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焦点:野田政権のかすむ「脱原発依存」、国民議論の成熟化に課題(Reuters)

2012-06-17 08:37:14

やはり首相の器ではなかったか。
[東京 16日 ロイター] 野田政権が掲げた「脱原子力依存」の後退が鮮明になってきた。福島事故を契機とした反原発の世論に危機感を抱いた電力業界、自民党、経済産業省の「鉄のトライアングル」 に少なからぬ民主党勢力が加わり、推進に向けた結束は従来に増して強くなった感がある。

やはり首相の器ではなかったか。




推進側は再稼働が正式決定した関西電力(9503.T: 株価, ニュース, レポート)大飯原発以外についても再稼働への攻勢を強める構えで、「原発への依存度を可能な限り低減させる」という政策目標が有名無実となる可能性は高まっている。原発見直しの機運が持続して、福島事故で露呈した硬直的な電力供給システムの改革につながるのか、一過性の社会現象で終わるのか。国民議論の成熟度がいま問われている。

<新原発規制に自民が「待った」>

「骨抜きという報道は誤りだ」――。新しい原子力規制組織設置の関連法案を巡る与野党協議の合意を受けて、民主党の近藤昭一衆議院議員は14日、記者団に語った。与野党協議の結果、「運転開始から40年で原則廃炉」とする規制案に「必要と認める場合は速やかに見直す」との条項がつくことになり、これが「安全規制を骨抜きにする」との報道を招いた。

近藤議員は「40年(廃炉)は政治の意思として示さないといけない」と語り、交渉当事者としての廃炉規制を盛り込んだ法案の成立に目処をつけた成果を強調した。だが、見直し条項を強く求めた自民党に対する譲歩は隠しようがない。

「40年廃炉」と最新の安全知見の反映を電力会社に義務付ける「バックフィット規制」は、「ポスト福島」における安全規制の根幹を成す。ある関係者は「電力会社が原発を手放す、と言い出すくらい厳しい規制をかける」と語る。だが、政権党として50年以上にわたり原発を推進してきた自民党の嗅覚は鋭く、法案成立に向けた土壇場で電力業界が危機感を抱く40年規制を早期に覆す余地を残した。

<経産省、脱原発の選択肢を落とす>

今回、正式決定した大飯原発3、4号機の再稼働、原子力の新規制組織法案の国会審議、将来の原子力発電比率の選択肢の設定という、エネルギー関連の3つの懸案をめぐる議論は、東京電力(9501.T: 株価, ニュース, レポート)福島第1原発の事故発生以来、世論を分断した原発議論に一つの区切りをつける「天下分け目の戦い」だ。5月から6月にかけこれらの問題に関する結論が集中したが、原発比率の選択肢を集約する際、経産省は「脱原発阻止」で抜かりがなかった。

総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)基本問題委員会では昨年10月からの議論の結果、5月末に2030年時点に目指す原発比率(2010年度実績26%)としてゼロ、15%、20―25%の3通りの数値が示された。この選択肢は8月に最終的に結論を出すが、細野豪志原発担当相は15%案が有力との考えを示している。

「30年で15%」は、着工済みの案件を除いて原発の新増設がなく、「40年間で廃炉」を厳格に運用した場合、自然にこの程度の水準に落ち込んでいくという前提を反映した数値だ。その延長戦上で2050年頃の姿を示せば、日本が脱原発に向かうというシナリオが現実味を帯びてくる。

委員会の議論では「30年15%として50年頃にゼロ、という選択肢も加えるべき」という意見もあったが、三村明夫委員長(新日本製鉄(5401.T: 株価, ニュース, レポート)会長)がこれを退けた。「50年ゼロを加えるべき」と主張した高橋洋委員(富士通総研主任研究員)はロイターに対し、「(経産省の)事務局の意思としては原発がゼロとなる選択肢の数をできる限り少なくしたかったのだと思う」と話した。

<孤立した枝野経産相>

そろりと原発推進への反転攻勢に布石を打つ自民党や経産省の手練れに比べ、民主党政権は原発の再稼働問題でもたついた。特に枝野幸男経産相は、再稼働問題における発言の「ぶれ」によって反原発派の失望を誘い、原発推進派には足元を見透かされた。「3.11以前から原発には懐疑的な立場」(4月17日の記者会見)との心情を隠さない枝野氏だったが、エネルギーと産業政策を所管する閣僚としての立場との折り合いをうまくつけられず、大飯原発の再稼働をめぐるヤマ場で失点を重ねた。

枝野氏の孤立ぶりが顕著だったのは、野田政権が「大飯の再稼働は必要」と判断した翌4月14日に福井県の西川一誠知事を訪ね、同意を要請した際のやり取りだ。知事と対面した経産相は「原発への依存度をできる限り低減させる」としながらも、「原発を引き続き重要な電源として活用することが必要」と用意した原稿を読み上げた。

西川知事は経産相の要請に対し「原発を引き続き重要な電源として活用していくことが必要との考えが示された」と応じたが、「原発依存度低減」発言には反応を示さなかった。翌週17日の定例会見で枝野氏は、「脱原発依存」を強調しつつ原発を「引き続き重要な電源」とする発言の真意を聞かれ、「引き続き重要な電源というのは短期の話」と弁明したが、原発推進派の西川知事は、枝野氏のわかりにくい説明に不満を抱いたようだ。同知事は6月4日、細野原発担当相の訪問を受けた際に、「首相が原発の必要性を国民に訴えるべき」と要求をエスカレートさせた。

<首相は推進派か>

野田首相は今月8日に記者会見し「再稼働が私の判断」と表明したが、その際の発言は原発推進派を満足させる内容だった。「国民生活を守るために再起動すべき」「化石燃料への依存を増やして電力価格が高騰すれば空洞化が加速して雇用の場が失われる」とボルテージを上げる首相は、「中長期では原発への依存度を可能な限り減らす方向で検討する」と語ったものの、その際の視点として「エネルギー安全保障」「産業や雇用の影響」「地球温暖化問題への対応」「経済成長の促進」といった推進側が原発の利点と強調する項目を列挙した。

昨年9月の就任以降、原発を含むエネルギー問題について多くを語らなかった首相だが、会見の内容を本音で語ったとすれば、首相も原発推進派のひとりに挙げられるだろう。大飯再稼働に際して、今月6日には、民主党の国会議員117人が再稼働の再考を求める署名を首相に提出したが、395人いる民主党の国会議員のうち約7割は推進側に近い立場を示したともいえそうだ。

<原発の国有化は必要ないか>

経産省の基本問題委員会での有識者による論戦や、大飯再稼働に強い抵抗を示した関西の自治体首長と政府や福井県側との「舌戦」で明らかになったことは、原発の是非をめぐって「原発の事故リスクを社会が受け入れ可能か否か」「原発なしで電気は足りるか足りないか」「原発のコストは安いか高いか」といった二項対立的な論争を続ける限り、2つの主張が建設的な妥協点を見出すことは極めて難しいという点だ。

将来の原発の発電コストを他の電源と比較するにしても、化石燃料の将来価格動向や、温室効果ガス排出抑制の経済的な価値をどう明らかにするのか、廃炉まで最長で40年かかるとされる福島原発の事故処理の最終的なコスト算出など、数十年先の状況に妥当な試算を与えるのは事実上不可能だ。一方、電力会社側からすれば、減価償却が進み稼働すれば多額の利益をもたらす原発を使いたがるのは当然といえる。

とはいえ、戦後60年間に莫大なコストを投じて巨大なインフラを電力会社が築いたという既成事実をもって、今後も地域独占と原発の国策民営を維持する方向に傾くならば、「福島のような事故が起きても、電力産業は何も変わらない」という強い閉塞感を国民にもたらすだろう。

事態打開の鍵を握るのが、電力の全面自由化と発送電分離、原発の国有化の検討だ。全面自由化と発送電分離はある程度、実施に向けた方向性が示されつつあるが、原発の国有化議論はまだ。原発は正常に運転している限り低コストとされるが、今回のような大事故が起きて、社会の受容性が大幅に低下した場合、稼働率が大幅に落ち込み、経済性は一気に悪化する。「原発は事業として市場経済に合わない」(竹森俊平・慶応義塾大学経済学部教授)だけに、本格的な発送電分離と全面自由化に踏み込むならば、原発国有化議論も避けて通れないはずだ。

ある政府関係者は「発送電分離や将来の電源構成の議論など、エネルギー問題の議論の中で完全に抜け落ちているのが原子力の扱いと事業体制だ。(原発を)国有化するのか、官と民の役割をどうするのか、(原発に替わる)立地振興をどうするのか。電力臨調ような大掛かりな検討の場が必要だろう」と指摘する。

野田首相は8日の記者会見で、原発国有化など事業体制の見直しの議論や検討の必要性に関するロイターの質問に対し、「現時点で政府として何らかの方向性を持っているわけではない」と答えた。

<ドイツと日本の違いとは>

電力需給をめぐる政府検証委員会の委員を務めた東京大学生産技術研究所の荻本和彦・特任教授は4月、ロイターの取材に対し、国内の脱原発議論について、「原子力発電所は電力システムからすると、経済面や運用面におけるある特性を持った発電所に過ぎない。(脱原発は)日本人全体にとって何が目的なのか。10年後、20年後のエネルギーをどう確保するのか。もう少しハイレベルな議論をしないといけない」と指摘した。将来のエネルギーのあるべき姿を論じた基本問題委員会での議論が、停止中の原発の再稼働の是非をめぐる「入り口論」に多く時間が費やされたことを批判したものだ。

同教授は、「原発をなくしても構わないが、すぐに止めればものすごく痛みを伴う。なくしたら何が起きるのかの条件を全て提示して、これなら受け入れられるという議論を(2022年までの脱原発を決めた)ドイツはやってきた。ドイツ人ができることくらい、日本人もしろと言いたい」と話した。

(ロイターニュース、浜田健太郎 編集:伊賀大記)

 

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE85F01C20120616