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第5回サステナブルファイナンス大賞受賞企業インタビュー⑦初のNPO賞には、WWFジャパン。企業の温暖化対策ランキングで、29業種450社の日本企業の取り組みを評価(RIEF)

2020-02-26 18:04:31

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 第5回サステナブルファイナンス大賞では今回初めてNPO賞を設けました。グリーン&サステナブルファイナンスの推進に資する活動をするNPO/NGOを顕彰するもので、第一号には、「企業の温暖化対策ランキング」で各産業界の温暖化取り組みの評価・ランキング事業を展開してきた世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)を選びました。WWFの気候変動・エネルギーグループのプロジェクトリーダーの池原庸介氏にお聞きしました。

 

――業界ごとの企業の温暖化対策を評価するきっかけを教えてください。


 池原氏:日本も、2012年までは京都議定書の第一約束期間として、国は総量削減6%という目標に沿って取り組んでいました。産業界もセクターごとに業界団体としての目標を持ち、多くが国の6%削減目標に沿って対策を進めました。それを受け、個別企業も意欲的に取り組みを進めてきました。ところが残念ながら日本は京都議定書第二約束期間では義務的な目標を持たない形となり、産業・企業の取り組みもそれまで総量目標を持っていた企業が原単位目標に切り替えたり、目標を持つこと自体をやめてしまう企業も出てきました。このままだと、過去の取り組みが無為になり、外部からの評価を下げてしまうリスクがあるのでは、という課題意識が強くありました。

 

 もう一つは、ESG投資がさかんになる中で、投資家から、どの企業の環境報告書、CSR報告書もすごくいいように書いているので、どこが本当に実効性のある取り組みをしているのかがわからないという声も聞かれるようになっていました。そこでパリ協定に沿った真に実効性のある取り組みをしている企業を明確にしたいという思いも一つの動機でした。

 

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――最初の作業をまとめたのはいつですか。

 

 池原氏:プロジェクト第一弾は、2014年の8月に初めて電機業界についての報告書を出しました。基本的な作業は、公表されている環境報告書やウェブサイトからの情報を元にして評価・分析することです。企業へのインタビュー等はしません。投資家や消費者が必要としている情報を、企業が本当に能動的に出しているかどうかという点を重視しています。CDPのように質問票を企業に送るやり方とは、あえて違う方法にしました。

 

――企業の反応はどうでしたか。

 

 池原氏:最初はやはり、「NGOが何を始めたんだ」という雰囲気もありました。始める前は、企業からは有難迷惑がられるだろうなという思いもありました。ただ、対話をさせてもらっている企業の方々は、主に環境部署やCSR部署ということもあり、そうした人たちからは予想以上にポジティブな反応がありました。第三者からの客観的な評価があったほうが、社内での説得材料に使いやすいという声をかなり聞きました。

 

 彼らが指摘したのが、世の中の格付やランキングの中には、評価のクライテリアがブラックボックスになっているものも少なくないと。そうすると、経営層から「ウチはどうしてこんなに低いのか」と問われても、どう改善したら順位があがるのかわからない。それに対して、WWFのランキング報告書は、すべての企業の、すべての評価指標ごとの点数を含めて、すべてを包み隠さず開示しています。ですので、取り組み向上に向けて建設的な対話ができたと思います。

 

――作業は大変ではないのですか。

 

 池原氏:作業は実質的に2人でやっています。まず一人ですべての企業を評価し、その結果をもう一人がもう一回精査することを基本としてきました。最終的にはトリプルチェックもします。これまでに計11の報告書を発行済みで、これで証券コード協議会が定める33業種のうち29業種450社をカバーしています。

 

――29業種を終えて、日本の産業全体の評価はどうですか。

 

 池原氏:プロジェクトの評価指標は、「目標および実績」と「情報開示」の二つのカテゴリーに分かれます。各50点の配点で100点満点。合計21の指標で評価します。全体的には、「目標・実績」が低く、「情報開示」の方が高いという傾向でした。

 

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 それぞれの平均点は17点と30点です。情報開示の点数も決して高くはないですが、CDPの質問票に回答してきた積み上げもあって、開示の面では全体的に向上していると思います。ただ、パリ協定と整合した中長期での目標やビジョンを掲げているか、あるいは再エネの定量目標はあるかといった目標・実績の面では、ほとんどの企業が出来ていません。TCFDに沿った情報開示をしようにも、中身が浅薄になってしまう懸念を持っています。

 

――業種で特に目立って、いい業種、逆に問題のある業種はどこでしょうか。

 

 池原氏:長期ビジョンを持っていたり、SBTに着手していたり、再エネ目標を持っているとか、ライフサイクルでも取り組んでいるなどの「いい企業」は、電機、自動車、食品の中の飲料大手等で、割合が高いという印象があります。反対に、鉄鋼など素材産業やエネルギー系の企業は、一部を除きそうした取り組みが遅れている印象がありますね。

 

――BtoCの企業の「いい」取り組みが多い、と。

 

 池原氏:その通りですね。ただ素材やエネルギー産業でも、目標設定は十分ではないですが、情報開示の取り組みは、相対的にかなり高いところが多くありました。おそらく、化学やセメント、電力や石油元売りなど、ちょっと「後ろめたいところ」のある企業としては、TCFDのようなプレッシャーがある中で、情報開示くらい、積極的にやっておかないと、という意識の表れではないかと思っています。

 

――しかし目標設定は不十分。

 

 池原氏:特に鉄鋼業界の高炉メーカーは、一社も自社目標を持っていません。鉄鋼連盟全体で目標を設定していて、どの企業もそれ一本で、株主や消費者等とコミュニケーションをするという特異な状況になっています。

 

 金融機関の評価で気になったのは、3メガ損保は長期目標も持ち、SBTにも3社とも手を上げるなど、全般的に得点が高く上位を独占しました。これに対して、3メガバンクや地銀などの銀行セクターは、全般的に得点が伸びず、特に地銀が低調でした。損保とはかなり対照的でした。GHGプロトコルのスコープ3のカテゴリー15では、投融資先の排出をどう減らすかということが求められます。

 

 銀行は融資先にエンゲージして、きちんと温暖化対策を進めるように変容を迫っていく立場ですが、実は自らのスコープ1、2、3の取り組みがあまり進んでいないのです。そのため、恐らく排出削減の知見やノウハウも全く蓄積できていない状態で、融資先にエンゲージしなければいけないという非常に矛盾をはらんだ状況になっているように思います。

 

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――「企温暖化対策ランキング」の第一弾はほぼ網羅されたようですね。第二弾はどうなりますか。

 

 池原氏:これまで主に、事業会社の温暖化対策の取り組み向上に向けたエンゲージを進めてきましたが、今後はできれば機関投資家の側からみて有益な情報を盛り込んだり、開示情報を十分に読み解けない層へのキャパシティビルディングにも貢献できるような視点を盛り込んで、バージョン2.0を設計したいですね。

 

 たとえばTCFDの4つのコアファクターについて、どういうところをどういう視点で見ればいいのかといった視点を取り入れたいです。WWFのシンガポールオフィスは、銀行やアセットマネジメント企業の評価格付の取り組みをしており、その際、TCFDに沿った取り組みを自社のポートフォリオのリスクマネジメントのプロセスに落とし込めているかどうかという視点で評価しています。彼らとも連携をとりながら、事業会社だけでなく、投資をする側の実効性の向上も高めていければと考えていています。目下、検討中です。

 

――民間企業・金融機関の対応とともに、政府の役割も重要です。日本政府の温暖化対策は各地で批判を受けていますね。

 

 池原氏:TCFDで日本の署名企業数が増えた背景には、経済産業省、環境省、金融庁などの後押しがあると思います。その動き自体は歓迎すべきものですが、一方で、署名した企業が実際にTCFDに沿って情報開示をする際、恐らく先に指摘したように目標や実績の中身が浅薄なため、現状のままでは投資家層に説得力のあるような内容にすることが難しいと思います。リスクへの対応を織り込んだ中長期のビジョンを持たないまま、SBTを策定している企業も多いと感じています。

 

 加えて政策の問題があります。今一番大きな課題は、どの企業も今後の再エネの調達見通しが立てられない点ですね。コストの見通しも非常に不確実性が高い状況です。昨年10月にはSBTの基準が2℃から1.5℃相当に引き上げられました。すでにSBT承認を得ている企業も、1.5℃基準へのアップデートを考える上で、再エネ調達が見通せないことが大きな支障となっています。

 

 経産省・資源エネ庁は、エネルギー基本計画やパリ協定に提出した長期戦略の中で「再エネの主力電源化」を明記してはいるものの、政策がそれに伴っていない。片方ではTCFDの下で、日本企業が欧州の投資家から評価を得られるような情報開示を後押しする一方で、同じ経産省が情報開示の中身を拡充する上でカギとなるSBTの策定や目標レベルの向上を阻害するような再エネ政策をとっているのが現状です。

 

 一部の業種の既得権益を守るために、このような政策を取り続けているため、電機業界や自動車業界等の先進的な取り組みが阻害される方向になっているのが残念です。長期的に日本がどこに向かうのかを政府がきちんと示さないので、企業も自治体もみんな迷っています。R&Dや設備投資をするにも、脱炭素か、現状の延長とするか、決め手が見えないので、どっちつかずになってしまう。欧州企業は、脱炭素につながる、それが自社の競争力の向上につながる、オポチュニティにもつながる、という方向性をもって選べています。それができないのは、日本企業にとって大きなハンディキャップだと考えています。

                           (聞き手は 藤井良広)