バランスを推計した。特に、過去7年間において、残余需要(再エネで満たせない電力需要)が最大の日および太陽光・風力の供給が最小の日に注目し、供給不足になった場合の対応策としての柔軟性手段について具体的なオプションを各電力管区に対して検討した結果、GT戦略には何ら問題が起きないことを明らかにした。
電力価格に関しても、GXよりも、私たちのGT戦略を実施した場合の方が、発電コスト総額と発電コスト単価の両方で低くなることを示した(図2)。すなわち、政府のGXでは、化石燃料依存と原発依存が継続し、電力需要が減らないままに、コストが高く環境負荷の大きいエネルギーや新技術に依存するため発電コストが増加する。
以上で示したGT戦略がもたらす経済効果を、多くの方々が理解し、それが今後の日本でのエネルギー温暖化問題や産業政策に関する建設的な議論につながれば幸いである。
<補論:政府のGXによる発電コスト上昇の要因分析>
図2で、2040年以降に政府GXの価格が上昇している理由のひとつとして、2040年から火力発電の化石燃料燃焼分にはすべてCCSが入ると想定していることがある(水素・アンモニア混焼は2030年から徐々に導入されると想定している)。ここでは、CCSのコストは9.8円/kWh(12000円/t-CO2)としている。
根拠は、経済産業省の報告書(経済産業省2018)である「CCSを取り巻く状況」(CCSの実証および調査事業のあり方に向けた 有識者検討会、平成30年6月11日)のp.10で、「2007年に試算された船舶による輸送コスト約4,000 円/トンを上記に加算すると、CCSコスト(船舶輸送を含む)は9.8円/kWhとなる(計算は、11.3 円/kg(7.3+4.0)× 0.864kg/kWh(石炭火力の排出係数)= 9.8円/kWh(CCSコスト(船舶輸送を含む))」から。
政府の2050年発電想定として、政府の総合エネルギー資源調査会基本政策分科会で発表された地球環境産業技術研究機構(RITE)の「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析」などに基づいて設備容量は原発30GW(全て新設またはリプレース、GWは100万kWを意味する)、石炭50GW、LNG 80GW、水素アンモニア火力40GW(前述の石炭、LNGの外数)と推定し、発電量割合は、再エネ40%、原発11%、火力48%(石炭火力16%、LNG火力22%、水素アンモニア発電11%(四捨五入のため合計があわない)と推定してそれぞれ試算した。
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参考文献:
・未来のためのエネルギー転換研究グループ(2024)「グリーントランジション2035」.
(https://green-recovery-japan.org/からダウンロード可能)
・未来のためのエネルギー転換研究グループ(2021)「レポート 2030:グリーンリカバリーと2050年カーボンニュートラル を実現する 2030 年までのロードマップ」.
(https://green-recovery-japan.org/2030/からダウンロード可能)
明日香壽川(あすか・じゅせん) 東北大学東北アジア研究センター教授(同大環境科学研究科教授兼務)。地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターなど歴任。著書に、『脱「原発・温暖化」の経済学』(中央経済社、2018年、共著)など。