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「化石燃料からの脱却:広がる 「化石燃料不拡散条約」への支持」 (松下和夫)

2024-03-04 15:26:36

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 2023年末にアラブ首長国連邦のドバイで開かれた気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)では、COP史上初めて「化石燃料からの脱却」が合意された。この合意では、「公正、秩序ある、衡平な方法で、エネルギーシステムにおける化石燃料からの脱却を図り、この重要な10年間で行動を加速させ、科学的な見地から2050年までにネット・ゼロを達成する」ための世界的な努力に貢献することを各国に求めた。様々な抜け道が指摘されているものの、化石燃料からの脱却が避けられないというメッセージを、世界に発信したことになる[1]

 

 COPの最終合意に化石燃料からの脱却が明確に盛り込まれたのはこれが初めてである。このコミットメントを行動に移し、1.5℃目標を達成するためには、既存の約束や公約の実現に加え、さらに高い目標と大胆な取り組みが必要である。

 

 一方、人々が地球で安全に活動できる範囲の限界点を示す「プラネタリー・バウンダリー」として知られる9つの要因の詳細な評価が2023年9月に公表された[2]。これによると、9つの境界のうち6つの項目、すなわち、「気候変動」「生物圏の一体性」「土地利用の変化」「淡水利用」「生物地球化学的循環」「新規化学物質」が境界を上回り、「海洋の酸性化」「大気エアロゾルによる負荷」「成層圏オゾン層の破壊」の3つの項目は規定数値の範囲内にとどまっていることが示された。

 

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 全体として地球環境の劣化が進行する中で注目されるのは、「成層圏オゾン層の破壊」の状況が改善を示していることである。世界気象機関(WMO)の報告書[3] によると、クロロフルオロカーボン(CFC)などの化学物質による破壊が指摘されてきた成層圏のオゾン層が、今後数十年で完全に回復するとの見通しが明らかになった。その理由は簡単だ。モントリオール議定書によりオゾン層を破壊する原因物質の製造・使用が段階的に廃止されたからである。このまま対策が続けば、オゾン層は世界のほとんどの地域で2040年、北極では45年、南極でも66年には、1980年のレベルまで回復するという。

 

  気候変動の原因となるのは温室効果ガスであり、その大部分は二酸化炭素(CO2)である。CO2は主に化石燃料(石炭、石油、天然ガスなど)の燃焼により生ずる。実際、産業革命以降に排出されたすべてのCO2のほぼ80%は、石炭、石油、天然ガスによるものである。であれば、オゾン層保護対策にならい、そもそもの原因物質である石炭、石油、天然ガスの製造・使用を段階的に廃止することが根本的解決となる。

 

   環境対策の原則は、下流ではなく上流、すなわち問題の発生源にさかのぼって対策を取ることであり、気候変動問題にも同様の方法をとることが望ましい。しかしながら、これまで気候変動枠組条約にもパリ協定にも、化石燃料への直接の言及はなかった。

 

 以上のような背景から「化石燃料不拡散条約」[4]が提案され、それに対する支持が広がっている。

 

「化石燃料不拡散条約」とは

 

 化石燃料不拡散条約は、太平洋の島嶼(とうしょ)国であるバヌアツが、2022年9月の第77回国連総会で、条約の締結を最初に呼びかけ、ツバルが同じ年の11月8日に、第27回気候変動枠組条約締約国会議(COP27)で、条約の締結を求める2番目の国家となった。現在、アンティグア・バーブーダ、コロンビア、フィジー、ナウル、ニウエ、パラオ、サモア、ソロモン諸島、東ティモール、トンガ、ツバル、バヌアツの12か国が、化石燃料の段階的廃止を管理するための新しい国際的メカニズムを交渉する努力の先頭に立っている。コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は、COP28の冒頭、化石燃料不拡散条約イニシアティブが主催したハイレベル・パーティー・イベントでの演説で、コロンビアの支持を表明した[5]

 

 化石燃料不拡散条約は、新たな化石燃料の探査や生産を終了し、既存の化石燃料の生産を段階的に廃止して、1.5℃の地球温暖化目標に到達するための国際的な合意案である。この提案は、気候危機に対処するために科学的に必要な措置を講じるために、国際協力を促進するためのグローバルな取り組みであり、具体的には、以下の柱から成り立っている。

 

1.不拡散 (Non-Proliferation): 石炭、石油、ガス生産の拡大を止め、問題を拡大させない。

2.公正な段階的廃止 (Fair Phase-Out): 既存の化石燃料生産から撤退するための公平な計画をたて、排出削減の能力と歴史的責任を有する国が最も早く移行し、他の国に支援を提供する。

3.公正な移行(Just Transition):再生可能エネルギーの急速な導入により、化石燃料に依存しない経済に移行し、すべての労働者、地域社会、国が取り残されないようにする。

 

 化石燃料不拡散条約の特徴は、需要側の対策ではなく、供給側の対策に重点を置いている点だ。条約に基づき化石燃料の供給に上限を設けると、再生可能エネルギーへの需要が高まり、脱炭素経済への移行が進む。この条約は、パリ協定を補完するものであり、化石燃料の拡大を防ぎ、公正なエネルギー転換を実現するためのグローバルな指針の提供を目指している。

 

 この条約への支持は広がり、各国政府とともに、世界保健機関(WHO)、欧州議会、101人のノーベル賞受賞者、83カ国の600人以上の国会議員、2,300以上の市民社会組織、3,000人の科学者・学者、そして100を超える都市(ロンドン、リマ、ロスアンゼルス、カルカッタ、パリなど)や州政府からも支持されている。直近ではアメリカのハワイ州、カルフォルニア州に続き、メイン州と、ニュージーランドのウエリントンが支持を表明した。

 

 化石燃料不拡散条約は理想主義的で、実現可能性が低いと思われるかもしれない。だが既に成功例はある。核軍縮、地雷禁止、タバコ、オゾン層破壊物質に関する条約などである。またプラスチックに関しては条約交渉が進行中である。1987年に採択されたモントリオール議定書は、2009年までに世界のすべての締結国が批准し、その後まもなく世界はオゾン層を破壊する化学物質であるクロロフルオロカーボンの生産と消費を停止した。そしてそれが、今日のオゾン層の回復につながった。

 

 化石燃料不拡散条約は、パリ協定を補完し、UNFCCCのコンセンサス方式の隘路を打破するアプローチとしても位置付けられている。化石燃料不拡散条約の事務局長であるアレックス・ラファロヴィッチは、「UNFCCCのプロセスでは、科学的根拠に基づく化石燃料の段階的廃止と、資金と公平性を核とする真の公正な移行パッケージを支持する政府が数多く存在したにもかかわらず、コンセンサスに基づくプロセスのために、これらの国々が突破口を開くことができませんでした。だからこそ化石燃料の段階的廃止に明確に焦点を当てた新たな国際メカニズムである、化石燃料不拡散条約のような、コンセンサスに基づかない補完的なプロセスが必要なのです」と述べている。

 

 さらにアウイマタギ・ジョー・モエオノ=コリオ化石燃料不拡散条約イニシアチブのチーフ・パシフィック・アドバイザーは、次のように述べている。「30年にわたる気候変動交渉の末、COP28の成果ではようやく化石燃料について言及されましたが、段階的な廃止に向けた明確な計画の策定には至りませんでした。この低空飛行、低野心のCOP議長国から得られる漸進的な利益に拍手を送ることが期待されるほど、今のハードルは低いのです。太平洋および世界の小島嶼国は、科学的根拠に基づく化石燃料の段階的廃止と、資金と公平性を核とする真の公正な移行パッケージを粘り強く推し進めています。UNFCCCの合意ベースの枠組みを打破できなかったという事実は、このプロセスを補完する新しいプロセス、 化石燃料不拡散条約の必要性を強調しています。化石燃料不拡散条約によって、真の気候変動対策に取り組む国々は、化石燃料からの脱却を交渉し、実行に移すことができるのです。」

 

想像力が世界を変える

 

 最も大胆で想像力豊かで、かつシンプルなアイデアが、世界を大きく変える可能性がある。

 

 再生可能エネルギーの価格は急速に下がりその容量は急拡大している。パリ協定を補完する化石燃料不拡散条約締結へのイニシアチブを広げ、石炭、石油、天然ガスによる汚染、経済、気候、安全保障へのリスクから決別する時が来ているのではないか。

 

(注)

[1] ただし化石燃料不拡散条約の事務局長であるアレックス・ラファロヴィッチは、次のように述べている。「『化石燃料』という文言が入ったことは重要な政治的シグナルですが、私たちが求めていた “歴史的 “な成果には程遠いものです。私たちが手に入れられる最も弱いものであり、私たちを欺くために意図的に曖昧な言葉が並べられ、私たちが避けなければならない未証明の技術に大きく依存しています。気候危機の最大の責任者たちは、化石燃料を段階的に削減し始めるための資金や技術、行動をもたらさなかったが、その代わりに中途半端な偽善をもたらした。少数の既得権益者たちは、人々と科学の声をかき消すためにあらゆる手を尽くした。OPECは、これは不可逆的な転換点になるだろうと言った。今回のCOPに過去最多の化石燃料ロビイストが参加したことは、この業界が生命を犠牲にしてでも自分たちの利益を守ろうと必死であることを証明するものだった。彼らは死の商人だが、その日々は残り少ない。

  国連気候変動枠組条約(UNFCCC)は、今後も国際的な気候政策交渉の重要な場であり続けるが、今回のCOPの結果は、このプロセスが石油、ガス、石炭からの衡平な移行を管理し、資金を調達するという目的には適していないことを明確に示すものであり、化石燃料の段階的廃止に明確に焦点を当てた新たな国際メカニズム、すなわち化石燃料条約(Fossil Fuel Treaty)によって早急に補完されなければならない。(出典https://fossilfueltreaty.org/cop28-final、筆者仮訳)

[2] https://www.stockholmresilience.org/research/planetary-boundaries.html

[3]  https://ozone.unep.org/system/files/documents/Scientific-Assessment-of-Ozone-Depletion-2022-Executive-Summary.pdf

[4] https://fossilfueltreaty.org/

[5] 以下はコロンビアのグスタボ・ペトロ大統領の演説からの引用である。 「私たちの社会は、石油と石炭に依存しているのだから、『大統領がそんな経済的自殺をするわけがない』と言うだろう。しかし、これは経済的自殺ではない。私たちがここで話しているのは『オムニサイド』、つまり地球上の生命が絶滅するリスクのことである。私たちは地球上で『オムニサイド』を回避しようとしているのだ。それ以外の方法はない。石油、石炭、ガスの周辺には、非常に強力な経済力があり、彼らは変化を阻止し、短期的な利益の可能性を自殺行為的に維持するために行動している。今日、私たちは、化石資本と人間の生命との間の巨大な対立に直面している。そして、私たちはどちらかを選ばなければならない。人間であれば誰でも、私たちが生命を選択しなければならないことを知っている。化石資本と生命との間で、私たちは生命の側を選ぶのです」。(出典https://fossilfueltreaty.org/cop28-final、筆者仮訳)

 

 

(本稿は環境経済・政策学会ニュースレター2024年2月号に掲載された論考をもとに、加筆修正したものである)

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松下 和夫(まつした・かずお) 京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー、国際アジア共同体学会理事長、日本GNH学会会長。環境省、OECD環境局等勤務。国連地球サミット上級計画官、京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)など歴任