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電力不足に光明、次世代半導体SiCの秘める力 原発8基分の効果(日経産業)

2012-08-27 18:00:29

三菱電機のSiCを使った鉄道車両用インバーター。東京メトロが採用し試験運転が続く
 出口の見えない電力不足が日本の企業や消費者に重くのしかかるなか、圧倒的な省エネをもたらす技術革新が静かに進んでいる。炭化ケイ素(SiC)を使った次世代パワー半導体がそれだ。エアコンから自動車、発電システムまで幅広く使われる半導体で、すべてを次世代品に切り替えると原発7~8基分の電力消費を削減できるとの試算もある。電力危機を防ぐ救世主となるか。

東京メトロ銀座線で“超省エネ”車両の試験運行が今年2月から続いている。新車両は電力を制御する大型インバーターに三菱電機が昨秋開発したSiCパワー半導体を用いた。従来の車両システムに比べ30%の省エネを実現している。


 SiCは従来のシリコンに比べて大電圧・大電流に耐えられ、動作時に電力が熱として失われる電力損失を大幅に削減できるのが最大の特徴だ。




 三菱電機は熱が出にくいSiCの性質を生かして放熱フィンなどを小さく設計、インバーター全体の体積を40%減らすことに成功した。もともと電力損失が小さいうえに軽量化で省エネ効果を引き上げた。省エネ車両は電車がブレーキをかけた際にモーターを発電機として作動する「回生ブレーキ」も利用。従来のシリコンは大きな電力を与えると焼けてしまうため回生ブレーキ作動時の充電能力に限界があったが、大電力に強いSiCは回生電力量を増やせる利点もある。




 交流・直流の変換や変圧など電力を効率よく制御するパワー半導体。その用途は環境対応車(ハイブリッド・電気自動車)、産業機器、鉄道、太陽・風力発電システム、送変電装置、白物家電など幅広い。環境対応車の成長や中国でのインバーター搭載エアコンの普及などで世界市場規模は拡大しており、民間調査会社の矢野経済研究所は2017年に261億2000万ドルと11年比67%増加すると予測する。




 日本各地で発電した電力は、電力網内や電機製品などで交流から直流へ変換したり電圧を上げ下げしたりする度に、無駄な熱としてエネルギーが徐々に失われてしまう。SiCパワー半導体が幅広く普及すれば、こうした膨大な電力ロスを抑制できるわけだ。




 新機能素子研究開発協会の試算では、国内のシリコン製パワー半導体をすべてSiCに置き換えた場合、20年時点での省エネ効果は原油換算で724万キロリットル(100万キロワットの原発7~8基分)にのぼるという。




 将来の電源構成をいまだに定められず、電力会社による節電要請が年中行事となってきた日本列島。原発存続の是非や比率とそれを代替する発電手段の行方ばかりに焦点が当たりがちだが、実用化フェーズに入りつつある革新的な省エネ技術を育てることも国家的課題と言える。普及を阻むのは、他の多くの新技術と同様、コストの厚い壁だ。

 

 三井物産戦略研究所・新事業開発部の永島学プロジェクトマネージャーは「SiCのコストをシリコンと比較すると実質的に8~12倍ある」と話す。理由の1つが、ウエハー(結晶)製造の難しさ。高品質なウエハーの製造技術が確立できておらずシリコンに比べ歩留まりが極端に低い。加工温度が1500度以上とシリコンより約500度も高いため設備費用がかさむことも一因だ。

 

三菱電機で20年にわたりSiC開発に携わった大森達夫パワーデバイス製作所副所長は、「コストはまだまだ高いが、今後の(普及)カーブの傾きがどうなるか今年1年でわかるだろう」と話す。同社は鉄道用インバーターに続き、家電・産業用のSiCパワー半導体のサンプル出荷を今夏に開始。様々な顧客企業の声を吸い上げ、市場性や開発の方向性を見極めようとしている。


 今年に入り、日本メーカーが相次ぎSiC半導体の量産などに着手、新製品の開発ラッシュが続いている。東芝と日立製作所は三菱電機と同様に鉄道用インバーターを開発・製品化。富士電機やロームも新製品開発に力を入れている。




 もともとパワー半導体は三菱電機、富士電機などの日本勢とインフィニオンなどドイツ勢が市場を二分しており、SiCの開発・実用化でも日本勢は今のところ競争優位を維持している。




 アジア勢に追撃されたDRAMなどと同じ道をたどるのではないか。そんな疑問に大森副所長は反論する。「確かに彼らも力を入れているが、パワー半導体はアナログ的な擦り合わせが必要なので(後発組にとって)ハードルは高い」。大電圧・大電流で作動させるパワー半導体はどうしても高熱が発生。このため、チップの性能を長期間維持するには、半導体だけでなく材料、接合方法などの組み合わせが極めて大事という。




 過去20年にわたり技術者が流した汗の蓄積はとてつもなく大きい。ただ、「この分野でもOB技術者が韓国メーカーなどに協力している」(大手国内メーカー)のも現実だ。




 それだけに、市場黎明(れいめい)期にどれだけスタートダッシュできるかは日本勢が逃げ切るうえで重要な意味を持つ。「産官学の共同研究は今も多数動いている。だが、これから国に求めたいのはユーザーの負担を軽減し普及を促す支援策だ」。イノベーションを起こそうともがくエンジニアたちの声である。




(産業部 佐藤昌和)

 

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD230LG_T20C12A8000000/

三菱電機のSiCを使った鉄道車両用インバーター。東京メトロが採用し試験運転が続く