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エネルギー基本計画の策定プロセスにかかる法的な問題点と課題―主要会議体の人員構成の問題を中心にー (福永智子)  

2024-10-19 19:21:44

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写真は、経産省の総合資源エネルギー調査会の審議の模様=経産省資料から)

 

エネルギー基本計画の重要性

 

 2024年度、日本政府は、第 7 次エネルギー基本計画[1]を策定する予定である。日本の温室効果ガス(GHG)排出量の 84%を占めるのは、エネルギー起源のCO2であるから、このエネルギーに関する国の方針を定めるエネルギー基本計画は、地球温暖化防止と脱炭素化に取り組む上でも、極めて重要な政策を定めるものとなる。

 

 国際的な視点で見ても、温暖化防止と脱炭素社会実現に向けた取り組みが加速する中で、現在、日本の電力網の炭素強度[2]はOECD 諸国の中で米国に次いで二番目に高い状況にある。こうした事実を考慮すれば、エネルギー基本計画が、国内企業の事業や国民生活を含め、日本に住む私たちに広く影響を与えるものとなることは疑う余地が無い。

 

審議会設立の趣旨・目的に照らした問題点

 

 しかしながら、今年4月のClimate Integrateの分析[3]を見ると、最近のエネルギー基本計画の策定にかかる審議を行った主要会議体は、既存のエネルギーシステムの維持・推進を支持する企業・経済界の代表と、エネルギー転換に消極的な政策系学者によって大部分を占められており、特定の既存関係者のウエイトが高すぎるように思える。例えば、エネルギー政策に係る典型的なステークホルダーである、再生可能エネルギーの事業者、同エネルギーの貯蔵・需給最適化ソリューション提供事業者、機関投資家といった層の代表はほとんど含まれていない。また、IT 企業等のエネルギー需要側の企業や、気候変動の影響を大きく受ける第一次産業の代表もほとんど含まれていない。さらに、学術専門家である気候科学者や、環境団体、若者団体、女性団体等の市民団体からの代表はゼロで、消費者団体からの代表もわずかでしかない。

 

 これらの多くの利害関係者の「不在」は、EU 等の政策立案プロセスでの国際的な慣行と一致していないのみならず、国内法の観点からも問題がある。

 

 エネルギー基本計画策定の議論を行う経産省の「総合資源エネルギー調査会」は、国家行政組織法上の審議会に該当するため、同調査会には審議会一般に関する法規範等が適用される。また、同調査会の傘下で個別政策課題ごとに実質的な議論を行っている分科会や部会等の会議体についても、同様に適用されるべきであると考えられる。

 

 審議会制度の目的は、行政への国民参加、専門知識の導入、公正の確保、利害の調整等にあるとされる。エネルギー政策基本法のように、行政による計画の内容が議会ではなく行政権内部での審議・決定に包括的に委ねられる構造の法律については、計画策定プロセスにおけるコントロール(議会制民主主義の担保)が必要である。それにより、審議会を通じて、行政の意思決定に国民の参加や利害関係者の意思の反映が行われたり、外部の専門的知識や技術が取り入れられたりすることができ、計画の立案に際して、社会的安定性と公正・中立を確保できる。

 

 こうした審議会制度の趣旨・目的に鑑みれば、当該会議体を一部の業種や利害関係者等に偏よった人員で構成することは、本来の審議会の趣旨・目的にかなうものではない。そうではなく、より幅広いステークホルダーを議論の場に登用し、彼らの知見を導入して様々な角度から実質的な議論を行うことが必要である。

 

 また、同様の観点から、会議体の議論の過程でこうした主要なステークホルダーに対してヒアリングを行うことも不可欠である。

 

 加えて、同会議体を構成する委員層の不均衡は、中央省庁改革で定められた「審議会等の整理合理化に関する基本的計画」に基づく「審議会等の運営に関する指針」が定める基準の多くを満たしていないという問題も提起する。政府自らが定めた同基準に適合するには、火力発電の事業者やエネルギー業界団体などの同計画の直接の利害関係者は総委員の定数の半ばを超えない範囲の任命にとどめること、エネルギー転換に積極的な委員と、転換に消極的な委員とを同数登用し、委員により代表される意見、学識、経験等の均衡を図ること、「政策利害関係者」である政府出身者の任命は厳に抑制すること、計画の所管官庁である経済産業省出身者は原則として委員に選任しないこと、過剰な兼職者の除外、世代間や性別の均衡を図ることーーなどの改善も必要である。

 

 日本国憲法に照らした問題点

 

 エネルギー基本計画は、日本国憲法に定める、生活基盤や居住環境の整備という生存権、事業者の経済活動の自由、規制や利用に関する合意形成手続き、幸福追求権・平等権保護等を支える、物的な基盤整備の計画でもある。

 

 特に、気候変動による生命・身体・健康への侵害は、異常気象や自然災害による被害、熱中症の急増等、様々な形で日本に住む人々の身にもすでに現実に生じている。また、気候変動による健康リスクは、低所得者、高齢者や子どもなどの、社会的弱者ほど高い傾向にある。加えて、近年、農産物・畜産・水産物等の高温による生育障害や品質低下が多数報告されているように、農林水産業・農山漁村の生産や収入・生活の基盤を揺るがしているとともに、国民の食糧資源の将来を脅かしている。

 

 このように、エネルギー基本計画が、健康で幸福な生活を送る幸福追求権という憲法上の人権と、真に密接な関係性を持つ時代になったということを、私たちは危機感を持って認識しなければならない。

 

 したがって、エネルギー基本計画の策定に際し、化石燃料等を主軸とする国内の産業政策が優先され、科学的な視点に基づく環境政策としての目標設定が十分に行われず、同計画によって影響を受けうる幅広い産業の事業者や、将来世代も含めた一般市民らの権利保護・手続き保障が十分に配慮されない場合、憲法の面からも問題が生じうる。

 

 この観点からも、権利主体たりうる当事者の代表がエネルギー基本計画の策定プロセスに直接関与することは、きわめて重要である。

 

 「こども基本法」に照らした問題点

 

 今年3月に公表された「こども家庭庁」による「こども・若者の意見の政策反映に向けたガイドライン」では、「気候変動に関すること等、こども・若者の今と将来の生活に影響を与える政策や計画、施策、事業について、こども・若者は当事者になります」としている。また、国連こどもの権利委員会の「一般意見 26 号」が、「環境に関する決定は、一般にこどもに関係するものである」とした上で、「国家、政府間機関、国際非政府組織(NGO)は、環境に関する意思決定プロセスにおける子ども団体や子ども主導の組織・団体の関与を促進する」と定めていること等に鑑みれば、日本の気候変動対応の在り方を決定づけるエネルギー基本計画は、こども基本法の「こども施策」にも含まれると考えられる。

 

 したがって、エネルギー基本計画を議論する会議体に若者の代表が加入することや、会議体のヒアリングにおいて若者たちが意見を表明し参画する機会を確保すること(聴取した意見が施策に反映されたかどうかのフィードバックが行われることも含む)は、同法の求めるところでもあると言えよう。

 

 幅広いステークホルダーによる参加の重要性を定める国際条約等

 

 国際条約等を見ると、環境関連の行政の意思決定に幅広いステークホルダーが参加することは、この問題に取り組むうえでの前提として位置づけられている。主な条約やガイダンスだけでも、リオ宣言の第 10 原則、オーフス条約、及びエスカス協定[4]、SDGsの一環である「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」[5]、パリ協定[6]、2017 年の OECD のオープンガバメントに関する理事会の勧告[7]などがあり、これらの多様な国際条約等において、ステークホルダーの参加が推奨されており、その重要性は国際的に広く認知されている。

 

 上記2030アジェンダを受けた日本の「SDGs実施指針」は、「広範なステークホルダーとの対話と連携」や、「政府が率先してリーダーシップをとり、多様なセクターの主体的参画を促す」ことを定めている。また、環境省所管の「第 6 次環境基本計画」では、「2030 アジェンダも、あらゆるステークホルダーが参画する『全員参加型』のパートナーシップの促進を宣言している。環境施策を実施する上でパートナーシップはすべてに共通して求められる要素である」、「政策決定過程への国民参画の一層の推進とそのための政策コミュニケーション、その成果の可視化が必要である」としている。

 

 日本のエネルギー基本計画は気候変動対策上も極めて重要な政策を定めるものとなる。このため、他の関連する政府の計画、特に政府全体の環境施策を定める環境基本計画と一貫性を持たせ、整合させる政策統合が重要である。したがって、上記環境基本計画の定める「あらゆるステークホルダーが参画する『全員参加型』のパートナーシップ」や「政策決定過程への国民参画の一層の推進」の規定と、実質的な参加規程の確保は、エネルギー基本計画にも適用されるべきものといえる。

 

 経済法の観点から見た問題点

 

 現在のエネルギー基本計画の策定プロセスにおいては、気候変動の最大の汚染当事者とされる化石燃料業界の代表者らが、脱炭素とエネルギーにかかる政策の意思決定において優位な地位を占めている。そうした代表者らの意見を反映する形で、実際に審議会で合意された政策の内容も、石炭火力による汚染を継続して投下資本を回収しつつ、水素やアンモニア混焼等の、脱炭素の観点からは技術的にも経済的にも未だ不合理とされる選択肢への「移行」費用を、GX経済移行債のような公的な補助金で賄おうとする政策になっている。つまり、排出企業が負うべき混焼技術のネックである、調達費用の高さ(原価と輸送費)と供給量の制約問題について、排出企業は税金から支援を受けられる内容になっているのだ。

 

 しかし、OECDで環境政策の基本として確立された経済原則であるPPP(Polluter Pay Principle:汚染者負担の原則)は、汚染者に対して公的支援をすることは、「悪貨が良貨を駆逐する」ことになり、公正な競争に反するとして否定され、PPPこそが加盟国間での共通原理になったという歴史がある。この国際原則に照らすと、上記のような日本のエネルギー政策の現状は、Polluterの汚染回避経費に税金を過剰に投与する可能性があり、PPPの原則に反するという問題を生じうる。

 

 こうした日本の政策状況は、Just Transition(公正な移行)の国際的な観点から見ると、海外からは手続的に極めて不公正に映っていることは事実であり、同時に、海外投資家が「政策グリーンウォッシュ」への懸念等から、日本経済への投資を控える動きにも繋がりかねないということを、よく認識する必要がある。

 

 まとめ

 

 ここまで述べてきた、エネルギー基本計画にかかる政府内での政策決定過程での現行の会議体の委員構成にみられる「不透明」かつ「不均衡」な状況は、過去の他の様々な審議会の運営で指摘されてきた政策責任の『隠れ蓑』、官民癒着の『結節点』などの奥深い問題点とも重なる要素が多く、日本の審議会制度の構造的な問題に根差しているとようにも見える。

 

 それらに加えて、審議会制度には、「縦割り行政」を助長している等の弊害を指摘されてきた歴史もある。これまで数多くの識者が、委員の人選の透明化や、行政の民主化・多様な人材の登用、議論をオープンにすることなどの改善策を提案してきた。既述の「審議会等の運営に関する指針」も、このような問題点を解決すべく行われた行政改革の中で、定められたものである。

 

 現在、議論が進行中の第 7 次エネルギー基本計画の重要性に鑑みれば、この局面において審議会制度の構造的な諸課題が、求められる「真のエネルギー転換」を阻んだり、目指す方向を違えたりしないよう、委員の選任基準や審議手続き等にかかる具体かつ明確な法規範(ルール)づくりを含め、透明で、バランスの取れた議論の場を設定し、適格なアウトプットを得るために、政府が果たす役割がとりわけ重要である。

 

 会議体の委員構成の「偏り」を早期に是正し、エネルギー政策にかかる様々なステークホルダーの登用を促進し、多様な主体が計画策定プロセスへ参加できるよう早急に改革を推し進めることが、法的な観点からも強く望まれる。日本政府がリーダーシップを発揮し、関係省庁間と、専門家との協力・連携のもと、エネルギー基本計画の策定プロセスに、公正さ・多様性・透明性をもたらすことが期待される。

 

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[1]エネルギー政策基本法に基づき、日本のエネルギー政策の基本的な方向性や施策等を定める行政計画(同法第 12 条第 1 項)

[2]団体、個人、企業、国等の、売上高あたりの二酸化炭素排出量

[3]https://climateintegrate.org/archives/6201

[4]これら3つの条約等はいずれも、環境分野における情報入手・決定参加・司法利用に関する公衆の権利保障を定めている。

[5]「対応的、包摂的、参加型及び代表的な意思決定を確保する」と定めている(同アジェンダ16.7)。

[6]「あらゆる段階における教育、訓練、啓発、公衆の参加、情報の公開及び教育の重要を確認」することを定めている(同協定前文)。

[7]「すべてのステークホルダーに情報提供と協議を受ける平等かつ公正な機会を与え、政策サイクル及びサービスの設計と提供の全段階において積極的に関与させる」と推奨している(同勧告Ⅱ8)。

 

本記事はクライアントアース(https://www.clientearth.org)の報告書「『エネルギーの需給に関する基本的な計画』の策定プロセスにかかる法的な問題点と課題―主要会議体の人員構成の問題点を中心に―」(2024年7月 ※本稿の著者がクライアントアース出向中に執筆。)を元に、著者が加筆し書き下ろしたものです。

 

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fukunaga 2024-10-06 171556

福永智子(ふくなが・ともこ) 東京大学法科大学院卒、法律事務所で企業法務等を担当、金融庁の金融証券検査官や国税庁の国税審判官、大企業の社内弁護士等を経て、国際NGO「クライアント・アース」で活動。現在は「ジャパン・クライメート・アライアンス」で気候変動問題に取り組んでいる。