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森林火災の煙がニューヨークにまで及ぶカナダで、銀行の投資活動をパリ協定と整合させる法制化作業が上下両院で動き出す。銀行の自主性に委ねるのでなく、法的義務付けを目指す(RIEF)

2023-06-09 23:17:00

Canadasenator0012キャプチャ

 

 カナダの森林火災の煙が、米ニューヨークにも流れ込み話題を集める中、そのカナダで、銀行・年金等の投資行動をパリ協定と適合させる法規制導入の議論が高まっている。連邦下院では5政党のうち4政党の議員が銀行の投資行動をパリ協定と法的に整合させる「共同動議」を提出、上院でも銀行委員会が、移行リスクに対する自己資本比率規制上のリスクウエイトを明示した法案の協議に入った。カナダの銀行・年金等は高炭素排出のタールサンド向け投融資額が突出して多い。グローバルに脱炭素が求められる中で、同国金融システムが抱える「座礁リスク」の抑制に、同国の政治家も本気になってきたようだ。日本の政治家はどうか。

 

 (写真は、左から3人目が法案を提出した上院議員のGalvez 氏、その右隣りの長身の男性が動議を発議した下院議員のTurnbull氏)

 

 政治主導で高まっているカナダの銀行に対する化石燃料投融資規制の取り組みは、まず5月5日に下院で始まった。トリュドー首相が属する自由党のRyan Turnbull議員(オンタリオ州Whitby)が、「パリ協定への適合を求める動議(M-84)」を提出したためだ。同動議に対しては、下院を構成する6政党のうち5政党の議員ら13人がその後、賛同し、共同提案者として名を連ねている。

 

NYに流れ込んだカナダの森林火災の煙で、赤くなった摩天楼(ANAニュースより)
NYに流れ込んだカナダの森林火災の煙で、赤くなった摩天楼(ANAニュースより)

 

 動議は政府に対して、「カナダの金融システムを、2015年のパリ協定に適合させるため、すべての法律や規制ツールを活用するよう求める」との内容だ。銀行や年金等が実施する自主的な取り組みにとどめず、政府が主導する法規制として取り組みを義務化を求める。同動議が議会で採択されると、政府は動議に基づき、法規制案を作成し、議会に提出しなければならない。

 

 もう一つの動きは今月8日に、連邦上院の銀行委員会が、法規制案の一つである「S-243 : 気候適応金融法(Climate-Aligned Finance Act : CAFA)」について第二読会を終了させ、次のステップへの移行を打ち出した点だ。同法案は独立上院グループ(ISG)所属でケベック州の上院議員Rosa Galvez 氏が昨年、提案した。提出後、第一読会は3月24日に終えていたが、その後、審議は進んでいなかった。だが、森林火災の影響が伝わる中で、8日に第二読会が完了、上院銀行委員会での本格的審議が開始される見通しとなった。

 

カナダの上院議会
カナダの上院議会

 

 同法案は、カナダの銀行とその他の連邦規制の対象となる金融機関が、自らの投資活動をパリ協定に連動する国の気候コミットメント(NDCs)に適合できるようにするための法規制案だ。EUがNDCsに基づき、2030年目標としてCO2排出量の55%削減(1990年比)達成を法律で義務付けているように、カナダも銀行の投融資が協定の目標と合致するよう法的義務を課す狙いだ。

 

 法案では、銀行規制に導入されている自己資本比率規制に、気候関連のエクスポージャー(financed emissions)と「削減貢献」の評価を反映させるべきとして、急激な移行リスクに晒される新規の化石燃料資源やインフラに関連する投資や融資、デリバティブ等については、自己資本規制上のリスクウエイトを1250%とするほか、すべての化石燃料向け活動(既存投融資を含む)のリスクウエイトは150%とすること等を盛り込んでいる。

 また化石燃料のうちでも、石炭、石油・ガス向けによって、移行リスクの強度は異なるとして、銀行等に対しては、それらの差異別のリスク評価の実施を求める内容だ。

 このようにカナダの政治家が、銀行・年金等に化石燃料産業向けの投資を規制する法案や規制を推進しようと動き出しているのは、選挙目当ての人気取りキャンペーンではない。実際にカナダの銀行等が抱える国内のタールサンド産業向けの投資が増え続けており、銀行システムのfinanced emissionsが増大していることへの危機感が背景にある。

 

 金融NGOのBankTrackが定期的に公表するグローバル金融機関の化石燃料投融資分析レポート「Banking on Climate Chaos」の2022年版では、カナダのトップバンクのRoyal Bank of Canada(RBC)がタールサンド増産向けの融資を伸ばし、常連だった米銀勢を抑えて初の首位となった。ワースト10位には、他のカナダの銀行のSCOTIABANK(7位)、TD(8位)もランクインした。米銀4行、日本勢3行と並び、カナダ勢も3行がワーストバンクに仲間入りした。

 

 カナダの金融市場の規模からすると、日本並みの3行がワーストバンク、というのは「異常」に近い。S-243法案の提出者のGalvez氏は「カナダ全土にわたって、森林火災が燃え広がっている現状をみれば、われわれは気候行動の強化のために無駄に費やす時間はもはやないことに気づかされる。気候変動は、明確に現在の危機であり、カナダ人の生命と生活をリスクに晒している」と強調している。

 

 ただ、法案は銀行委員会での本格的議論に移るが、即座に採決されることは見込めない。Galvez氏は「カナダの銀行はクリーンエネルギーへの投資では、最後から3番目の順位で、一方の化石燃料向け投資では、もっとも多い『化石燃料金融機関』。CAFAを制定しないと、カナダの銀行はますますクリーン経済の建設競争から取り残されてしまう」と危機感を高めている。

 

 同法案に対しては、昨年の提出時に投資企業、学識機関、環境グループ等の89機関が賛同している。支援機関等は共同声明で「カナダの金融界が、パリ協定に整合するという『野心』に必要なレベルに合致するには、自主的なイニシアティブではもう間に合わない。銀行の行動を高めるためには法規制が必要だ」と指摘している。

 

 この点は石炭火力発電を含め2030年以降も火力発電に依存することを柱とする「グリーントランスフォーメーション(GX)戦略」を掲げる日本も同じ状況だ。異なるのは、日本の場合、移行リスクの高い高炭素排出産業・企業向けの移行ファイナンスを、銀行等に事実上の「義務」にさせようという政府の狙いがある点だ。

 

 日本のGXをカナダのタールサンド向けファイナンスの現状に当てはめると、タールサンド向けファイナンスは停止せず継続し、同産業が脱炭素化を果たすまで、ファイナンスで支援し続けることになる。この場合、金融システムが抱えるリスクはさらに高まり、移行リスクがシステミックリスクにつながる懸念が出てくる。カナダの政治家たちは、そうした自体への危機感で法規制を呼び掛けている。日本のGXと、カナダ上下両院での法的規制の動きは真逆の取り組みといえる。

https://www.ourcommons.ca/Members/en/ryan-turnbull(105480)/motions/12396258

https://www.parl.ca/legisinfo/en/bill/44-1/s-243

https://www.parl.ca/DocumentViewer/en/44-1/bill/S-243/first-reading

https://www.theenergymix.com/2023/05/30/house-of-commons-motion-senate-bill-urge-new-climate-rules-for-financial-institutions/

https://www.theenergymix.com/2023/06/08/breaking-climate-finance-bill-sent-to-senate-banking-committee-for-review/?utm_source=The+Energy+Mix&utm_campaign=5616085bf2-TEM_RSS_EMAIL_CAMPAIGN&utm_medium=email&utm_term=0_dc146fb5ca-5616085bf2-510008566