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「賠償額が低い」「書きにくい」東電提案に不満殺到 福島原発事故の損害賠償、住民が集団申し立てへ(日経BP)

2012-02-01 22:30:58

太田地区で行われた説明会(1月29日)
東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴い、勤務先の休業に伴う減収や避難に伴う支出増、心身への負担への慰謝料など、被害者が東電に対して行う損害賠償請求手続きが始まった。東電は、震災当日の昨年3月11日から8月31日までの分を1期、以後3カ月ごとの賠償期間を示し、賠償金の算定と当事者交渉、和解などの手続きを進めている。

分厚く、分かりにくい東電からの書類


 しかし、東電から被災者のもとに送られてきた資料は、何ページもある分厚い書類である上に、記入方法も分かりにくい内容。賠償基準の金額も被災者からみれば満足のいく内容ではなく、「書きにくい」「どうやっていいか分からない」「賠償額が低い」との不満が殺到していた。こうした問題に対応するため、南相馬市原町区(旧原町市)の6行政区による「ひばり地区復旧・復興対策会議」(小松恒俊会長)は今月、原発被災者弁護団(丸山輝久弁護団長)ら弁護士の協力を得て、裁判外紛争処理(ADR)を行う機関「原子力損害賠償紛争解決センター」に、集団申し立てを行う方針を固めた。同時に、南相馬市原町区の住民が被った損害の現状をより的確に申し立て書類に反映させるため、独自に「南相馬版・和解仲介申立書」と、「基礎計算書」を作成。小松会長ら被災者が中心となって、同じ被災住民に対する説明会を始めた。

 集団申し立てを実施するにあたり、同対策会議は、具体的に東電との争点を3つ挙げた。

 まず「精神的負担の慰謝料の基本的考え方」として、賠償期間(終期)について「3月11日以前の空間線量0.05μSV(マイクロシーベルト)に戻るまで、精神的負担の慰謝料を請求する」としている。

 南相馬市は福島第一原発から20~30キロメートル圏に入る地域があり、屋内退避、緊急時避難準備区域、計画的避難区域の指定を経て、現在は警戒区域、計画的避難区域、特定避難勧奨地点などが混在し、区域指定に関して市が分断された格好になっている。政府は3月にも長期間にわたり帰還が難しい「帰還困難区域」、数年間は帰れない「居住制限区域」、年間被ばく線量が20ミリシーベルト以下の「避難指示解除準備区域」の新しい3区分に設定すると発表している。

 賠償を考える住民の側は、新たな区域分けに伴って「被災地から外される地域」が出ることを懸念しており、政府が決めた3区分ではなく、実際の放射線量で終期を定めるよう求めている。

 また、精神的負担の賠償金額は、政府の原子力損害賠償紛争審査会が自動車損害賠償責任保険における慰謝料(1日4200円、1カ月で12万6000円)を参考に、「1人当たり月額10万円(避難所や体育館、公民館等への避難者は1人当たり月額12万円)」を提示。住民側は「十分ではない」とし、自宅で避難生活した人も、南相馬市以外で避難した人も同額の1人当たり35万円(体育館や公民館等はプラス5万円)とすることなどを求める。知人や親戚の家などに避難した際の宿泊費については、領収書がないことが多く、賠償請求できない問題が生じるが、これに対して住民側は「知人・親戚宅も一つの避難所とみなす」こととし、1日1人5000円で計算。特に子どもを持つ家庭は、放射線の影響を特に心配していることから、「子どもを心配する親の精神的苦痛」を慰謝料として盛り込み、子ども1人あたり毎月5万円を請求することとした。

 独自の申立書や基礎計算書の作成に尽力した小松会長は、次のように問題点を指摘する。「賠償請求の際、まずは難しい内容の申請書類をどう書くかという問題が起きた。東電の書類の様式も、私たちが被った被害を的確に反映して記入できるものではない。精神的賠償金額が1人当たり10万円というのも低すぎる」

 同会議は、独自の申し立て書を完成させて以降、各地で「書き方教室」を開いてきた。書式に沿って書き込んでいけば、具体的な損害内容が網羅できる内容だ。住民1人ひとりが自分の問題として賠償請求に臨むことが必要であるため、小松会長が講師を務め、出席者の相談にも応じてきた。その結果、昨年12月の段階で、集団申し立てに向けて、弁護士への申し立て手続きの委任を希望する人たちは86世帯・219人に上った。

1万人を超える集団申し立てになる


 1月29日には、実際に弁護士に手続きを委任するための面談会も開かれ、会場の南相馬市のひばり生涯学習センターには、書類を抱えた市民が次々と訪れ、申し立て書類の内容などについて弁護士と話し合った。ほかの地域でも同じ動きが起きている。同じ1月29日、太田地区13行政区による「太田地区復旧・復興会議」(渡部紀佐夫会長)は、原発被災者弁護団の小海範亮(こかい・のりあき)弁護士、清水卓弁護士を招いて懇談会を開催。損害賠償を巡る手続きについて理解を深めた。

 小高区の39行政区による「小高区行政区長連合会」(山澤征会長)でも集団申し立てに向けた準備が始まっている。2月5日には同市内で講演会と弁護団による説明会、申し立て書の書き方講座も開催して、損害賠償の目的や内容について住民の理解を図る予定で、連合会では対象の12000人に対して、各世帯ごとに案内を出すなど情報提供を始めた。同区では多くの住民が避難しているが、連携を取ることで1万人を超える集団申し立てになる可能性もあるという。

 1月29日、太田地区の区長らへの説明会のなかで小海弁護士は、「損害賠償では、被害者が加害者に対して具体的な被害を賠償請求しないといけない。そして被害の賠償に加え、みなさんの生活を取り戻し、今の生活をどうするか、今後の街づくりをどうしていくかという問題でもある。弁護団は、みなさんの完全賠償に向けて、できる限りの支援をしたいと集まった弁護士の有志。何万人もの方々が被害に遭っているということを集団申し立てによって、東電や国に伝えていくことが大切」と、損害賠償請求の意義について話した。

 「今回の賠償請求は、弁護士にとっても前代未聞の事。個人的に私はこれまで、ハンセン病の国家賠償訴訟や大気汚染訴訟、原爆症裁判、消費者訴訟など集団訴訟に関与してきたが、広域で被害の実態が重く、これだけ多くの人が突然に被害者になり、その被害の確定もされていないという事件は他にない。私たちも試行錯誤しているのが現状だが、考えているだけでは何もできない。ご協力をお願いしたい」(小海弁護士)同席した清水弁護士は「集団申し立てでは、みなさんの被害の実情をいかに分からせるかということが重要。東京にいて、南相馬に足を運んでいない人からみると、みなさんが普通に住んでいる状況を逆手に取ることも考えられる。『普通に住んでいる人がいるのだから、戻らない人がおかしい。賠償も終わりにしよう』と。いかにして、1人ひとりが具体的に被害の実情を浮かび上がらせることができるかというのが、1つの勝負」と説明した。

 この日の参加者からは、「すでに損害賠償請求で和解し、お金を受け取ってしまった人もいる。そうした人は集団申し立てに参加できないのか」という質問も寄せられた。

 小海弁護士は「和解したことに何か過失があるということではない。すでに賠償金を受け取った人も、納得していないという意思表示をすることが大切。和解した人も、ぜひ一緒に参加してほしい。実際に東電に対して、内容証明郵便で合意撤回の意思表示を示した例もある」などと説明した。会議のあと小海弁護士に話を聞くと、こうした損害賠償が被災者にとって非常に重要なプロセスであるのだという。

 「被害に遭った人は、あまりに大きな出来事なので、被害を受け止められなかったり、『自分だけ文句は言えない』と耐えたり、感情を押し殺すか感じないようにしてしまう。しかし被害に対して、被害者自身が怒りを表すことがとても大事で、それが自分の権利を守ったり、自分たちで生活を構築していくための作業につながる。そして同じ地域の人たちと一緒にやっていくことで、改めて『自分はこの地域で暮らすのか、避難するのか』『今後の生活をどうするのか』について、考えることにつながるはず」

 さらに、今回の福島第一原発事故の損害賠償請求においては、和解仲介役となっている「原子力損害賠償紛争解決センター」に大きな問題点があると指摘する。

 「まず一つは、センターの和解案には強制力がないこと。センターが示した和解案を、東電が『不満だ』として蹴ることができてしまう」。事実、センターが示した和解案で、追加賠償請求を認めることなどその一部を東電が拒否するという事態を招いている。そのため、双葉町の井戸川克隆町長は1月29日、住民の立場に立って、東電を批判する記者会見を開いた。

「モルモットにはなるまい」


 もう一つは、「センターの和解案では、国の責任が追及できないこと。国が隠れた形になってしまっている。私の個人的な意見だが、将来的には裁判、そして原爆と同様に、『被曝者援護法』のように国の責任を明確にした法制定が必要になるかもしれない」。弁護団を中心として、本当に被災者が救済されるための新法制定や制度の確立も視野に入れた動きについて、いずれ議論する時がくるかもしれない。

 この日、住民からの問い合わせ受け付けなども行った中野恵一・陣ヶ崎第一区長は、集団申し立ての意義をこう話す。

 「東電の賠償は、あまりにも被害者に対する誠意が感じられない。震災から半年以上経っても、放射線量が下がっていない場所から避難できずに残らざるを得ない人がたくさんいる。私もその1人。母親が要介護認定4で、どこにも受け入れ先がない状態。避難はできない。私たちは毎日毎日、被曝しながら、放射線におびえているのが現状」

 「自動車損害賠償責任保険を参考にしたという精神的慰謝料の基準10~12万円は、到底納得できる額ではない。交通事故のケガなら、日に日に回復してくるだろうが、放射能の影響や不安は日に日に高まっている。今回、弁護団にお願いし、集団で申し立てすれば、より住民の訴えにインパクトがあるだろう」と、集団申し立て手続きに期待を寄せる。

 原発事故、放射能汚染によって社会環境、自然環境が破壊された状況の中で、真に被災者のためになる損害賠償とはどのようなものか。果たして今の内容は、被災者の心身、経済状態や生活環境を3.11以前に戻し、今後に希望を与えるような内容になっているのだろうか。

 南相馬市の面談会場に訪れた人々は、市内に残った高齢者が多かった。1人の白髪の年老いた高齢男性が弁護士と向き合っている。弁護士の声が耳に入ってきた。「震災後、家族が避難などでバラバラになってしまった、ということがありますか」

 すると男性は少し体を折り曲げるようにして、恐縮したように答えた。「はい。あります」

 こうした申し立て手続きの一方で、「東京にいて、南相馬に足を運んでいない人」「被災者の生活実態を知らない人」が、今日も被災者にいくら支払おうかと、安全地帯でソロバンを弾いているのだろうか。

 「放射能汚染地域で放射能の被ばくを受けながら、安全・安心を担保されない生活をおくっている私たちは、原発事故のモルモットなのか」。そんな言葉が、ひばり地区復旧・復興対策会議の資料の中に記されている。

 原発事故と放射能汚染は、これほどまでに住民の生活と人生を激変させた。住民に希望が持てるような損害賠償はあり得るのだろうか―。面談に訪れた人々の様子を前に、震災以降、あまりに悲観的になってしまった私の目の前に、南相馬独自の申立書や基礎計算書を手にした人が次々に現れる。

 確かに、ここで生きる人々は懸命に立ち上がっているのだ。「モルモットにはなるまい」と。

太田地区で行われた説明会(1月29日)