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福島第一原発に近い無人の社 痛恨の絵馬が風に揺れ続ける(河北新報)

2015-04-05 00:29:19

「鎮魂」「哀悼」「平安」。絵馬には家畜の安楽死に携わった福島県職員の悔悟の念が込められている=南相馬市
「鎮魂」「哀悼」「平安」。絵馬には家畜の安楽死に携わった福島県職員の悔悟の念が込められている=南相馬市
「鎮魂」「哀悼」「平安」。絵馬には家畜の安楽死に携わった福島県職員の悔悟の念が込められている=南相馬市


カラン、コロン。 無人の境内で、絵馬掛所につるした絵馬が風に揺らぐ。
相馬小高神社は、南相馬市小高区の中心部に程近い場所にある。この辺りは福島第1原発事故のために、今も避難指示が続く。
数十枚の絵馬には、放射能汚染のせいで安楽死や餓死に追い込まれた家畜への哀悼の言葉がつづられている。

 

「安楽死した御霊(みたま)は忘れはしない。きみたちの死は無駄にしない事を誓う」

 

絵馬が奉納されたのは昨年5月11日。犠牲となった家畜の慰霊祭が神社で営まれた。

 

依頼したのは福島県県北家畜保健衛生所の所長だった獣医師、紺野広重さん(60)=3月末で退職=。職務として安楽死処分に関わった。
「過酷な業務で心に傷を負った職員が多い。けじめとして慰霊祭をお願いした」

 

県職員ら約40人が参列。境内の畜魂(ちくこん)碑に向かって弔った。人々が避難した後に残され、命を絶たれていった無念さを思いながら。

 

衛生所の獣医師は本来、家畜の伝染病予防や衛生面向上が主な仕事だ。原発事故を受け、国の指示で20キロ圏内の家畜を死に追いやる全く逆の業務を強いられた。

 

家畜は出荷できなくなったばかりでなく、立ち入り制限のため餌を与えられない。せめて餓死を免れさせようと畜舎を開けたままにする農家も現れ、県職員らは野に放たれた牛や豚を捜した。

 

「民家が踏み荒らされる被害が出ていた。安楽死も復興のためと自分に言い聞かせるしかなかった」。紺野さんは10回以上、防護服に身を包んで現場に赴いた。

 

飼い主が見守る中での光景が忘れられない。連れてきた牛に鎮静剤を打ち、注射による投薬で安楽死させた。

 

「飼い主は携えた花を埋葬地に供え、手を合わせていた。私らもつらくて…」

 

原発事故が引き起こした理不尽な死。誰も望まない仕事は昨年初めまで2年8カ月続いた。安楽死したのは牛1692頭、豚3372頭。畜舎で餓死する例も相次いだ。
処分に携わった職員の心はすさんだ。その一人は「自分が死んだら地獄に落ちると思った」と明かす。家族が同じように安楽死される夢を見たり、酒の力で現実から逃れたり。それぞれが苦悩した。

 

「慰霊祭をしても自分たちの行いは消えないが、少しでも気持ちが和らげば」と紺野さん。尊い命をやむなく絶った重荷を背負い、犠牲の先にあるものを思う。

 

「犠牲」の二文字に宿る牛は、神にいけにえとしてささげられた家畜の象徴でもある。原発事故という人災で、家畜と引き換えに人々は何を得ようとしているのだろうか。

 

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201504/20150403_63015.html