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反ESGキャンペーンに対抗するか、民主党系市民団体の「Green Amendments」運動が、初の勝訴(山崎一民)

2023-09-07 17:22:20

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写真は、勝訴判決を喜ぶ原告の若者たち=New York Timesより)

 

 米共和党系の州当局が、反ESGキャンペーンで米金融界を揺さぶり続けている中で、民主党系の市民団体等による州憲法および、米国憲法に「Green人権条項」を盛り込む「Green Amendments」運動が、現在は共和党系州の一つであるモンタナ州の裁判所で勝訴した。ESG重視の市民活動が、州当局の反ESG活動に待ったをかけた形だ。同運動は全米の各州への拡大を目指しており、市民レベルのESG重視の運動と、州当局主導の反ESG運動とが、正面から拮抗する展開になりそうだ。

 

  8月14日、モンタナ州連邦地区裁判所のキャシー・シーリー判事は「Held v.Montana」訴訟で原告勝訴の判決を下した。原告は同州在住のティーンエージャー16人(2020年3月提訴時。訴訟名のHeldは提訴時最年長=18歳のRikki Held氏)。

 

 提訴内容は(1)モンタナ州政府が石炭を柱に化石燃料産業を振興し、十分な公害対策を講じていない(2)州政府は同州環境政策法を改正し、エネルギー・採鉱事業認可に際し、当該事業が気候変動に及ぼす影響審査は不要としたーー等の行動は「クリーンで健康的な環境で暮らす州民の権利を定めた同州憲法第4条(Green Amendment)に違反する」というものだった。

 

法廷での証人尋問の模様(日本の法廷も、いつまでも「似顔絵」対応でなく、映像化、デジタル化にしては・・
法廷での証人尋問の模様(Daily Montananより。日本の法廷も、いつまでも「似顔絵」対応でなく、映像化、デジタル化にしては・・)

 

 同判事は原告の主張をほぼ全面的に認め、「州政府のエネルギー政策は州憲法に違反する」と判決した。


「クリーンで健康的環境で暮らす」のは「基本的人権」


 シーリー判決は気候変動対策・環境保護運動にとって「画期的な違憲判決」とされる。州の憲法とは言え、「クリーンで健康的な環境で暮らす」ことを「州民の基本的権利」と定めた憲法規定に環境保護、公害対策が不十分な州のエネルギー・産業政策
が違反しているとした全米で初の「違憲判決」だからだ。

 

 同州での勝訴は、「Green Amendments」運動の最初の勝訴である。この運動はGreen Amendments For the Generations(GAFTG)という非営利全国組織が2019年に始めた。50州の州憲法全て、さらに米国憲法を「Amend(改正)しGreen人権条項」を盛り込むことを目指している。Green条項は「クリーンで健康的な環境で生きる権利」を「基本的人権」として認め、同権利と天然資源を守る義務を州及び連邦政府に課すもので、気候変動時代の人権と基本的自由の確立・擁護運動である。

 

Green 運動の創始者、
GAFTG 運動の創始者、ヴァン・ロッサム氏


  GAFTGの創設者は環境法専門の女性弁護士(ニューヨーク州のペース大学ロースクール卒業)のマヤ・ヴァン・ロッサム(Maya K. van Rossum)氏である。同氏は油漏洩事故が多く、汚染が絶えないデラウエア川(ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルベニア、デラウエア4州にまたがる河川)浄化運動を30年以上続け、「The Delaware Riverkeeper」として名が通っている。モンタナ州ティーンエージャーの代理人として今回の訴訟を手がけたのは「Our Childeren’s Trust」と称する環境法専門弁護士グループで、ロッサム氏の知友である。

 

 現在、州憲法に「Green Amendments」を明記しているのはモンタナ州のほか、ニューヨーク、ペンシルベニア、ハワイ、マサチューセッツ、イリノイの5州である。モンタナ州憲法第4条は1972年に制定されているが、それが現在のGreen Amendments運動の雛形となっている。


モンタナ州憲法が雛形


 モンタナ州には全米の実収炭(理論可採埋蔵炭量)の約30%が埋蔵されている。同州は全米最大の実収炭州で、石炭産業は同州経済を支えてきた。しかし、1960〜70年代に公害が発生、自然破壊が進み、州民の健康問題も広がり、州議会に環境破壊防止法の制定を求める州民の声が高まった。その立法過程で、州憲法でクリーンな空気と無公害の環境で生活する州民の基本的権利を認める機運が高まり州憲法第4条が生まれた。1970年代は米国で初めて市民の環境保護運動が盛り上がり、モンタナ州憲法第4条は極めて先進的な州憲法条項だった。


 モンタナ州は現在は共和党の「トライフェクタ州(州議会の上下両院と州知事を一つの党が独占している州のこと)」だが、基本的には激戦州で、州知事・州政府と州議会を制する党が異なる政情が繰り返されてきた。1889年以降、現職まで歴代知事は民主党15人、共和党11人である。州憲法第4条制定時は、同州は民主党が優勢州で、公害規制、環境保護を求める州民の空気が強く、1970年代に広がった環境保護運動の先頭に立っていた。


13州が「緑の州憲法修正」を審議中


 現在、アリゾナ、コネチカット、アイオワ、ケンタッキー、メイン、ネバダ、ニュージャージー、ニューメキシコ、テネシー、テキサス、バーモント、ワシントン、ウエストバージニア13
州の州議会が、州憲法への「Green Amendments」採択を審議中である。

 

 同13州にはテキサス、テネシー、ウエストバージニア3州をはじめ「赤い(共和党)州」も含まれているが、州議会の民主党議員が州憲法修正案として「Green Amendments」を提出し審議している。来年の州議会選挙で上下両院または1院を奪還するか、奪還しないまでも議席差を僅差にし、中道保守のまともな共和党議員を抱き込んで「緑の州憲法改正案」を通す機会を、これらの州の民主党議員は窺っているわけだ。


連邦最高裁で最終決着へ


 Held v. Montana訴訟で被告だった現在のモンタナ州共和党州政府は(1)石炭をはじめ化石燃料産業が気候変動を引き起こしている事実はない(科学的定説に反する見解)(2)モンタナ州が気候の乱れを経験している事実もないーーと主張し、原告の告発を一蹴してきた。ジアンフォルテ知事(共和党)は敗訴を受けて報道官を通じて声明を発表、「気候変動には技術革新と発明で対処すべきだ。環境規制強化という大きな政府で対処するのは愚の骨頂だ」と決めつけている。

 

米最高裁の建物(ワシントン)
共和党系判事が多数の米最高裁は、どう判断するか(ワシントン)


 モンタナ州のナッドセン司法長官(共和党)の報道官は、違憲判決について、「同州政府として控訴する」と語っている。州が控訴すれば、Held v. Montana訴訟が連邦最高裁にまで持ち込まれるのは確実とされている。現在の米最高裁は、首席判事と陪席判事合わせて9人中、6人が共和党大統領の任命で、保守化が顕著とされる。最高裁の裁き次第で「Green Amendments」運動は行き詰まる公算もある。それまで「親ESG運動」と「反ESGキャンペーン」との拮抗が続きそうだ。

 

Washington Watch誌 2023年9月4日号所収)

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山崎 一民(やまざき かずたみ) ワシントンウォッチ誌編集長。日本経済新聞ワシントン特派員、米国ハーバード大学ニーマンフェロー、駐日米国大使館シニアエコノミックアドバイザー等を歴任。1994年に家族と渡米。同年に「Washington Watch」創刊。東京大学法学部図書館に同誌のアーカイブが開設されている。2004年、日米交流150周年に際し、日米の相互理解、友好親善に寄与したとして外務大臣表彰を受けた。