HOME8.温暖化・気候変動 |国際条約「エネルギー憲章条約」の気候政策等を強化する改定交渉、日本政府の「反対」で頓挫状態に。日本は「緩い気候政策」温存を重視か。EUは日本への反発から集団離脱論も浮上(RIEF) |

国際条約「エネルギー憲章条約」の気候政策等を強化する改定交渉、日本政府の「反対」で頓挫状態に。日本は「緩い気候政策」温存を重視か。EUは日本への反発から集団離脱論も浮上(RIEF)

2020-09-09 15:17:08

ECT001キャプチャ

 

 エネルギー分野の投資と貿易ルールに関する国際条約である「エネルギー憲章条約(ECT)」を気候変動対応に資するための改定交渉で、日本が改定に「反対姿勢」を鮮明にし、EU等と対立している。EU側では改定が受け入れられないなら、EU諸国のECTからの集団離脱もあり得るとの強硬意見も出ており、そうなると日本の反対が原因で条約自体が崩壊するリスクもある。

 

 ECTは、1991年に、旧ソ連の崩壊に伴って、旧ソ連および東欧諸国等のエネルギー分野を市場原理に基づいた改革を促進するとともに、全世界的なエネルギー分野での企業活動(貿易及び投資)を促進すること等を目指す「欧州エネルギー憲章」を宣言。同宣言の内容を実施するための法的枠組みとして1998年に発効した。日本をはじめ50カ国が署名している。ロシアは未批准、米国はオブザーバーの立場だ。

 

ECT002キャプチャ

 

 今回、焦点となっているのは、EUが提案した改正案。その内容は①投資保護ルールの現代化②気候変動対応や低炭素化の実現③投資家対国家紛争解決(ISDS)手続きの改正、等が中心だ。

 

 EUは2050年までにネットゼロ達成を目指して準備を進めており、それに沿った各国気候・エネルギー政策を推進している。ところが、CO2削減を推進するため、政府が既存の石炭火力発電所等の化石燃料事業の改廃を進める場合、企業や投資家からECTのISDSに提訴されるリスクがある。

 

 JETROによると、国連貿易開発会議(UNCTAD)がまとめたECT関連のISDS事案は、2019年末時点で累積128件。国際的な投資協定や自由貿易協定(FTA)などに絡んで起きている全てのISDS事案の中で最も多いという。128件中、提訴された国では、スペインが47件と圧倒的に多い。87件がEUおよび加盟国に対する提訴だ。

 

 EUによる改正案では、人々の健康や環境保全のような課題を重視する政府の規制権限を強化する規定(Right to regulate)をECTに明記するほか、ISDSの手続きに代えて、多国籍投資裁判所での協議に切り替えること等を盛り込んでいる。

 

 実際にEUでは、政府の気候対策が不十分だとしてオランダやアイルランドでの気候訴訟で「政府敗訴」の最高裁判決が出た。その結果、両国政府をはじめ、EU加盟国政府は、エネルギー政策を化石燃料依存体制から低炭素・脱炭素型へ転換することを求められている。しかし、既存の稼働中の石炭火力発電所等に法的に有効な閉鎖命令を出した場合でも、当該運営企業だけでなく、事業に投資する第三国の投資家からISDSに提訴される可能性がある。

 

 最高裁判決で敗訴したオランダ政府は、気候対策を強化し、2030年までに石炭火力発電所を全廃する計画を打ち出した。だが、同国内で発電所を運営するドイツのUniperは10億ユーロの補償をオランダ政府に求めてISDSに提訴する姿勢を示している。

 

 こうしたことから、EU諸国は気候対策等の市民の生活環境に影響を及ぼす分野の規制強化の必要性をECTに明記するとともに、ISDSの手続き等を改正することを目指している。ただ、ECTの改定は全署名国の一致が原則。このため日本の反対が改正を阻む最大のカベになっているわけだ。日本は同条約の最大の出資国であり、かつ改正交渉の副議長のポストも保有している。

 

 これまでEUの提案に対して、日本政府は2019年10月に反対意見を提案している。その中で「日本は現行のECTのどの条項も改正する必要はないと信じる」との文言を、26回も繰り返し使っている。その後の交渉でも日本政府はこの主張を変更する姿勢をみせていない。

EUの改定案に対して日本が提出したコメント。このコメントが23回も繰り返し記載されている。
EUの改定案に対して日本が提出したコメント。このコメントが26回も繰り返し記載されている。

 

 さらに報道によると、日本政府は今年7月、新型コロナウイルス感染拡大の影響が強い中、12人の代表団を送り込み、EU提案の中でも、特にISDSの改定ついて「強い関心」を示し、改正は最小限にすべきと主張したという。

 

 EU筋では、日本政府がISDS改正に消極的なのは、エネルギー分野の貿易、投資が国を超えて自由に展開されているEU市場とは違って、日本市場は経済産業省によって厳格に「管理」されていることから、事業者や投資家から国が訴えられるリスクが少ないためとみている。同時に、石炭火力発電等を強制閉鎖しなければならないほどの気候対策を実施するつもりが、日本政府にないともいえる。

 

 その一方で、日本企業はEU市場において、再エネ事業関連でECTのISDSへの提訴を行ってきたという。このため、EU側には日本の政策対応への不満が高まっており、欧州議会等では、欧州グリーンディール(EGD)を推進し、2050年ネットゼロを実現するためには、EU全体がECTの枠組みから離脱するのが得策との意見が増えているとされる。

(2020年9月12日に更新しました)

 

https://trade.ec.europa.eu/doclib/press/index.cfm?id=2148

https://www.energycharter.org/

http://arbitrationblog.kluwerarbitration.com/2020/07/21/ect-modernisation-perspectives-modernisation-of-the-energy-charter-the-long-story-told-short/?doing_wp_cron=1595497478.4140338897705078125000

https://www.energycharter.org/fileadmin/DocumentsMedia/CCDECS/2019/CCDEC201908.pdf

https://www.climatechangenews.com/2020/09/08/japan-blocks-green-reform-major-energy-investment-treaty/