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グリーンボンドは低炭素経済への移行を促進できるか?(高田英樹)

2017-04-22 01:56:58

OECD1キャプチャ

 

  経済・社会の「脱炭素化」のためには、化石燃料から、再生可能エネルギー、建物・産業の省エネルギー化、電気自動車、公共交通機関といった分野へと、大幅に投資をシフトしていく必要がある。政策担当者にとっての大きな課題は、この低炭素型投資へのシフトを加速するために、利用可能な政策手段をいかにして最大限活用するかということだ。その一環として挙げられるのが、エクイティ投資、あるいは銀行のローンや債券を通じたデット・ファイナンスを含む、低炭素型投資のファイナンスの促進である。

 

 グリーンボンドは、低炭素経済への移行を支えるファイナンス手段の一つとして、近年、大きな注目を集めている。グリーンボンドは、環境効果をもたらすグリーンプロジェクトの資金を調達するために用いられる金融商品である。グリーンボンド市場の歴史はまだ浅く、10年前に始まったばかりだが、急速に成長している。グリーンボンドへの市場の需要は拡大しており、年間発行額は、2011年の30億ドルから、2016年には950億ドルへと増加している。

 

 初期のグリーンボンド発行は主に欧州投資銀行や世界銀行といった公的金融機関によってなされていたが、しだいに、銀行、企業、中央・地方政府によるグリーンプロジェクトの資金調達にも用いられるようになってきている。

 

 2016年、アップル社が、データセンター用の再生可能エネルギー、省エネルギー、環境素材の資金調達のため、15億ドルのグリーンボンドを発行し、グリーンボンドを発行した最初のIT企業となった。そのほか、2016年の画期的な発行事例として、ポーランドによるグリーン国債の発行が挙げられる。これによりポーランドは、気候変動に対応するプロジェクトの資金調達のためにグリーンボンドを発行した最初の国家となった。

 

 また昨年、メキシコシティが省エネルギー型照明、交通機関改善及び水資源インフラのために5000万ドルのグリーンボンドを発行し、ラテンアメリカでグリーンボンドを発行した初の地方自治体となった。今年1月には、フランス政府が、エネルギー転換を進めるために、過去最大となる70億ユーロのグリーン国債の発行を発表している。

 

 なぜグリーンボンドはこのような注目を集めているのか?

 

 債券による資金調達は、再生可能エネルギーといった低炭素型インフラ資産に適した特性を持っている。こうしたインフラ資産は、初期投資が大きい一方、長期にわたって収入をもたらす特徴があるからだ。グリーンボンドはまた、発行者と投資家の双方にとって様々なメリットがある。

 

 例えば、グリーンボンドを発行することによって、通常であればその発行者の債券を購入しないような投資家を惹きつけ、発行者の資金調達源を多様化・拡大することができる。グリーンボンドの「オーバー・サブスクリプション」、すなわち需要が債券の発行額を超過することによるメリットもある。

 

 例えば、フランスのグリーン国債への超過需要(70億ユーロの発行額に対して、230億ユーロの需要)により、フランス政府は、当初の目標を数倍上回る資金を調達することができた。また、発行者は、その環境活動を強調することによるレピュテーション(評判)効果も期待できる。また同時に、グリーンボンドは、投資家が、リスクに対応するリターンを確保しつつ、ESG(環境・社会・企業統治)目的を達する一助ともなる。

 

 OECDの新たなレポート「Mobilising Bond Markets for a Low-Carbon Transition」(「低炭素経済への移行に向けた債券市場の活用」)は、グリーンボンドの重要性と、その市場のさらなる成長を促進するための政策対応を詳細に論じている。

 

 また、このレポートは、再生可能エネルギー、省エネルギー、低排出自動車という主要な低炭素セクターの資金調達へ向けた債券市場の発展・寄与の可能性を分析するための、独自の定量的フレームワークを提供している。この分析の中では、4つの主要市場(中国、EU、日本、米国)について、IEA(国際エネルギー機関)による「2度シナリオ」下での、2015年から2035年までの推計を行っている。その結果によれば、上記の3つのセクター、4つの市場において、2035年までに、グリーンボンドは累積発行残高4.7~5.6兆ドル、年間発行額6200~7200億ドルに達する可能性がある。

 

 これらの数字は、絶対額としては大きく見えるが、債券市場全体の規模からすれば小さなものである。2014年の上記4市場における債券発行額は19兆ドル(7200億ドルはこの約4%)であり、世界における債券残高は97兆ドルである。こうした巨大な資本市場の中で、グリーンボンド市場には大きな成長の余地がある。

 

 OECDレポートは、低炭素経済への移行に向けて債券市場が重要な役割を担う可能性があることを指摘する。しかしながら、グリーンボンド市場はその進化に伴い、様々な課題・障壁にも直面している。混乱、非効率及び「グリーン・ウォッシング」のリスク、すなわち債券が「グリーンボンド」として発行されたが、それによりファイナンスされたプロジェクトが期待される環境効果をもたらさないといった事態を避けるため、より高い透明性が求められる。

 

 政策担当者の課題は、グリーンボンドのガイドラインや基準の作成、特に、国際的なルールの策定を、発行コストを増加させるような過度に厳しい要件を課すことなく行うことである。市場の信頼性確保と取引コストの抑制のバランスを図ることが不可欠であり、適切な政策パッケージが極めて重要である。

 

 また、グリーンボンド市場はプロジェクトの資金調達を促進しうるが、それ自体が投資対象となりうるプロジェクトを生み出すわけではない。各国政府は、低炭素型投資の需要が満たされるよう、野心的な政策を打ち出さなければならない。究極的には、信頼性が高く安定したエネルギー・気候変動対策政策と、低炭素型プロジェクトの魅力の高さが、投資を促す原動力なのである。

                      (高田英樹)

 

  • 低炭素経済への移行に向けてグリーンボンド市場が行いうる寄与と、政策対応の詳細について:「Mobilising Bond Markets for a Low-Carbon Transition」(「低炭素経済への移行に向けた債券市場の活用」)。
  • OECD Green Talks LIVEウェビナー(4月28日パリ時間13:30、日本時間20:30)における、グリーンファイナンス・投資をめぐる議論に是非ご参加下さい。(参加無料、詳細及び登録はhttp://bit.ly/GreenTalks

 

高田英樹(たかだ・ひでき)1995年大蔵省(現財務省)入省。2003~06年、英国財務省に出向。主計局、主税局、内閣官房国家戦略室、広報室長等を歴任。15年7月からOECD勤務。ケンブリッジ大学法律学修士、ロンドン大学経営学修士。

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