HOME |原子力リスクマネジメントの“虚構” (FGW) |

原子力リスクマネジメントの“虚構” (FGW)

2012-05-24 10:08:36

fukushima9eb0ace7cb87e6c28f0928b2a588efde-300x226
「フランスには地震がないし、津波もない」――。グリーンビジネスのセミナー会場で言葉を交わしたフランスのビジネスマンが事もなげに語った。「でも、航空機事故とか、テロとかはあり得るでしょ。宇宙デブリ(使用済み衛星の破片)が落ちてくるかもしれないし」と、突っ込んでみた。

お互いに肩をすくめて笑った。セミナーの合間のネットワーキングの場でのジョーク。

 

▼PSAマネジメントの機能性

だが、「3・11後」の世界の原子力政策が脱原発と、原発推進に二分された背景には、この「事故がない(はずだ)」の視点が大きく影響している。現在の世界の原子力リスクマネジメントは、事故確率と損害量を踏まえた確率論的安全評価(PSA) に基づいて、事故確率を低下させる手法が主流。だが、東京電力福島第一原発事故が提起した疑問の一つは、「PSAは虚構ではないか」という点だ。
PSAは1975年に米国で開発され、79年のスリーマイル島原発事故を経て整備されている。原子力関係者の整理によると、PSAは、理論的に考えられるすべての原子炉関係の事故を対象とし、異常・故障等が起きる事象の発生頻度、発生した事象の拡大を防止し、影響を緩和する安全機能の喪失確率、および発生した事象の進展・影響を定量的に分析・評価する手順を規定している。事故の発生確率とその影響の大きさ、さらには両者の積(リスク)をもとに、総合的な安全性を評価する。[i]

 

わかりやすくいうと、事故が発生する頻度と、事故が起きた場合の影響の大きさで表される。発生確率は、シビア・アクシデントの原因となる地震や災害、テロ等の発生頻度(条件)と、そうした事態に対処する安全機能の喪失確率とに分かれる。これまでの原子力リスクマネジメントでは、事故の引き金となる災害等の発生確率が低いところ(立地問題)を選択することと、仮に事故が起きた場合の安全機能を向上させることによって、発生確率を極力引き下げることに関心が注がれてきたといえる。

 

▼歪んだ確率論試算

事故の引き金となる事象発生の頻度と、安全機能喪失の頻度を掛け合わせた事故発生頻度をみると、国内商業炉の場合、昨年3月末時点での運転炉年は1,423炉年で、シビア・アクシデントは2.1×10¯³(1/炉年)となる。海外を含めた場合、総運転炉年は14,424炉年でアクシデント確率は3.5×10¯⁴。スイスの研究機関のPSIの評価によると、シビア・アクシデントの発生確率は、現在存在する世界の原子炉のうち旧式のGenⅡ(1960年代後半~90年代半ば)クラスで、8.1×10¯³、最新鋭のGenⅢ+では1.2×10¯⁵へと改善する見通しとされる[ii]
 

だが、これらの試算の根拠を検証すると、首をかしげざるを得ない点がいくつも出てくる。まず、シビア・アクシデントの推計だが、国内の事故例は今回の福島第一原発が一例だけ。世界でも福島、チェルノブイリ、スリーマイル島の3例しかない。新たな事故が発生すれば確率は一気に上昇し、事故の無い状態が続けば確率は緩やかに低下する。過去事例が統計評価に際して少な過ぎるうえに、対象事例の災害確率は地域的に分散し、安全機能の向上確率も、設計ミス、人為ミスの評価があいまいであるなどの点がある。

 

引き金となる事象発生も、冒頭のフランス人の自信が根拠のないことが、図らずも5月に立証された。フランスの原発にNGOが空からパラグライダーで侵入に成功したのである。NGOでなくテロリストだったらどうなったか。あるいは侵入ではなく、作業情の人為ミスの可能性は随所で起こりうることは、PSAでは考慮されていない。

 

▼上限なしの損害可能額

こうした確率推計のあいまいさに加えて、福島事故で提起されたのは損害額の評価の不確かさである。これまでのシビア・アクシデントの損害額見込みは、チェルノブイリ事故が米国試算で2030億ドル、スリーマイル島事故は50億ドルとはじかれている。福島の場合、政府のコスト検証委員会の試算で5 兆8318億円[iii]。この数字は最小に見積もった場合とされる。ただし、これらの推計費用にも人に対する健康被害は含まれていない。福島の事故で浮上したのは、健康被害の影響のほかに、心理的被害、経済社会全体への長期的なコスト上昇の負担などであり、こうした潜在的損害額をどの程度見込むかで損害額はガラッと変わり、急上昇してしまう。

 

実際、事故を起こした東京電力は、すでに避難住民への賠償、農産物への賠償、汚染除去費用等への対応だけで、自力では賄えず公的資金に頼っている形である。今後、住民の心理的負担を含めた健康被害への賠償、増加する汚染地除染、買い上げ負担等を加算すると、現時点でも「債務超過状態」の東電は、経済的に成り立たない。ことは一つの電力会社の持続可能性にとどまらない。

 

▼今もシビア・リスクと併存

目下、世界が懸念しているのは、4号機に放置されている膨大な使用済燃料棒の行方である。これらは高い放射能の存在ゆえに、処理もままならない状態という。このため新たな地震等が発生した際に、崩壊するリスクを抱えている。いったん使用済燃料棒の保管プールが壊れたり、燃料棒が露出すると、一気に火災が発生する。そうなると、膨大な放射能が発生、東京を含む広範な地域に新たな放射能汚染が広がる可能性がある[iv]

 

そうした被害予想額は現在のPSAでは全く想定外である。つまり、仮に事故発生確率を低下させ、安全機能喪失確率を低下させることができたとしても、100万回に1度、あるいは1000万回に1度での確率でも、いったん発生すると、国が機能マヒするような事故の可能性がある原発を、机上のリスクマネジメント推計でカバーすることはできないのである。

 

福島事故当初、官邸では「東京を含む3000万人避難の可能性」が取り沙汰されたという。そうならなかったのは、PSAが機能したからではなく、偶然に過ぎない。少なくとも、確率論では全く説明のできない状況だった。しかもその状況が今も解決しているわけではない。「福島の事故は決して最悪でなかった」との指摘の重みを、我々は、謙虚に踏まえる必要がある。(FGW)




[i]平野光将「軽水炉の確率論的安全評価(PSA)入門」日本原子力学会誌、Vol.48.No.3(2006)



[ii] 内閣府原子力政策担当室「原子力発電所の事故リスク試算の考え方」2011年10月13日




[iii]内閣府エネルギー環境会議・コスト等検証委員会2011年12月19日

[iv] Robert Alvarez, Institute for Policy Studies, April 20 2012
http://www.ips-dc.org/blog/radioactive_risks_in_japan_from_spent_nuclear_fuel_storage