HOME8.温暖化・気候変動 |米大学研究 地球温暖化で紛争や殺人が増加? 気候変動が人間の「攻撃性」を高める(National Geographic) |

米大学研究 地球温暖化で紛争や殺人が増加? 気候変動が人間の「攻撃性」を高める(National Geographic)

2013-08-02 17:55:29

パキスタンのカラチで、顔に酸をかけられた女性。最新の研究によって、このような暴力行為は異常気象に伴って増加することが指摘された。
パキスタンのカラチで、顔に酸をかけられた女性。最新の研究によって、このような暴力行為は異常気象に伴って増加することが指摘された。
パキスタンのカラチで、顔に酸をかけられた女性。最新の研究によって、このような暴力行為は異常気象に伴って増加することが指摘された。


今後地球温暖化が進むにつれて、世界規模で紛争や殺人などの暴力が拡大するおそれがあるとの懸念が、最新の研究によって示されている。

この研究は、考古学から経済学までのさまざまな分野の研究の成果を統合して、地球温暖化に伴う気温と降水量の変化が、人間の攻撃的な行為の増加につながっている可能性があることを明確に示したものだ。

 今回の研究から、人間の引き起こした気候変動に伴う悪影響は、海水面の上昇や猛暑だけではないことがうかがえる。

◆分野をまたぐ作業

 研究を率いたのは、プリンストン大学の経済学者ソロモン・ショーン(Solomon Hsiang)氏。チームは手始めに、気候学、考古学、経済学、政治学、心理学などさまざまな分野の数百件もの研究成果を取捨選択した。

 こうして、気候、気温、紛争、暴力、犯罪などに関する約60件の研究を選び出し、それらのすべてのデータに、同じ統計的な枠組を適用して改めて分析を行った。これはいわば、ヨーロッパ各国の通貨をユーロに換算するのに似ていて、意味のある比較を行うために必要な手続きだ。

 なぜこの作業が必要かと言うと、気温と降水量がどの程度変化しているかは地域によって異なるためだ。例えば、アメリカのように気候変動の大きな国では、気温が摂氏1度上昇するのはさほど珍しいことではないが、アフリカの一部の国では、これは異例のことだ。

 こうして変換したデータを比較すると、驚くべき結果が得られた。気温や降水量が通常の値からわずかに逸脱しただけでも、紛争のリスクは明らかに増大するというのだ。ここで紛争というのは、殺人やレイプのような個人間の攻撃から、国内の政情不安、国際紛争まで、さまざまなレベルのものを含んでいる。

◆過去の事例に学ぶ

 これは現代社会に限ったことではない。チームが検討した研究の中には、紀元900年頃のマヤ文明の政情不安と紛争の増加を、地球温暖化に伴う太平洋沿岸部の気候変動によってもたらされた長期的な干ばつと結びつけて論じたものも含まれていた。

「古典期のマヤ文明が終焉したのはこの時期のことだ」と、研究の共著者でカリフォルニア大学バークレー校の経済学教授エドワード・ミゲル(Edward Miguel)氏は言う。

 また別の研究は、現在のカンボジアに位置するクメール王朝が14世紀に弱体化したのを、数十年にわたってモンスーンの豪雨と干ばつとが繰り返されたことと関連づけている。

「(クメール王朝の)技師らが(気候変動に)適応しようと努力していたことは、考古学研究によって確認されている」とショーン氏は言う。クメール王朝は当時この地域で最先端の水道技術を誇っていたが、それでも極端な気候変動には対応しきれなかったようだ。

 ショーン氏らが歴史上の事例を今回の分析に含めたのは、今後予想されるのと同じような気候変動に、過去の人類がいかに適応したか(あるいは、できなかったか)を知るためだったという。だが分析を経て、過去の事例から学ぶべき教訓はそれだけではなかったとショーン氏は考えている。

「気候変動によって叩きのめされた多くの文明は、周辺地域と比べて、あるいは地球全体で見ても、当時としては最も進んだ社会を形成していた。おそらく何にでも対応できるような気になっていただろう。私たちも謙虚になって、過去の人々も非常に創意に富んだ方法で、これらの変化に適応しようとしていたことを認める必要があると思う」とショーン氏は言う。

◆なぜ温暖化で紛争が増えるのか

 オハイオ州立大学教授のブラッド・ブッシュマン(Brad Bushman)氏はコミュニケーションと心理学を専門とし、特に人間の攻撃性と暴力を扱っている。ブッシュマン氏は今回の研究に参加しておらず、その意義について次のようにコメントしている。「これほど多くの異なる学問分野で、同じような結論が出ていることから、(気候変動は紛争に対して)かなりはっきりと影響があるようだという確信が高まる。この研究によって、気候変動は人間の活動に多岐にわたって影響するという認識が広まることを期待する」。

 今回の研究は、気候変動が人間の攻撃性に影響するという見方を強化するものだが、なぜそうなるのかを解明することは意図していない。

 その理由を推測している研究者もいる。例えばブッシュマン氏は、気温と降水量の急激な変化は不快であり、人々が怒りっぽくなるのも当然だと考えている。

 また別の仮説では、降水量が極端に多かったり少なかったりすれば、その国の農業に悪影響を及ぼし、経済の破綻につながりかねないことを指摘している。そうした社会状況下では、武装集団に入る選択をする人も出てくると今回の研究を率いたショーン氏は言う。

 研究チームでは、気候変動に伴う紛争の増加の背景にはさまざまなメカニズムが同時にはたらいていると見ており、今後研究によって解明が進むのを期待している。

 ショーン氏はこの状況を、1930年代の医師たちが、喫煙と肺癌の相関関係には気づいていたものの、そのメカニズムを解明できていなかったのになぞらえる。「数十年かかったが、何が起こっているか少しずつ解明された。そしてそのことは、(喫煙の)悪影響の緩和に向けた政策や制度の設計に役立った」。

 また共著者のミゲル氏も、地球温暖化が攻撃性に影響するメカニズムの特定は、この分野において次に研究の集中する重要なテーマとなるだろうと話している。

 気候変動と紛争に関する今回の研究は、8月1日付で「Science」誌オンライン版に掲載された。

 

http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20130802001