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菅政権、「経済財政運営の『骨太の方針』」と成長戦略を閣議決定。クリーン成長戦略の財源は米国の100分の1。「脱炭素ドミノを起こす」の意気込みも、国際貢献等にはほとんど言及無し(RIEF)

2021-06-19 18:21:19

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 菅政権は18日、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)と成長戦略を閣議決定した。デジタル化やグリーン社会の実現など4分野に重点を置く戦略を示した。このうち、グリーン成長戦略では、2兆円基金(10年間)を軸に、水素エネルギーの導入を2030年に最大300万㌧、2050年に2000万㌧程度に拡大する等の目標を掲げた。示されたメニューは多様で、「脱炭素ドミノ」を起こすと勇ましい。だが、資金規模は米国の2兆㌦(約110兆円)の100分の1でしかなく、化石燃料依存経済の移行コストや、国際的な脱炭素貢献等についても言及がない。

 

 「骨太の方針」は重点的な原動力として、グリーン、デジタル、活力ある地方創り、少子化対策の4分野を選んだ。「グリーン社会の実現」では、「2050年カーボンニュートラル」宣言を踏まえ、①脱炭素を軸として成長に資する政策の推進②再エネの主力電源化の徹底③公的部門の先導に より必要な財源を確保して脱炭素実現を徹底する、とした。

 

  軸になるのが、2兆円のグリーンイノベーション基金だが、これは10年間の合計で、単年度では2000億円でしかない。この規模の予算で、洋上風力、水素、蓄電池など重点分野での研究開発、設備投資を進め、投資促進税制の活用等とともに、新技術の導入に資する規制改革や国際標準化にも取り組むという。そして「地域脱炭素ロードマップ」に基づき、地方自治体等の取り組みを推進し、全国で「脱炭素ドミノ」を起こす、とぶち上げた。

 

首相官邸で開催した経済財政諮問会議
首相官邸で開催した経済財政諮問会議

 

 気候対策を重視するバイデン米政権は、この分野だけで2035年までに2兆㌦の予算を掲げる。すでに2022年度単年度予算案は360億㌦(約4兆円)と、日本の10年間の基金規模の2倍を投じる決意だ。内訳をみると、クリーンエネルギーイノベーションに100億㌦、気候研究開発に70億㌦、地域のエネルギー貯留・移転事業65億㌦等と具体的な強化分野を網羅している。

 

 米国では単に「クリーンエネルギー推進」をはやすだけではなく、石炭鉱業や石炭火力事業の転換に伴う地域経済の振興や雇用対策等への予算配分も明記している。また気候問題が国際問題であり、途上国の気候対策への支援が先進国として求められる中、バイデン政権はオバマ政権時代の国際気候対策年間280億㌦を倍増するとし、このうち5億㌦を途上国の適応策に投じる。

 


 「クリーン社会の実現」は、日本だけが「骨太」になれば実現するものではない。菅政権の腰の入れようが不十分に思えるのは、予算規模の乏しさだけではない。「基本方針」には、現存の化石燃料依存型産業、経済システムへの固執(未練ともいえる)が色濃く反映している点だ。

 

 「基本方針」が言及する「エネルギー基本計画」の見直しについては、従来からの政府キャンペーンである3E+S(安全、安定供給、経済効率性、環境適合)の考え方(バランス型)を継承した。電力部門の脱炭素化に向け、再エネの主力電源化を徹底するとする一方で、火力発電についても、CCUS/カーボンリ サイクルを前提に、水素・アンモニアによる発電を選択肢として最大限追求するとして、火力発電維持の方針を盛り込んだ。

 

 原子力発電についても、「可能な限り依存度を低減しつつ」としながら、安全最優先の原発再稼働を進め、安全性等に優れた原子炉の追求など将来に向けた研究開発・人材育成等を推進する、と原発維持路線を強調している。

 

 政策面でも、新たな踏み出しに対しては「及び腰」だ。民間企業の合理的な気候対策を促すには、温暖化対策のコストや成果が市場評価されるカーボンプライシングの活用が有力な手段の一つとなる。すでに、EU、中国も導入しており、米国も目下、最大の焦点の一つになっている。

 

 「基本方針」ではこの点について、「成長戦略に資するものは躊躇なく取り組む」とするも、カーボンプラシング政策の一つであるクレジット取引については、「非化石証書やJクレジット等の既存制度を見直し、自主的かつ市場ベースでのカーボンプライシングを促進する」としたものの、政府が責任を持つ炭素税や排出量取引については、「負担の在り方にも考慮しつつ、プライシングと 財源効果両面で投資の促進につながり、成長に資する制度設計ができるかどうかの専門的・ 技術的な議論を進める」との表現にとどめた。

 

 EUが進める国境調整措置については、「わが国の基本的考えを整理した上で、戦略的に対応する」とした。同措置は、国内の温暖化対策が厳格で、規制等を受ける国内製品・サービス等が、規制の緩い輸入品等に競争上不利にならないようにし、むしろ輸出国の温暖化対策の強化を促す政策目的を持つ。そう考えると、国内産業・企業への脱炭素支援策はメニューは多彩だが、資金面の裏付けが乏しく、政策誘導策も「検討中」というわが国の状況では、むしろ他国から国境調節措置の適用対象となるリスクの方が大きいと懸念せざるを得ない。

 

 「成長戦略実行計画案」は各省庁が、かき集めた多様なメニューが示されている。洋上風力の導入目標では、2030年までに1000万kW、2040年までに浮体式も 含め3000万kW~4500万kWの案件を形成する、とした。太陽光発電では、次世代型太陽電池の技術開発を進め、2030年を目途に普及段階に移る。地熱発電の規制を見直し、水素は2030年に最大300万㌧を導入、2050年に2000万㌧程度に拡大する。製造コストも、2050年にはガス火力以下の20円/Nm3程度を目指す。

 

 乗用車は2035年までに新車販売で電動車100%実現の目標を入れた。そのため、30年までにEVやHV向けの急速充電器を3万基、充電設備全体では計15万基を整える方針とした。また自動車用の水素ステーションも30年までに全国に1000基を整備する。EVの基幹部品である蓄電池については30年までに国内で合計1億kW時分の製造が可能になる大規模投資を促す。

 

 カーボンリサイクルでは、CO2吸収型コンクリートを2030年には需要拡大を通じて既存コンクリートと同価格(=30円/kg)の実現を目指し、50年には防錆性能を持つ新製品を建築事業にも活用するとした。鉄鋼業では、水素を用いた高炉製鉄法などを実用化し2050年に年間最大約5億㌧、約40兆円のグリーンスチール市場の獲得を目指すとした。

 

 政府の財政支援力の乏しさを補うため、「カーボンニュートラル市場への内外の民間資金の呼び込む」こともうたった。サステナブルファイナンスの環境整備を図るため、鉄鋼、化学、製紙・パルプ、セメント、電力、ガス、石油等の炭素集約型産業のトランジションのための分野別ロードマップ策定やアジア向けの移行支援を進めるとした。

 

 ただし、そうした移行に国際的な資金が回るかどうかは、国際的な投資家が安心して日本の企業・産業に投資できるような国際市場と共通のフレームワークが必要になる。欧米等ではすでにTCFD提言に沿った法的な気候情報開示強化の動きが進んでいるが、「基本方針」では、「TCFDの提言に沿った開示などの強化を促し、運用戦略の情報開示を求める」としか明記しておらず、義務的情報開示への対応姿勢が不明確なままだ。

 

 また金融庁と東京証券取引所は、コーポレートガバナンスコードの改定で、サステナビリティに関する情報開示を、来年4月からプライム市場の上場企業に適用するとしているが、英、EUなどとは異なり、「コードの開示」では自主的な開示の域を出ず、欧米の機関投資家等のニーズに答えられるかは不透明だ。

https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2021/0618/shiryo_02.pdf

https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2021/0618/shiryo_03.pdf

https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2021/0618/shiryo_04.pdf