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温暖化で石油開発進む北極、環境に懸念(National Geographic)

2012-10-03 05:47:58

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2012年の夏は、米国全域が記録破りの干ばつと酷暑に見舞われた。科学者が8月27日に報告したところによると、北極の海氷面積が過去最小を記録、9月半ばまでに更に面積を減らした。ホッキョクグマや先住民族イヌピアトの村々の破壊など、気候変動の影響を心配する人々にとっては気がかりなニュースだ。

ところがこれと同じ日に、有力政治団体や石油業界の経営者、海運業界の実力者、投資家などがアラスカのリゾート地で会合を開き、自分たちの幸運をどう利用するのが一番よいかを話し合っていた。

◆北極海の資源に群がる世界各国

 気象学者はかねてより、気候変動で利益を得る国と損害を被る国があると指摘してきた。北極圏の気温上昇ペースは世界平均より4倍も速く、ここに領土を持つ国々が得る利益はとくに大きい。北極圏には、世界の炭化水素埋蔵量の22%もが埋まっている。アラスカ沖だけで、石油が約290億バレル、天然ガスが5兆立方メートル以上あると考えられている。これに対して現在の北米最大の油田、プルドー湾油田の推定埋蔵量は250億バレルとされる。

 石油会社シェルの発表によると、チュクチ海の同社初の探鉱井で9月9日、掘削機「ノーブル・ディスカバラー」が深さ約430メートルのパイロットホールの掘削を開始した。チュクチ海のアメリカ領海内の海底に掘削機のドリルが入るのは20年ぶり以上になるという。

 最近まで、北極海の海底油田は、分厚い氷に阻まれ掘削できなかった。しかし、21世紀半ばまでには夏季の北極海から氷が消えると予想され、石油価格も1バレル100ドル前後から下がる気配を見せない今、北極海に面したほぼすべての国が、急速に温暖化が進む北極海の底に黒い黄金を探し求め始めている。

 北極圏の各国政府が誘致に希望を寄せる新たな産業は、石油と天然ガスだけではない。ロシアの沿岸を抜ける北極海航路を通過した貨物船は、2010年には4隻だったが、2011年には34隻に増えた。夏に北極海を通過することで東西の距離を短縮できる可能性が開かれたのだ。この航路で、ヨーロッパの港とアジアの港の距離は6400キロも短縮される。輸送コストで言うと40~60%も削減できる可能性がある。

 航路が開拓されれば、北極海に眠る広大な鉱床も商業的に利用可能になるかもしれない。北極海には、金、石炭、亜鉛、鉛、銅、希土類の世界最大級の鉱床がある。

◆簡単には解決できない安全性問題

 シェルのアラスカ事業を担当するピーター・E・スレイビー(Peter E. Slaiby)氏は、北極海に石油が流出したとしても、オイルフェンスと現場燃焼で効果的に除去できると話す。しかし、こうした方法の有効性に疑問を抱く人は多い。イギリスの石油会社BPの石油掘削基地ディープウォーター・ホライズンがメキシコ湾で原油流出事故を起こした際に連邦政府の担当者として働いたアメリカ沿岸警備隊のポール・F・ズーカンフト(Paul F. Zukunft)中将もその1人だ。大規模な流出事故に対処できるかどうか「確信はできないと思う。すべての石油を除去することはできない。単純に実行不可能なのだ。だが、ここで求められているのはそういうことなのだ」とズーカンフト中将は話す。

 環境保護団体「ピュー・エンバイロンメント・グループ」のアメリカ北極圏プログラム責任者、マリリン・ハイマン(Marilyn Heiman)氏も同じ感想を抱いている。「私たちは世界最高の安全基準を必要としている。ここは地球上でもとくに危険な場所で、しかも氷の中で流出した石油を除去する方法はまだ確立していない。融けかけた氷についた石油をスキマーですくってみるといい。うまくいかない。秋になると、天候は本当に厳しくなる。1日中暗く、波が6メートルにも達することがある。(石油の流出に)単純に対応できない日が何日もあるのだ。ピューとしては、掘削に反対しているわけではない。だが、安全に掘るにはどうすればよいかを考えるためになすべきことは数多くある」。

 先住民族イヌピアトの文化の基盤をなすホッキョククジラ漁の管理団体、アラスカ・エスキモー・クジラ漁委員会の委員長を務めるジョージ・ヌーングウック(George Noongwook)氏は、アラスカのリゾート地で開かれていた会合での議論に熱心に耳を傾けた後、次のように話した。

「私たちは活動レベルの上昇を懸念している。簡単な答えは存在しない。生態系が非常に急激に変化し、海氷がやってくるのがどんどん遅くなり、氷が薄くなっている。波も激しくなり、安全に漁ができる機会が減っている。私たちは現在起こりつつある生態系の変化に適応しようとしているが、それは徐々にしか学べないことだ」。

 アメリカ陸軍工兵隊が2009年に確認したところ、アラスカ沿岸の176の村が気候の変動による侵食に脅かされていた。ヌーングウック氏は、50年後の北極がどんな姿をしているかに思いをめぐらせる。「すべては子どもたちを育てることにかかっている。私たちの文化の根はそこにある。新しく生まれる経済とともに、状況はしだいに変化していくだろうが、私は楽観している」。

 ヌーングウック氏はそこでしばらく口を閉じ、それからそっと付け加えた。「そうでなければならないのだ」。

 

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