HOME10.電力・エネルギー |途上国で広がるクックストーブ導入によるカーボンクレジット事業、実際の排出削減よりも6~8倍の過大評価で「水増し」の可能性。民間の自主的クレジット(VCM)の信頼性問題に(RIEF) |

途上国で広がるクックストーブ導入によるカーボンクレジット事業、実際の排出削減よりも6~8倍の過大評価で「水増し」の可能性。民間の自主的クレジット(VCM)の信頼性問題に(RIEF)

2023-08-28 23:20:49

Cookingstove002キャプチャ

写真は、インドの家庭に導入されたクックストーブ(右奥)。使い慣れたのは㊧の土製カマド)

 

  途上国での排出削減の現実的な取り組みの一つとされる家庭の調理器具を効率的な「クックストーブ」へ転換することでカーボンクレジットを創出する事業への懸念が広がっている。同ストーブ活用のクレジット事業で世界最大とされるインド企業の取り組みからのクレジットは、実際の排出量より8倍も過大評価されているとの研究成果が公表された。同ストーブは国連のクリーンエネルギー開発メカニズム(CDM)の対象でもあるが、これまでも過大評価との指摘が相次いでいる。

 

 世界中では約28億人の人々が、森林から切り出した木を直接燃料として日々の家庭での調理を行っている。これらの燃料の使用で発生する有害な煙を吸うなどして、年間200万~300万人が早死にするほか、CO2等の温室効果ガス(GHG)は世界全体の2%を占める。こうした調理方式の転換で、健康回復とCO2排出削減を実現するため、伝統的な土製のストーブの代わりに、熱効率のいい鋳物製のクックストーブを導入する事業が、過去10年間推進されている。

 

 クックストーブの導入は、人々の健康増進、森林伐採の削減、薪集めの労働時間削減、貧困地域の所得増加、および女性の地位向上に貢献するとして、国連の持続可能な開発目標(SDGs)でも、「すべての人に健康と福祉を(目標3)」、「ジェンダー平等を実現しよう(目標5)」、「気候変動に具体的な対策を(目標(13)」の取り組み支援策として位置付けられている。

 

VCMクレジットとして創出されるクックストーブプロジェクトの展開地域
VCMクレジットとして創出されるクックストーブプロジェクトの展開地域

 

 クックストーブは、「クリーンクッキングスキーム」とは微妙に異なる。前者は調理用の熱機器を土製から鋳物製に切り替えて燃焼効率を高めるものだが、「クリーンクッキング」は、使用する燃料を、できるだけGHG排出量の少ない天然ガスや太陽光エネルギー等に転換することをいう。クックストーブの場合、燃料は従来通りの森林から伐採した木だが、熱効率のいいストーブに切り替えることで、同じ燃料でもCO2排出が減少し、燃料の木資源も抑制でき、より低コストでCO2排出削減に資するとされる。

 

 しかし、米カリフォルニア大学バークレー校の専門家グループ(主査Annelise Gill-Wiehl氏)が、世界22カ国の36カ所で実施されているカーボンストーブ事業を対象に、同事業から創出される自主的カーボンクレジット(VCM)の妥当性をモンテカルロ分析(MCA)を使って分析したところ、対象事業から創出される削減分は、想定される排出削減貢献量に比べて6.3倍も過大評価され、最終的にはクレジット評価も8倍の過大評価になっていると指摘された。

 

 

 同研究グループが評価対象とした「クックストーブ・クレジット」は、現在、VCMとして創出されている同ストーブ由来の37%分に相当する。同グループの評価基準を、VCMの評価団体の一つであるゴールドスタンダード準拠のVCMクレジットに当てはめた場合、基準からの過大率は1.3倍だけなので、クックストーブの過大評価は際立っている。バークレー校の分析調査レポートは現在査読審査中。

 

 主査のGill-Wiehl氏は「すべての人々は、ルールによって技術的な活動を果たす。この問題では、(クックストーブからのクレジット創出を認めるための)ルールが悪い」と断じている。

 

クックストーブ導入で削減できる(予定)の排出量㊤と実際の排出量㊦
クックストーブ導入で削減できる(予定)の排出量㊤と実際の排出削減量㊦の推計値

 

  英Climate Home News(CHN)は、バークレー校の分析等を踏まえて、インド北西部のマハラシュトラ州のマシューター村で、過去10年間に伝統的な土製のストーブからクックストーブに転換した事例をフォローした。生活燃料を近隣の森林の木の伐採に頼る村人たちが、調理のための火器を、燃焼効率のいいクックストーブに切り替える実態を調べた。

 

 クックストーブの導入は同村だけでなく、インド全体でも広がっている。インドでは地域住民の4割以上が現在も、自然の木を燃料として土製のカマドで食事の調理をしている。アフリカでも同様だ。マシューター村をはじめ、インド各地で同事業を展開するEnking社は、自ら世界最大のカーボンクレジットオフセット事業者と名乗り、同社が創出したクレジットは石油メージャーのシェル等が購入している。

 

 Enking社は、クックストーブ等から創出するクレジット等、グローバルに取引されるVCMのほぼ15%を取り扱い、クレジットを求める企業に売却している。新規のクレジット創出だけでなく、既存のCDMクレジットとして認められていた過去のクックストーブクレジットを改善して新たに売却する事業も展開している。同社のクレジット売却先としては、シェルのほか、シーメンス、フォルクスワーゲン、さらに世界銀行も対象になっている。2021年には上場を果たしている。

 

 同社のクレジットの妥当性を巡ってはこれまでも、いくつかの出来事が起きている。同社の監査法人が「収入の重大な過大表示」の疑念があるとして財務諸表の承認を拒否してトラブルになった「事件」だ。同社自身はクックストーブの性能を改善した新工場を建設するなどで、新規に年間500万クレジットを創出するなどの取り組みを進めている。

 

 クックストーブからのクレジット創出の過大評価問題について、スウェーデンの「ストックホルム環境機関(SEI)」のRob Bailis氏は「これらのプロジェクトは、クレジットの買い手を意図的にミスリードしようとしているわけではない。原因としては、手法の弱さと、プロジェクトの開発事業者が、事業者に排出削減に貢献することを仮定した前提が、正確性を欠き、結果的に排出削減量増大に導いてしまう」と分析している。

 

 CHNの調査では、ストーブを切り替えた各家庭が、実際には使い慣れた旧来の土製カマドでの調理を継続し、クックストーブが使われずじまいのケースが少なくないという。

https://www.climatechangenews.com/2023/08/25/cookstove-offsets-carbon-emissions-credits-india-enking/

https://www.researchsquare.com/article/rs-2606020/v1