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肺にミクロ「時限爆弾」 石綿吸引 阪神がれき作業員(東京) 労災リスクだけでなく、周辺住民へも影響

2013-03-01 09:17:24

阪神大震災直後にがれき仮置き場だった辺りで、当時の作業によるアスベスト被害を心配する草田さん(左)と松本さん。手元の写真は当時のがれき焼却炉=神戸市中央区で(梅津忠之撮影)
阪神大震災直後にがれき仮置き場だった辺りで、当時の作業によるアスベスト被害を心配する草田さん(左)と松本さん。手元の写真は当時のがれき焼却炉=神戸市中央区で(梅津忠之撮影)
阪神大震災直後にがれき仮置き場だった辺りで、当時の作業によるアスベスト被害を心配する草田さん(左)と松本さん。手元の写真は当時のがれき焼却炉=神戸市中央区で(梅津忠之撮影)


阪神大震災で、壊れた建物のがれきを処理した作業員らに健康被害の影が忍び寄っている。飛び散った有害なアスベスト(石綿)を吸い込んだ恐れがあるためだ。長い時を経て体をむしばむミクロの物質を「時限爆弾」と呼ぶ当事者たち。既に死者も出た。「東京でも地震が起きれば必ず飛散する」。遺族は見えない災いへの備えを強く促している。 (中山高志)

 大阪湾に浮かぶ広大な埋め立て地に、研究施設や事務所が点在する。神戸市南部のポートアイランド。一九九五年一月の阪神大震災の直後、ここはがれきの仮置き場だった。

 「焼却炉がこの辺でした」。草田重昭さん(44)は当時、一年半にわたり、がれきの分別、破砕、焼却に携わった。共に作業した松本三千年さん(42)は厳しい作業環境の記憶が鮮明だ。「建物のコンクリート片や鉄筋、家具、畳とか一緒くた。ダンプカーが『どさっ』と地面に下ろすたびに、すごい粉じんが舞い上がった」

 建物のあちこちに潜むアスベストは、髪の毛の数千分の一ほどの繊維状の鉱物。震災でむき出しになったがれきから飛び散りやすい。吸い込めば長い期間を経て、中皮腫や肺がんになるリスクを負う。当時、アスベストの危険性は今ほど知られていなかった。

 だから、専用の防護マスクもしなかった。二〇〇九年、今も神戸に住む二人に国から「石綿健康管理手帳」が交付された。年二回、国費で健康診断を受けられる。幸い、アスベストに由来する症状は出ていないが、不安はぬぐえない。震災がれき処理に携わった人の中皮腫発症が相次いでいる。「中皮腫って治るのやろか」「時限爆弾ちゃうの」。二人は顔を見合わせた。

    ■

 一一年十月六日、兵庫県西宮市の病院で宝塚市の男性=当時(65)=が息を引き取った。学生時代に陸上の中距離選手として鳴らした頑強な体を死に追いやったのも中皮腫だった。

 死の一年前に男性はせきや微熱を訴え、近くの病院を受診した。医師はアスベストによる中皮腫の疑いを告げたが、男性は信じなかった。だが、別の病院でも同じ結論だった。

 仕事はアスベストとは無縁の衣服販売。男性は丹念に記憶をたどった。阪神大震災で休業状態になった時期に二カ月だけ、倒壊建物の復旧に関わるアルバイトをした。粉じんが舞う現場。アスベストを吸った可能性にようやく気づいた。

 「いつも『ほこりっぽい』と言って、家に帰ると黒っぽい帽子が白っぽかった」。男性の妻(68)は今、悔やみきれないでいる。「アスベストについて知っていれば、こうなることもなかった」

 男性は抗がん治療に救いを求めたが、生きる願いはついえた。昨年夏、労働基準監督署は震災後の業務と発病の関係を認め、男性の死を労災と認めた。

 「地震が来てからでは遅いんです」。妻は訴える。「専用マスクを常備し、アスベストを防ぐ対策を講じてほしい。この死を無駄にしないでください」

 <阪神大震災とアスベスト被害> 阪神大震災では建物25万棟が全半壊した。当時の環境庁が大気中のアスベストを測ったところ、建物解体現場の周辺で最大値は基準値(大気1リットル当たり10本)の2倍。だが、民間の測定では16~25倍が検出された。

 震災がれき処理に関わり、中皮腫を発症したとして2008~12年に4人が労災認定を受けた(うち1人が死亡)。12年8月には兵庫県明石市職員が公務災害認定を請求し審査中。中皮腫は胸膜や腹膜の表面を覆う「中皮細胞」にできる悪性の腫瘍(がん)。潜伏期間は十数年から50年。