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3・11後のサイエンス:東電は運が悪かったのか=青野由利(毎日)

2012-04-24 20:17:09

もしかすると、政府は「東京電力は運が悪かった」と思っているのではないだろうか。関西電力大飯原発の再稼働に奔走する様子をみて、疑っている。即席の安全基準にも、場当たり的な手続きにも、「根拠の薄い楽観」が垣間見えるからだ。

応急処置は施したのでだいじょうぶ。さすがに福島第1原発のような運の悪いことは重ならないだろう。そんな胸の内が聞こえてきそうな気がする。

しかし、あえて言うなら、東電は「運が良かった」のだ。そう思う理由はいくつかある。

実をいえば、東電が中越沖地震を真剣に受け止めていたとは思えない。地震後に柏崎刈羽原発を訪れた時には、「騒ぎ過ぎ」という関係者の内心の不満を感じた。だからこそ、その後も過酷事故対策は取られなかった。その中で、免震重要棟を建てておいたことは、まだしも運がよかったというべきなのだ。今も復旧作業の命綱だ。

それにしても、なぜ、根拠のない楽観が生まれるのか。認知心理学者で米カリフォルニア工科大教授の下條信輔さんに聞いてみた。

科学的検証は難しいが、神経心理学でいうところの「3大回避」がヒントになるかもしれないという。人間には、「損失」「リスク」「不確実性」を避けようとする心理がある。これらを考えるだけでも苦痛を伴う。だから、できるだけ考えないようにする。これが3大回避だ。

言われてみれば正常な心理である。個人の生存戦略としては正しいに違いない。しかし、危機管理の場ではどうか。見たくないものを見据えるからこそ危機に対処できる。福島の事故で身に染みたはずの事実だ。

楽観と並んで、気になっている心理がある。場の「空気を読む」心理だ。昨年3月12日、総理官邸に詰めていた東電の武黒一郎フェローは、1号機への海水注入が始まっていることを知りつつ、現場に中断を指示した。菅直人首相(当時)から指示されたわけではない。ただ、首相の言動を見て、中断した方がよさそうだと判断した。安全より「空気」を優先する行為だ。

第一に、4号機の使用済み核燃料プールの話がある。プールは津波による電源喪失で冷却できなくなり沸騰した。そのままなら空だきになるところだが、水素爆発の影響で隣接する別のプールから水が流れ込んだ。この偶然に救われなければ、裸同然の1535本の燃料が大量溶融しかねなかった。

原子炉への注水に使った消防車もそうだ。以前はなかったが、07年の新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原発の変圧器が燃えたため、福島にも配備されていた。けがの功名だ。

極めつきは、これも中越沖地震の教訓から建てられた免震重要棟だろう。これがあったからこそ、かろうじて事故当初の現場の作業が支えられた。今も「KY」が嘲笑の対象にさえなることを思えば、これもまた現代社会に求められる正常な心の働きなのだろう。しかし、それは日常生活での話である。危機管理の場では、根拠のない楽観と同様に命取りになる。

結局のところ、危機管理には、空気を読まず、見たくないものを見る、強い意志が必要なのだ。そして、原発再稼働の議論にまったく欠けているのが、政府の危機管理体制作りではないだろうか。(専門編集委員)

 

http://mainichi.jp/feature/news/20120424ddm016070129000c.html