HOME環境金融ブログ |PFAS問題、欧米で企業の法的責任追及の動き急拡大。日本企業の子会社・関連会社も対象に。かつてのアスベスト訴訟渦にも似通う。汚染者負担原則により汚染除去が進むとの見方も (猪瀬聖)  |

PFAS問題、欧米で企業の法的責任追及の動き急拡大。日本企業の子会社・関連会社も対象に。かつてのアスベスト訴訟渦にも似通う。汚染者負担原則により汚染除去が進むとの見方も (猪瀬聖) 

2025-01-29 21:46:28

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写真は、米環境保護庁(EPA)のPFASサイトから)

 

 深刻な環境汚染を引き起こし、人の健康への影響が懸念されることから、日米欧で大きな問題化している有機フッ素化合物(PFAS)の影響が広がっている。日本では行政の対応の遅さから、いまだに「汚染の実態調査」の段階だが、米国ではPFASの製造や流通にかかわった企業の法的責任を追及する動きが急速に拡大している。その動きは、欧州にも広がる気配で、海外で操業する日本企業の子会社・関連会社等も訴訟の対象になるところが出ている。一方で、企業に対する法的責任の追及は汚染の拡大防止や早期除去に効果があるとして、日本でも法的責任の明確化を高めるべきだとの指摘も強まっている。米国のPFAS訴訟状況をまとめてみた。

 

 米国では一昨年あたりから、PFASの製造企業やPFASを原材料に使用した消費財のメーカーを相手取った訴訟が相次いでいる。被告企業の中には、米国市場で操業する、日本のダイキン工業やAGC、東レといった大手企業の子会社、関連会社も含まれている。このため、日本企業としても対岸の火事と静観できない状況だ。主な訴訟はすでに和解が成立したものも含め、以下の通り。https://rief-jp.org/ct12/153135

 

▼2023年6月、PFASメーカーの米化学大手3Mは、PFAS汚染水の検査や処理などにかかる費用として総額103億㌦(約1兆6000億円)を向こう13年間にわたり支払うことで、同社を訴えていた関係自治体などと和解したと発表した。

 

▼2023年6月、報道によれば、PFASメーカーの米デュポンと、デュポンから分離したケマーズ、コルテバの3社は、PFASの除去費用として11億9000万㌦(約1840億円)を拠出することで水道事業者と和解した。

 

▼2024年1月、コネチカット州のウィリアム・トン司法長官は、PFASを含んだ製品の製造・販売によって同州内の水と天然資源を故意に汚染したとして、3M、デュポンを含む化学関連企業28社を一斉提訴した。企業に対しPFAS汚染によって生じた州内のすべての汚染の除去を要求。州法違反に該当する行為に対し1日当たり数万㌦(数百万円)の制裁金を科すことや、PFAS 汚染への対応で州が支払ったすべての費用を補償することを求めている。

 

▼2024年5月、アラバマ州に住む女性は、環境汚染のリスクを認識していたにもかかわらず、PFASを含んだ汚染水を川に排出し環境を汚染したとして、ダイキン・アメリカや東レのグループ会社であるトーレ・フルオロファイバースなどを訴えた。訴訟情報サイトが報じた。https://www.daikinchemicals.com/sustainability/pfas.html

東レの米関連会社「Toray Fluorofibers (America), Inc. (TFA)」(アラバマ州)
東レの米関連会社「Toray Fluorofibers (America), Inc. (TFA)」(アラバマ州)

 

▼2024年6月、ペンシルベニア州立大学は、連邦政府のPFAS規制強化によって大学構内の水道水の定期的なサンプリング、分析、報告が義務付けられたことから、それらに要するコストをPFAS含有製品を販売し利益を得た企業が負担するよう求めるため、複数のPFASメーカーを提訴した。同大学のプレスリリースには、被告企業の一つとしてAGCのグループ会社であるAGCケミカルズ・アメリカスの名前も記載されている。

 

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https://www.agcchem.com/about-us/social-responsibility/

 

▼2024年夏、ミネソタ州で3M、デュポン、コルテバ、ケマーズに対しする集団訴訟が提起された。地元メディアによれば、提訴の理由は、4社が市販のカーペットに使われているPFASの健康上のリスクを隠蔽していたというもの。原告側は、汚染されたカーペットの除去と交換にかかる経済的損害と懲罰的損害の賠償を要求している。

 

▼2024年12月、テキサス州のケン・パクストン司法長官は、3Mとデュポンを州裁判所に提訴した。訴状によると、両社はPFASが環境や人の健康に深刻な害を及ぼす可能性を認識していながら、それらの情報を長年にわたって消費者に開示せず、PFASを原材料に使用した製品を同州内で販売を続けてきた。裁判所が認めれば、両社に対し、州の不正取引慣行・消費者保護法違反1件につき最高1万㌦(約155万円)の制裁金を科す方針だ。

 

▼2024年12月、メリーランド州は防水素材「ゴアテックス」を製造販売する米WLゴア&アソシエイツを連邦地方裁判所に提訴した。訴状によれば、ゴア社は州内に所有する施設から排出したPFASによって環境を汚染し、住民の健康を危険にさらした。同州は裁判所に対し、汚染の調査と除去に関するすべての費用を支払うようゴア社に命じるよう求めている。

 

▼2025年1月、サウスカロライナ州ジョージタウン郡の水道局はPFASメーカーやPFASを使用する繊維メーカー、プラスチックメーカー等の20社あまりを対象として裁判所に提訴した。被告企業には、日本のPFAS製造大手、ダイキン工業のグループ会社であるダイキン・アメリカが入っている。郡側は、被告企業がPFASを含んだ工業廃水を地域の水道水の水源である河川に排出した結果、水道水が汚染されたと主張。PFASの除去に必要な処理施設の改修費用、施設の運営にかかる追加費用などの補償と、懲罰的損害賠償を求めている。

 

  ダイキン・アメリカは、HP上で、「ダイキンのPFASアプローチ」として、排水中のPFASを捕捉するためにこれまでに3億㌦以上を投資してきたことや、米国と欧州でのフッ素樹脂製造工程から排出される重合乳化剤の99%を回収する社内目標を達成したほか、同社のすべての製造施設では、工程排水中のPFASを99.9%捕捉する新たな社内目標の達成に取り組んでいることなどを強調している。https://www.daikinchemicals.com/sustainability/pfas.html

 

ダイキン・アメリカ
ダイキン・アメリカ

https://www.shimz-global.com/us/jp/works/detail/index.html?id=786&rData=99&&facility_usage=®ion=

 

 訴訟は水道水汚染等で健康影響を被ったとする消費者が直接、関連企業を訴えるパターンのほか、汚染の広がりを踏まえて除去コストが増大する自治体、水道事業者等が、汚染源の企業に除去費用や損害賠償費用等の請求を求めるパターン等に分かれる。

 

 米国の各地で、こうしたPFAS汚染に関する訴訟が急速に増えているのは、連邦政府による規制強化が大きな要因だ。

 

 環境保護庁(EPA)は2024年4月、PFASの中でも特に毒性の強いPFOSとPFOAに関し、新たな安全基準として、飲料水中の最大濃度を各1㍑当たり4㌨㌘に設定すると発表した。従来の基準値はPFOSとPFOA合わせて70㌨㌘で、大幅な基準値引き下げによる規制強化となった。しかも、従来の基準値には順守義務がなかったが、新たな基準値には順守義務を課し、それを超えた場合、水道事業の責任者は対策を講じなければならない。地域の水道事業者が、この対策費を関係企業に転嫁する動きが訴訟となって表れている面もある。https://rief-jp.org/ct12/144777?ctid=

 

 さらにEPAは同月、PFOSとPFOAを「包括的環境対応・補償・責任法」(通称、スーパーファンド法)の「有害物質」に指定すると発表した。1980年に制定されたスーパーファンド法は、化学物質などによる大規模な環境汚染が生じて国民の健康被害が危惧される場合、行政がまず迅速に動いて汚染を除去。同時に、原因究明を進めて、汚染にかかわったすべての事業者に、最終的に汚染除去の費用を負担させることを柱としている。事業者には、汚染物質の製造企業だけでなく、それを貯蔵・管理した企業、それらに融資した金融機関なども含まれる。PFASが有害物質に指定されたことで企業の法的責任が問いやすくなったことも、訴訟が活発化している一因だ。

 

 訴訟の急増ぶりは、1900年代の初めから健康被害が指摘され、その後、訴訟増につながったアスベスト被害と似ているとの指摘もある。労働者らがアスベストを吸引することによる中皮腫(ガン)を発生する事象が世界的に広がり、日本でも労働災害による健康被害で各地で訴訟が展開されている。

 

 一方、欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会は2020年、「持続可能な化学物質戦略」を公表し、その中でPFASを原則、全面禁止にすると発表した。現在、化学物質に関する行政を担当する欧州化学品庁(ECHA)が、すでに実施されたパブリックコメントの結果も踏まえ、どこまで例外を認めるかなどルール作りを急いでいる。

 

 国際環境法律団体のクライアントアースは「PFAS訴訟は世界中で増えており、またEUなどPFAS規制を強化する国や地域もある」と述べ、今後、多くの国でPFAS関連の訴訟が増える可能性を指摘している。

 

 1月20日に就任したトランプ米大統領は、就任初日に気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定からの脱退、海洋採掘禁止令の撤回を発令するなど、環境規制の大幅な緩和を進める見通しだ。このためPFAS関連の化学会社等では、バイデン政権時代に導入されたPFAS規制の緩和に期待をかける向きもあるようだ。だが、法律情報専門サイトのナショナル・ロー・レビューは、バイデン政権時代のPFAS規制がトランプ政権下で緩和や廃止される可能性はあるとしながらも、汚染源の責任を問う民事訴訟がそれによって減る可能性は低いと予想する。

 

 PFAS汚染に関し関係企業の法的責任を問う動きは、当該企業にとっては、汚染除去費用の負担増に加えて、レピュテーションリスクを含め、大きな打撃となる。だが、司法の場で責任が明確化することは、汚染の拡大防止や早期除去には効果的といえる。各地で深刻な水質汚染や土壌汚染が確認されている日本でも、汚染の拡大阻止のために、参考にすべきだとの指摘も出ている。

 

 PFAS問題に詳しい小泉昭夫・京都大学名誉教授は、日本では汚染の除去がほとんど進んでいない現状を踏まえ、「日本もスーパーファンド法のような法律が必要」と述べている。「地方創生」を掲げる石破政権が、地域の安全や人の健康の確保のために、正面から取り組むべきテーマではないだろうか。

 

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猪瀬 聖(いのせ  ひじり)

 フリーランスジャーナリスト。元日本経済新聞ロサンゼルス支局長。米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。現在は主に食の安全、農業、環境問題などを取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ)など