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金融、経産、環境の3省庁。高炭素集約企業向けのトランジションファイナンスで「フォローアップガイダンス」公表。金融機関・投資家に対し、投融資前より投融資後の「対話」を強調(RIEF)

2023-06-22 01:29:20

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 鉄鋼、セメント等の高炭素集約企業の脱炭素化に、民間金融機関の投融資資金を誘導することを目指す金融、経済産業、環境の3省庁は、トランジションファイナンス実行後の高炭素集約企業を取り巻く環境の変化等に対応するため、金融機関や投資家向けに投融資先企業との対話を推奨する「フォローアップガイダンス」を公表した。政府が民間金融機関に対して、特定産業への投融資を推奨し、投融資後に生じる環境変化に際して「対話」の表現で、投融資の維持を言外に求める取り組みは、内外でも、あまり例のない行政の動きといえる。

 

 3省庁は2021年5月に「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を公表し、高炭素集約産業(排出削減困難  :  hard-to-abate)セクターの脱炭素化のための資金調達を民間の投融資で行う方針を打ち出している。同方針は政府の「グリーン・トランスフォーメーション(GX)」基本方針にコア戦略として盛り込まれている。https://rief-jp.org/ct4/112642?ctid=

 

 しかし、対象となる高炭素排出産業・企業は現実に温室効果ガス(GHG)の排出量が多い。それを削減するための技術開発も途上の段階にある。このため、3省庁の推奨に乗って移行支援の投融資を行う金融機関や投資家は、自らの投融資ポートフォリオの排出量増大につながるほか、移行計画が途中で頓挫する不良債権化のリスクも抱えることになる。「座礁資産リスク」だ。

 

 こうしたことから、ESG投資市場が進む欧米でも、トランジションファイナンスへの取り組みは極めて限られている。ある集計ではグローバル市場でのESG債の累計発行額は今月で4兆㌦台に乗せたが、そのうちトランジションボンドは0.30 %分(128億㌦)しかなく、その多くが日本国内の発行だ。さらに日本政府は「GX移行経済債」と呼ぶ「移行国債」を世界で初めて発行するという。高炭素排出企業支援に特化した日本の取り組みに、各国政府や主要な国際投資家も、異例の視点を注ぐ状況だ。https://rief-jp.org/ct6/136465?ctid=69

 

 トランジションファイナンスに対する内外の取り組み姿勢が異なる中で、日本の金融機関や大手の機関投資家の中にも、どこまで政府の「トランジションファイナンス」路線に付き合えばいいのか躊躇する向きもあるようだ。特に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の気候情報開示により、金融機関自身がScope3排出量としてのfinanced emissionsの開示を求められる方向にあることから、高炭素集約企業へのトランジションファイナンスを増やすと、それだけでfinanced emissionsは増えるため、対応に苦慮する状況にある。https://rief-jp.org/ct4/132822?ctid=

 

 さすがに今回のガイダンスも、そうした事態を無視はきず、「トランジション・ファイナンスに対して、グリーンウォッシュとの批判や実効性を疑問視する 声があるのも事実。金融機関自身のネットゼロに向けた中間目標の達成に支障をきたすfinanced emissionsの一時的な増加を忌避し、排出削減困難セクターへの投融資を控える行動やダイベストメントとの懸念が生じ得る」との認識を示している。

 

 しかしそのうえで、「金融機関がトランジションファイナンス等を通じて実経済の脱炭素化に資する取組を促進するために、資金調達者による信頼性が高いトランジション戦略の構築・開示とともに、資金供給者が資金調達者との『対話』を通じてその着実な実行を支援・促進することがカギ」として、トランジションファイナンス実施後のフォローアップとして「対話」の促進を強調する形だ。

 

    ただ、ガイダンスが提唱する「対話」は、金融機関がまず高炭素集約企業に対してトランジションファイナンスを供給することを前提とし、その後に、トランジション技術開発の進展や、経済・市場環境の変化等を資金供給者と資金調達者が「対話」して対応するという展開を示している。だが、金融機関にとっての資金調達先との対話の重要性は、投融資後に高炭素排出企業(排出削減困難)と対話する以前に、そうした排出削減リスクを抱える企業に追加的な投融資を供給すべきかどうかを見極める「事前の対話」にこそある。

 

 ガイダンスはそうした事前の「対話」(金融取引の基本だが)については、一切、言及していない。「トランジションファイナンスを出してから『対話』しなさい」と指導するかのようだ。ではそうした「事後の対話」時点で、想定していた技術開発の実現が遅れたり、市場環境が大きく変わって、ファイナンス時点で想定した脱炭素計画が実現できなくなったり、大幅な追加投資が必要になった場合、「事後の対話」の結果、金融機関はどのような選択をとればいいのかについても言及していない。

 

 代わりにガイダンスは、鉄鋼、化学、セメント等の9つの排出困難セクターに対するファイナンスで、資金供給者(金融機関、投資家)が留意すべき「業界特性」として、①他業界の低・脱炭素化への貢献や連携②地理的制約③社会の安定性・レジリエンスの向上への貢献④循環経済への貢献⑤その他の特徴ーーの5分野に分けて、「特性」をリストアップしている。これらの中には、金融機関が留意すべきことというよりも、本来、政策面での対応が求められる社会的特性が多く盛り込まれている。

 

 これらのセクターのCO2排出量が多い要因についてはさすがに記載しているが、それらを克服できるかどうかという技術リスク、できない場合の代替案、課題等については、ほとんど言及していない。ただ、同報告書のガイダンスをまとめた検討会には、3メガバンクや大手生保、資産運用機関等の所属委員も名を連ねている。検討会でどのような議論を経て、ガイダンスを了解したのかの説明は加えられていないが、少なくともこれらの金融機関は、ガイダンスの策定にコミットした立場であり、投融資後の「対話」を軸とした「日本版トランジションファイナンス」に賛同したことになる。各金融機関の今後の経営面での成否を注視したい。

                                                                                      (藤井良広)

https://www.fsa.go.jp/singi/transition_finance/siryou/20230616/01.pdf