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第5回サステナブルファイナンス大賞受賞企業インタビュー②優秀賞の三井住友銀行。同行が抱えるTCFD提言の気候リスクの物理リスクを金融機関で初めて独自試算(RIEF)

2020-02-10 08:00:46

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  第5回サステナブルファイナンス大賞の優秀賞には複数が選ばれました。そのうち一社は、三井住友フィナンシャルグループ(SMBC)の三井住友銀行。主要な金融機関として初めて、TCFD提言の気候リスクのうち、同行が抱える物理リスクの試算をしました。受賞後に、移行リスクの試算も公表しています。TCFD情報開示で選考する三井住友銀行経営企画部サステナビリティ推進室室長の末廣孝信氏に聞きました。

 

――TCFDの気候リスクのシナリオ分析を金融機関として世界に先駆けて実施されました。TCFD提言の具体化に取り組もうと判断した経緯をお教えください。

 

 末廣氏:SMBCは、TCFD提言に対して、2017年の12月に賛同表明をしました。その後、賛同企業はグローバルにどんどん増えていますが、実際に提言に沿った気候リスクのシナリオ分析をして、その結果を開示している企業はほとんどありませんでした。また、開示しているとされる企業も、どういう風に分析をしているのかを調べてみると、結果は「分析を実施しました」という結論を開示しているケースばかりでした。これでは本当に分析した結果といえるのかと疑問に思いました。

 

 一方で投資家からは、「TCFDが求める気候リスクの評価はこれから大事なので、その影響を定量評価の上、その算出根拠を含めて開示してもらわないと、影響度がわからない」という意見もよく聞いていました。また、同業の金融界だけではなく、他の事業会社等からも、「TCFDシナリオ分析といってもどこから手を付けていいかもわからない」との意見も多く聞かれました、そこで、まずわれわれがやってみようと、スタートしたのがきっかけです。

 

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――TCFD提言のうちの物理的リスクを、自然災害による洪水等の「水災リスク」に絞って試算をされましたね。

 

 末廣氏:TCFDの提言は、気候リスクの分類やその評価に際して、シナリオ分析を推奨する内容になっていますが、その分析や評価をどうするかという点を、がっちりと決めているわけではありません。物理的リスクでも何を対象にするかは、評価・分析する企業側に任せています。われわれが調べたところ、ある保険会社のデータで、気候変動に起因する自然災害は、日本では水害等による被害が件数・被害額を含めて8~9割を占めるとの結果が開示されていました。そこで、当社が抱える水災リスクを推計することで、気候リスクの物理的リスクの大層を測ることができると考えました。

 

 物理的リスクは、産業ごと、事業会社ごとに影響を受けるリスクは違います。分析にあたり、企業それぞれが、どういう指標・分析ツール等を使い、分析対象範囲をどのように設定するかなどを、その都度、決断をしなければなりません。そのため、分析プロセスはいくつもの組み合わせがあるといえます。対象範囲が国内と海外でもツール等が異なります。水災リスクの評価でも、海外で全世界にわたるハザードマップのデータが開示されていないといった事情もあります。そうしたいくつもの選択を踏まえ、分析対象を国内に絞って水災リスクの評価をやりました。

 

――洪水等の物理的リスクの試算結果としてSMBC全体で300億円~400億円の推計損害額を公表されました。この結果については、多いのか少ないのか、議論を呼びました。市場の反応をどう見ておられますか。

 

 末廣氏:試算結果の数値の大小に関して、議論になったことはありません。また、当社だけでなく、世界のどの企業もいくらだったら影響が大きいといえるのかという尺度を持ち合わせていません。当社が、まずはプロセスを絞りながら、この結果を出したということです。300億~400億円というのは、対象を国内に限定するなど、入手できるデータを用いて試算した数字です。現時点では、比較対象がないので、試算した数値が大きいかどうかの判定はできません。他社を含めてもっと試算結果及び試算プロセスを開示する企業が出てくれば、当社もさらに精緻化し、分析を高度化することもできると思います。

 

 世界の大手金融グループの中でTCFDの影響・結果を数値開示したのは、今のところ、当社だけですが、あくまでファーストステップであり、今後、高度化しなければならない要素はたくさんあります。これが最終形ではありません。

 

――物理的リスクにおける試算の対象は国内のSMBCの顧客はすべて網羅しているのですか。

 

 末廣氏:そうです。全国のお客さまを対象にしています。ハザードマップに照らして、そこに物件のあるお客さまの工場などが台風等の被害が激化した際に、どれくらいの被害を受けるかを試算したものです。対象は当社が把握しているお客さまの物件に限っており、当社の把握していないかもしれないお客さまの物件や、当社と取引のないお客さまの物件にどんな被害があるかというような算定はしていません。そういう意味では、物理的リスクの当社の把握できる範囲で、ファーストステップと言いました理由です。

 

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――銀行の直接の取引先だけですか。取引先企業のサプライチェーンが被る被害の推計も含めていますか。

 

 末廣氏:災害の増大化でサプライチェーンが寸断する影響は大きいです。しかし、当社の試算にはそこまではカバーしていません。現状は、一つの企業が抱えるサプライチェーンで自然災害の被害をどのくらい受けるかは、被害が起きた段階でしかわかりません。災害が起きた時に、その会社のサプライチェーンがどれだけ被害を受けるかは、その会社しか集計するのが難しいと思います。したがって、今回、当社が試算結果と試算のプロセスを公表したことを受けて、ぜひ、いろんな企業の方々もサプライチェーンを含めた自らの取引に占める物理的リスクを試算していただければ、それらの推計結果を重ね合わせることで、日本全体の物理的リスクのうち、水災害リスクがどれくらいあるかがわかってくると思います。当社の今回の試算は金融ならではの分析かと思いますが、サンプルとして参照いただき、いろんな会社にとって、TCFD試算のきっかけとなればと幸いです。

 

――試算結果に対する他の金融機関や投資家等の評価はどうでしたか。


 末廣氏:同業からは「大変な分析作業を経て、よく算出までこぎ着けたね」、投資家の方からは「数値開示だけでなく自社の分析プロセスを開示し、世界の先鞭を切ったことが特筆」という、好意的な意見をたくさん頂いております。また、ある投資家の方からは、「このように情報を開示して、気候変動に関する自社のリスクをちゃんと把握していくことが重要」と言っていただきました。気候リスクに対して、投資家の皆様や色々な企業の方々の関心が非常に高いことが実感として分かりました。

 

 試算のモデル等については、お問い合わせをいただいた先には隠すことなく、開示内容をお伝えしています。国内外からの要請もあり、自分たちの試算結果および試算プロセスを色々な会議体や会合等でちゃんと伝えていかなければと思っています。もしかしたら別のアプローチによる試算が可能だったかもしれないので、これをきっかけに皆さんといろんな議論ができていけばいいと考えています。

 

――大賞選好の後に、移行リスクについての試算も公表されました。

 

 末廣氏:1月27日に、パリ協定の2℃シナリオで影響を受けると思われるエネルギー・電力セクターに限定して、規制の変化や技術革新等による移行リスクの影響を、IEAのシナリオを用いて試算しました。こちらも世界の大手金融機関としては世界初の開示です。2℃シナリオの場合、公表政策シナリオと比べて2050年までに追加の与信関係費用が年間20億~100億円発生する可能性ありと推計しました。こちらも一定の仮定に基づくファーストステップです。われわれはこうした試算に基づいて、お客さまの気候変動対応を一緒に検討し、支援していくつもりです。

 

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――:ストレステストもやったのですか。

 

 末廣氏:もちろん、やっています。移行リスクの場合は、担保物件をみる物理的リスクとは異なり、世界中を対象にしているほか、試算した電力やエネルギーセクターの規模も大きい。世間でリスクが緩やかに把握され対応を迫られる場合と、来年から急にリスクが認識され対応を迫られる場合とでは、対策の金額は大きく変ってきます。つまり、気候変動に対するリスクをいつどのように捉えるかによって幅が出てきます。ただ、企業自身も気候変動に対し、技術革新などでいろいろ手を打っていくはずです。そうした将来の事業会社による対応は今回の試算には含めないという前提で推計しました。ですので、実際の移行リスクは、今回の試算よりも、もっと低くなる可能性があります。

 

――TCFDシナリオ試算に率先して取り組んだことで、SMBCの株価はあがりましたか。

 

 末廣氏:株価はともかく、私のところに依頼のくる投資家の面談件数が今年度は前年度に比べて10倍以上に増えました。そのほとんどすべての投資家が関心を持つのがTCFDへの対応です。TCFDへの投資家の関心はすごく高い。投資家・運用会社は、投資先がどう気候変動に取り組んでいるかを重視する時代になっていることを実感しています。

 

――これらを反映した金融商品を開発してもらいたいですね。

 

 末廣氏:昨年から資産運用会社のアムンディ様と組んで、TCFD対応投資信託を個人のお客さま向けに販売しています。当社だけに限らず、今後もTCFDに絡む金融商品は、個人、法人向けに開発が進んでいくのではないでしょうか。お客さまの移行(トランジション)がキーワードとなり、お客さまとどう向き合っていくのかを考えねばならない時代が来ると思っています。お客さまの移行をスムーズに進めるのがわれわれ金融機関の役割だと考えています。

 

 分析するだけではなく、分析した結果をどう活かしていくか。お客さまと一緒にどのように低炭素社会、脱炭素社会に移っていくかというロードマップを考えないといけないと思います。今はまだ、本当にファーストステップです。ただ、こうした試算結果が一つのきっかけ・呼び水となって、いろんな企業の方々と議論をし、気候変動問題の解決に向けて第一歩を踏み出していくことが一番大事なことだと思っています。

                   (聞き手は、藤井良広)