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病院再建と資金不足に揺れる陸前高田の医療現場(WSJ)

2011-10-02 15:29:54

石木幹人医師


 【陸前高田】岩手県立高田病院に津波が押し寄せたとき、石木幹人院長(64)をはじめとする病院スタッフは、急きょシートをストレッチャー代わりにし、患者を屋上へと運んだ。一人でも多くの命を救おうと必死に波と闘った。あれから半年以上がたったが、石木氏はさらに困難な闘いに身を置いている。人口2万3000人の3分の1以上が65歳以上と、高齢化が急速に進む陸前高田市での病院再建に向けた資金集めだ。

石木幹人医師




 

ここには病院が必要だが、すべてはわれわれがその必要性を明確に示せるかどうかにかかっている、と石木氏は話す。

 陸前高田市は3月11日の震災で最も大きな被害を受けた街の1つ。市の中心部は壊滅し、全人口の1割近くが波にさらわれた。

 多くを失った陸前高田市だが、最も手痛かったのが市内で唯一の総合病院の被災だ。日本の政策当局の震災復興にまつわるジレンマで、その中心を占めているのが病院再建をめぐる問題だ。

 経済学者の八代尚宏・国際基督教大教授は、単に震災前のとおりに復興するだけでは資金の無駄になってしまうと話す。

 高田病院のスタッフは現在は仮設診療所で治療を行っている。石木氏は岩手県の病院管理当局に、仮設診療所の入院患者用ベッドの追加費用とともに、新しい恒久的な病院施設の建設資金も要請している。



だが石木氏と部下の職員らは立ち止まらなかった。薬など必要なものをかき集め、コミュニティーセンターで患者の治療を続けた。ボランティアスタッフの助けを借りながら、4月までには1日に数百人の患者を診るようになっていた。患者の多くは混み合った避難所で生活していた。

 

 7月下旬、高田病院のスタッフは新たに設置されたプレハブ施設で外来患者向けのサービスを開始した。だが、入院が必要な病状の重い患者は依然、別の病院で治療を受けてもらわなければならない状態だ。

 その1人が遠藤三郎さん(83)だ。遠藤さんは慢性閉塞性肺疾患を患っており、震災までは高田病院で定期的に治療を受けていた。6月に症状が悪化した際、石木氏は遠藤さんに近隣の大船渡市の病院に行く必要があると告げた。

 行きたくなかった、と遠藤さんは話す。自宅からは遠く、どうやってそこまで行けばいいかも分からなかった。遠藤さんは自動車を運転できるような状態ではなく、妻のテルコさん(81)は運転ができない。だが、やがて症状はさらに悪化し、選択の余地はなくなった。結局、救急車で大船渡の病院まで運んでもらい、そこで20日間入院した。

 パーキンソン病を患うテルコさんは、バスで病院に通った。遠藤さんは今は自宅に戻っている。居間に座る遠藤さんの鼻には酸素チューブが付けられている。だが、またいつ大船渡の病院に戻らなければならないかは時間の問題だと話す。今本当に切迫している、病院なしにはここでは生きられない、と遠藤さん。

 石木氏は、遠藤さんのような長期的治療を必要とする患者のニーズに今後どのように対応すべきか、その構想を練っている。

 石木氏は、肺がん患者の腫瘍摘出手術を手掛ける胸部外科医として長年過ごしていた。だが8年前、そうしたキャリアに突如変化が訪れる。高田病院の院長を任された石木氏は、病院の経営状態を徐々に立て直していった。

 高田病院は、戦後の経済成長に伴う建設ブームに乗って規模を拡大してきた。だが、市の人口が減少し始め、高齢化が徐々に進むにつれ、病院の設備と患者のニーズにずれが生じ始めた。

 出生率の低下を受け、産科病棟は閉鎖された。3つあった手術室で行われる手術の回数も徐々に減っていった。そこで石木氏は、病院の中心を占める高齢患者の需要に沿った形にサービスを変えていった。

 そうした努力は実り始めていた。長年赤字にあった高田病院の経営は昨年、わずかだが黒字に転じた。

 妻や亡くなった病院スタッフの名誉のために、石木氏は新たな病院建設を決意し、その資金確保に向けて働き掛けを行っている。石木氏の試算ではその費用は40億円以上だ。一方、仮設診療所に入院病棟を増設したいとも考えており、それにはさらに4億円が必要だ。

 石木氏は、仮設診療所でも入院患者の治療ができるようにする必要があると訴えかけているが、当局はあまり乗り気ではない。石木氏は、冬になっても高齢者が仮設診療所に入院できなければ、インフルエンザや肺炎で死亡する患者が出るかもしれないと懸念する。

 病院の本格的な再建については、高齢化が急速に進む日本において高齢者医療のモデルとなるような施設を建設したいと考えている。以前のような総合病院ではなく、リハビリと慢性疾患を専門とした、在宅医療の提供拠点にもなるような施設を思い描いている。

 大槻氏も少なくとも基本的にはこの石木氏のゴールに賛成だ。医療制度と高齢化社会のニーズのずれをいかに解消するか、われわれが率先して取り組み、模範となることができればと考えている、と大槻氏は話す。だが問題は県や国からどの程度の財政支援を受けられるかということだ。