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鉄鋼業の石炭使用の高炉生産から、グリーン水素活用への転換を求める国際NGO立ち上げ。「リライニング事業」と新規高炉建設の停止に向け、日本等を含めOECD諸国の主導力求める(RIEF)

2023-07-11 20:46:32

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  世界全体での温室効果ガス(GHG)排出源の7%を占めるとされる鉄鋼業の脱炭素化を促進する国際ネットワークの非営利団体「スティール・ウォッチ(Steel watch)」(本拠地・オランダ)が立ち上がった。同団体は「問題の元凶は鉄鋼自体ではなく石炭。(鉄鋼の)製造方法にある」として、原料炭を使用しない鉄鋼生産への切り替えを促すことを目指す。今後20年間に、排出量の多い高炉事業を固定化(ロックイン)する高炉への再投資(リライニング)事業の停止とともに、新設高炉の建設停止を求め、日本を含むOECD諸国が主導力を発揮するよう求めるキャンペーンを始めた。

 

 「スティール・ウォッチ」は、米、英、仏、オランダ、日本、中国、南アフリカ等のNGO、専門家等をネットワーク化し、各国の鉄鋼業界や各国政府、鉄鋼利用業界等への働きかけを展開する。団体の発足とともに、最初の報告書「鉄鋼生産における石炭利用に終止符を」を公表した。

 

 CO2排出増の元凶となる石炭は、石炭火力発電用の一般炭の使用はようやく頭打ちとなってきた。だが、鉄鋼の高炉生産に使われる原料炭からのCO2排出には歯止めがかかっていない。同報告書によると、原料炭は採掘時に大量のメタンを放出し、燃焼時には環境汚染と健康被害を引き起こす。原料炭を使う高炉生産で製造される鉄鋼1㌧当たりのCO2排出量は2.3㌧。これに石炭採掘時に放出されるメタンを加えると、排出量はCO2換算値で3㌧を超える。

 

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 石炭を使用する高炉での鉄鋼生産のほとんどは、世界の約400の鉄鋼工場で行われている。既存の高炉の大半は今後20年のうちに「リライニング」と呼ばれる再投資が必要になる。これは高炉の内部を覆う耐火レンガの摩耗や損傷を改修する作業で、世界の高炉の71%が2030年までにリライニング改修の実施判断を迫られているという。同改修には1基当たり数億㌦のコストがかかるほか、リライニング改修を行えば、さらに20年間は高排出の技術がロックイン(固定化)される危険性が指摘されている。

 

 さらに、石炭使用の高炉を新設する新規事業が約125件ある。新規設備の寿命は40~50年と考えられるため、これの新規事業が追加されると、同産業での2050年カーボンニュートラル達成は全く不可能に終わってしまう。その結果、世界の気温上昇を1.5℃に抑えるわずかな可能性を保つために地球全体(すべての部門と社会)に残されたカーボンバジェット(炭素予算)のほぼ4分の1を、今後2050年までに消費してしまうだろうと推計している。

 

 同団体では、現段階ではCCUSは緩和策としての効果を期待できず、むしろ既存の石炭燃焼技術をロックインするだけにとどまってしまうので、そうした「信頼できるCCUS技術」が実現していない高炉の新設投資は行うべきではない、と強調している。

 

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 そのうえで、今後も従来のように石炭を使用する鉄鋼の高炉生産を続けると、「1.5℃目標」のために人類に残された地球上でのカーボンバジェットのほぼ4分の1を、鉄鋼業だけで使い尽くすことになる、と警鐘を鳴らしている。

 

 鉄鋼業の低炭素化、脱炭素化手段として業界等で提唱されている手法としては、スクラップ鉄を原料とする二次製鋼(電炉)による鉄鋼生産のほか、2段階の製鉄・製鋼プロセス(直接還元鉄の製造)等もある。鉄鉱石を直接還元法(直接還元鉄(DRI)の製造)では、天然ガス等を使用することから、カーボンフットプリントは、高炉よりは少なくなる。ただ、依然としてCO2排出量はかなり大きい。

 

 これに対して、鉄鉱石の還元に天然ガスの代わりにグリーン水素を使うことで、製鉄工程での化石燃料の使用をなくすことが可能だ。特に再エネを動力源とする電解槽で作られる水素を還元に使う場合は、製鋼段階でのカーボンフットプリントのほとんどが取り除かれる。同団体は、化石燃料の代わりにグリーン水素で銑鉄を製造し、再エネを電源とする電炉でその銑鉄を鋼に変えるプロセスを採用することで、化石燃料フリーの鉄鋼生産が可能になる、と指摘している。

 

 また、現在、技術開発が進んでいる溶融酸化物電解(MOE)のような新技術が実用化されると、燃料の必要性を完全に排除し、製鉄の直接電化の道を開く可能性もあるとしている。再エネを大規模に導入して、石炭やガス等の化石燃料使用に代えて、カーボンフリーの製鉄が、「もう手の届くところに来ている」とし、鉄鋼業界の思い切った事業転換を求めている。

 

 実際に、そうした事業転換への取り組みを進めている事例として、カナダのアルセロール・ミッタル・ドファスコ社の直接還元-電炉法(DRI-EAF)への取り組みでは、高炉-転炉設備を徐々に減らして2028年まで運転を続けた後は、石炭を完全に廃止する予定としている。

 

 水素対応の直接還元設備を設置し、グリーン水素インフラの整備を目指す例としては、スウェーデンの官民共同プロジェクトのHYBRITがある。同プロジェクトでは、鉄鋼バリューチェーン全体で一貫した生産ネットワークを備えた実証プラントを構築し、ボルボ社の試作トラック用のグリーンスチールを生産している。2026年までの商用化を目指している。

 

 同団体では、こうした先駆的取り組みを事例として示しつつ、石炭使用の鉄鋼生産からの「効果的かつ公正な移行」を実現する上で必要な要素を整理し、以下のように提案している。

 

 「クリーン電力の拡大」:高炉が置き換えられる際には、新たな一次製鋼の確立に向けてグリーン水素による直接還元鉄(DRI)製造への移行が加速することが見込まれる。政府および鉄鋼会社は、グリーン水素の生産に伴うクリーン電力の需要拡大に対応するため、電力事業者や他のステークホルダーと連携してクリーン電力の供給を十分に確保する必要がある。

 

天然ガスのロックイン回避」:鉄鋼会社は、移行への暫定期間中に、天然ガスを燃料とする「水素対応」の直接還元鉄(DRI)製造設備を開発することは、化石燃料からの完全な移行を遅らせることになり、新規インフラ(施設へのパイプラインなど)のロックインや座礁資産化のリスクを伴う。天然ガスからの移行について具体的な拘束力のある計画を作成するには、明確な基準が必要だ。

 

労働者の保護」:グリーンスチールへの移行に向け、政府および企業は、労働組合、労働者訓練プログラム、その他のステークホルダーと連携して、雇用や税収を鉄鋼業に依存する労働者やコミュニティの混乱を最小限に抑える必要がある。

 

 「環境汚染の除去」:鉄鋼業による過去および現在の大気・水質汚染の影響に対する改善・回復計画の策定は必須だ。鉄鋼会社の完全な透明性と説明責任、汚染の影響に関連する条件を決定する際は、地域コミュニティとの直接的なエンゲージメントが求められる。

 

グリーンなバイヤー」:鉄鋼生産をゼロエミッションの軌道に乗せるためのコストギャップを埋めて、2030年までにコスト競争力を確保するには、鉄鋼バイヤー (自動車企業、風力発電事業者、政府の調達機関など)による正式なコミットメントが必要。

 

政府の支援」:政府による手厚い政策支援や経済的な優遇措置が、着実な移行をもたらす。これらは、約束の履行に関する説明責任を果たすことや、意図しない結果に確実に対処することに付随する明確な条件を示すべき。

 

 同団体ディレクターのキャロライン・アシュレイ氏は「鉄鋼業は、住みよい地球に向かう軌道から完全に外れている。問題は石炭だ。石炭を使用する鉄鋼生産は、GHG排出と汚染をもたらす。鉄鋼業は活気に満ちたゼロエミッション経済の不可欠な部分を成すが、同業界の野心的な目標と行動が2049年にではなく、今必要だ」と、同業界の決断を求めている。

https://steelwatch.org/reports/sunset-coal-in-steel/

https://steelwatch.org/press-releases/new-steel-industry-watchdog-calls-for-the-end-of-coal-in-steelmaking/