HOME |環境政策の費用:脱炭素長型経済構造移行債(GX移行債)をめぐる課題(松下和夫) |

環境政策の費用:脱炭素長型経済構造移行債(GX移行債)をめぐる課題(松下和夫)

2024-06-23 23:28:22

スクリーンショット 2024-06-23 230938

写真は、GX政策の象徴である石炭火力発電へのアンモニア混焼の試行を進めるJERAの碧南火力発電所)

 

 本稿では 「環境政策の費用」に関する原則や概念を参照し、日本政府が2023年度から導入した脱炭素成長型経済構造移行債(GX移行債)と成長型カーボンプライシングに注目して、その諸課題を考える。

 

【環境政策に関する費用の諸原則】

 環境政策の長い歴史の中で 、環境政策の費用に関していくつかの原則や概念が国際的に受け入れられてきた 。代表的なものとして以下がある。

 

▼汚染者負担原則(PPP)

 汚染の防止や対策にかかるコストは汚染者自身が負担すべきであるという考え方である。これは経済協力開発機構(OECD)が 1972年に開いた理事会で採択した勧告「 環境政策の国際経済面に関するガイディング・プリンシプル」の中で初めて提唱され、92年にブラジルのリオ・デ・ ジャ・ネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)では、環境と開発の関する国際的な原則として、27ある原則の一つにPPPが掲げられている(「リオ・デ・ジャネイロ宣言」(第16原則):国の機関は、汚染者が原則として汚染による費用を負担するとの方策 を考慮しつつ、また、公益に適切に配慮し、国際的な貿易及び投資を歪めることなく、環境費用の内部化と経済的手段の使用の促進に努めるべきである)

 

▼環境外部費用(外部不経済)の内部化

 

 ある経済主体の活動が市場を経由しないで第三者に何らかの影響を与えることを「外部性」という。 その影響がマイナスの場合が外部不経済である。「公害」は外部不経済の典型例だ。外部不経済を内部化するアプローチとして、政府の税や補助金により外部性を内部化する政策と、 政府が法律によって最適な環境水準を定め、その水準を遵守しなかった経済主体に対して、 何らかの制裁や処罰を与える政策手法(直接規制)がある。

 

GX実行会議を開く岸田首相(右から2人目=今年5月13日)
GX実行会議を開く岸田首相(右から2人目=今年5月13日)

▼カーボンプライシング

 

 企業などが排出するCO2に価格をつけ、それによって排出者の行動を変化させるために導入する政策手法。主な手法として、「炭素税」や「排出量取引」などがある。環境外部費用(外部不経済)の内部化の手法でもある。

 

【脱炭素成長型経済構造移行債(GX移行債)と成長志向型カーボンプライシング構想】

 

 日本政府は2023年2月に「GX(グリーン・トランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」 を閣議決定し、GXを実現するために、「成長志向型カーボンプライシング構想」を打ち出した。

 

 この基本方針に基づき、2050年のカーボンニュートラル実現と産業競争力の強化、経済成長の実現に向けてGX投資を推進させることを目的とし、GX推進法(「 脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」)が、23年5月に国会で成立した。

 

 GX経済移行債は脱炭素事業に用途を限定した国債の一種だ。国が発行するGX移行債を投資家に購入してもらい、その資金を脱炭素の取り組みに充てる。23年度にはGX移行債を総額1.6兆円発行し、23年度から32年度までの10年間で20兆円規模を発行する計画だ。同国債の発行を元に、民間投資を誘導し、官民合わせて150兆円のGX投資を想定している。国債発行によって投資家から集めた資金は、50年までにカーボンプライシング(排出量取引と化石燃料賦課金)から得た財源で償還される予定である。

 

 カーボンプライシングは、企業が排出するCO2に価格をつけ、排出量に応じて税金や負担金を徴収することで、温室効果ガス(GHG)排出量の制限を試みる政策手段である。政府の成長志向型カー本プライシング制度では、28年度から化石燃料賦課金が、33年度から排出量取引が導入される。

 

 化石燃料賦課金は、化石燃料に対してCO2排出量に応じた賦課金を徴収する制度だ。もう一つの排出量取引は、発電事業者に対して、一部有償でCO2の排出枠を割り当て、その量に応じて特定事業者負担金を徴収する制度。このようにカーボンプライシングによる規制と先行投資による支援を組み合わせ、企業が積極的にGXに取り組む土壌を作ることを狙いとしている。

 

 【GX推進法(とりわけGX経済移行債とカーボンプライシング)の問題点】

 

  以上のGX経済移行債とカーボンプライシングは、環境政策費用の諸原則や海外の先行事例事例との対比、また、パリ協定の目標達成への寄与を考慮すると 、多くの課題がある。

 

財務省は脱炭素より、財源償還を最優先
財務省は脱炭素より、財源確保を最優先(?)

 

 第一は、化石燃料賦課金の導入が28年からで、排出量取引は33年までは企業の自主性に委ねるものとなっていることから、30 年までの温室効果ガス削減目標達成には間に合わないことだ 。

 

 第二に、化石燃料賦課金・排出量取引の特定事業者負担金が排出削減策として位置づけられていないことである。化石燃料賦課金・特定事業者負担金の収入はGX経済移行債の償還に充てられることとなっている。だが、これらは本来、排出削減効果を発揮できるように設計されるべきで、 財源効果は副次的なものだ。GX経済移行債は、財源確保を主目的としているため、同国債の償還に必要な水準でしか、 当該、賦課金・負担金の単価が設定されないことになる。

 

 第三に、カーボンプライシングで設定される炭素価格が国際的な水準に比べて低くなることである。化石燃料賦課金・特定事業者負担金の単価は、石油石炭税や再エネ納付金が基準年度から減少した額を上限としている。GX経済移行債の発行想定額の20兆円から試算すると、日本の炭素価格は28~50年の平均でCO2排出1㌧当たり2750円となる。

 

 これに対して、国際エネルギー機関(IEA)が推計する炭素価格は、2030年には先進国で1㌧当たり130㌦の水準が必要とされている。また、EUの排出量取引制度(ETS-EU)では、23年2月21日に排出枠の取引価格が100ユーロ(約16,000円)を超える水準に達している。これらの国際的な炭素価格の水準に比べると、日本政府のプライシング制度で試算される1㌧当たり2750円の水準では、明らかに排出削減効果が乏しい。国際的に認められる水準に単価を設定すべきである。

 

 第四に、GXの投資支援対象には、排出削減への貢献度を含めた支援基準の要件を定めるべきである。現行では支援基準の法定要件がないため、政府の裁量の余地が大きく、30年までの排出量削減に貢献が期待できない技術が支援対象に含まれてしまう可能性が高い。例えば、化石燃料由来の水素・アンモニアやCCUS(カーボン回収利用貯留技術)は、排出削減効果が限定的で、石炭火力発電の延命につながる。現状の政府方針のままだと、本来、最大限活用すべき再エネ・省エネ既存技術への支援の原資が奪われかねない。

 

 第五に、大量のGHG排出者である大手電力などの移行に際して、移行債を原資とした補助金が支援される内容となっており、その財源は将来的に炭素賦課金などで回収するとしている点だ。これでは、最終的に消費者が化石燃料消費量に応じて負担することとなり、国際的な原則である汚染者負担原則との整合性が問われる。

 

 第六に、GX経済移行債による資金の使途と資金の流れが不透明であり、国会による監視や検証ができない仕組みとなっていることである。

 

 世界が脱炭素化への移行を加速する中で、日本の取り組みの遅れは、産業の国際競争力を毀損することにもなる。脱炭素化を後押しし、産業の新陳代謝を促し、日本経済の競争力を高めることが望まれる。

 

 

(本稿は、「環境と文明」(2024年6月 Vol.32 No.6)に掲載された原稿を、筆者の了解を得て、一部修正のうえ、再掲しました。

////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

Matsushita0a76a25ab41f8688ee3fb9ad5127eb301-e1701403300896

松下 和夫(まつした・かずお) 

京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー、国際アジア共同体学会前理事長、日本GNH学会会長。環境省、OECD環境局等勤務。国連地球サミット上級計画官、京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)など歴任