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第9回サステナブルファイナンス大賞インタビュー①最優秀賞(大賞): GreenCarbon。「稲作クレジット」を国内外で開発・販売するスタートアップ事業で先鞭。食育等の付加価値も(RIEF)

2024-01-27 23:43:43

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写真は、大賞を受賞したGreenCarbonのCEO、大北氏㊧、㊨は環境金融研究機構の藤井良広=1月17日の表彰式で)

 

  第9回サステナブルファイナンス大賞は最優秀賞(大賞)に、稲作クレジットを国内外で開発・販売する事業を展開しているスタートアップ企業のGreenCarbon社を選出しました。同社CEOの大北潤(おおきた・じゅん)氏に、事業展開の背景や、現状、今後の展望等をお聞きしました。


――賞の対象になった水田の「中干しスキーム」を活用したカーボンクレジットの創出を、事業化しようと考えられたのは、どういうきっかけでしたか。

 

 大北氏: 当社は元々は、東京とオーストラリアにオフィスを持っており、畑でのCO2吸収力を活用する「カーボンファーミング」をやろうとしていました。緑肥やカバークロップ(被覆作物)等を活用してカーボンの農地貯留事業をオーストラリアでやる予定で、同地での畑の面積を広げていくことに力を入れていたのです。ただ、日本ではそれらの方法論が定まっていないので、どういう形にしてクレジットに組成するかで悩んでいたころでした。

 

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 そんな時に、アジアに目を向けると、アジア全域では畑より田んぼが多いことがわかり、田んぼの活用でクレジットを作れないかと調べたところ、AWDという方法論に行き当たったのです。AWDは間断灌漑(Alternate wetting and drying)というもので、水田の水位を目安に、数日おきに入水と自然乾燥を繰り返す作業をすることで、水田の土壌中のメタン生成菌の活動を抑制する手法です。日本での水田の中干しに比べ、管理上の手間がかかるのですが、水の使用量を減らすことができ、メタン抑制でGHG排出削減効果も得られます。

 

――それはいつごろでしたか。

 

 大北氏: 2年ほど前です。それまではESGコンサルをしており、上場企業のサステナビリティ開示、TCFDに沿った開示を手掛けていました。その延長戦で、この分野に参入しました。AWDについては、フィリピン大学が先行して手掛けていましたので、彼らと一緒に取り組みを始めました。

 

――コンサルより、自ら事業をやるほうがいいと。

 

 大北氏:コンサルでは、取引先の企業向けにCO2の排出量を計算することで、当該企業はカーボンニュートラルを達成するという宣言をしてくれました。ただ、そのための排出削減の具体策をほとんどの企業がわかっていなかったので、それを外部的に支援できないかなと思っていたところ、カーボンクレジットによる支援ならば、できるのではということで、現在の会社を創業しました。

 

 そこでフィリピンで出会ったAWDによってクレジットを創出する手法を日本に持ち込んで事業化しようと考えました。その矢先に、国内で、J-クレジットの方法論として、水田の「中干し期間の延長」によるメタンガス削減の手法が認証されたのです。

 

――逆だったのですね。日本の方法論をフィリピンや、その他のアジアの国々にもっていったのではなく、フィリピンで取り組まれていた手法を日本にもってこようとした時に、タイミングよく、日本でもAWDと似た方法論がJ-クレジットで認められ、国内での稲作クレジットがスタートしたと。

 

 大北氏:そうです。われわれとしては、J-クレジットで方法論が認定される前から、国内でも農家との協力関係を築いていました。当初はフィリピンのAWDの手法を日本でもやろうと考えていたのですが、方法論としては、「中干し延長」の方が簡単なので、当初の見通しよりも、比較的早めに国内の農家さんの参加を広めることができました。

 

フィリピンで実践した水田でのAWDの計測状況(2023年5月)
フィリピンで実践した水田でのAWDの計測状況(2023年5月)

 

――タイミングよく、日本でも稲作クレジット関連の方法論が認められたわけですが、日本で同クレジットを創出していくうえでの課題はなかったですか?

 

 大北氏 : 日本では中干し期間を延長することに対して、コメの収穫量が低下するのではといった問題のほか、同期間中の雑草対策、肥料・農薬等の取り扱い等の問題が出てきました。このうち、一番大きな課題だったのは、稲作の収穫量が低下するのかどうかという点でした。

 

 

――そこを、どうやってクリアされましのか。

 

 大北氏:クリアした、と言うとやや語弊がありますが、実際に農家さんに取り組んでもらったところ、ほとんどの農家で収穫量が減らなかったのです。何か対策を打ったというよりも、結果として収量が減らなかったのです。とりあえず、今年は一回やってみて、結果踏まえて来年、事業に挑もうと思っていたのですが、結果として収量が減らなかったところが多かったのです。

 

 ただ、結果論だけではなく、農家さん等の不安を解消する解決策としてやったのは、「稲作コンソーシアム」を組織した点です。農家だけでなく、農薬を削減する会社や、ドローンで農薬を散布する会社、水田の水位を計測する会社等の多様な関連企業にもコンソーシアムに入ってもらい、農家を多角的に支援する仕組みを取り入れたことから、農家からの信頼も得ることが出来たと思います。

 

――中干し期間を設けてもコメの収量が変わらなかったというのは、水田を一週間程度の中干し期間を設けて乾かしても、稲の生育そのものには、そんなに影響はないということですか。

 

 大北氏:稲作コンソーシアムに入っている農家さんには、「絶対1週間延長しなければだめ」とは言わず、収穫量に影響がありそうならば、止めてくださいと言っていいます。ですので、田んぼに取り組んでいる農家さんが、みなさんやってみた中で、中干し期間を延長しても、まったく問題なかったと判断できた農家さんが多かったという感じです。

 

――アジアではどうですか。

 

 大北氏:最初に取り組みを始めたフィリピンでは、その後もフィリピン大学と連携してやっています。彼らの調査結果では、AWDを導入した水田ではコメの収量が以前より5%上がり、メタンガス排出量の削減も約40%以上減ったことがデータで示されました。ベトナムでも取り組んでいますが、同地でも収量が15%上がり、メタンガスの排出量も40%以上減りました。かつ、水の使用量も減りました。大学の研究論文では水の使用量はそれ以前の30~40%減ったとなっています。

 

――アジアの農家で収量がそれなりに伸びたのはなぜですか。手入れが行き届くようになったのでしょうか。

 

 大北氏:聞いた限りでは、稲の根の張りが強くなっているようです。水が不足すると根が遠くまで伸びようとする。また、アジアの水田では、日本のように川の水を田んぼに引き込む方法とは違って、ポンプ式での配水のところが多いですね。AWDをすることで、ポンプを使う燃料費(ガソリン代)等を節約できるメリットも農家側に発生します。

 

――稲作クレジットを普及する上での課題は何でしたか。

 

 大北氏:日本では今も課題であり続けていますが、創出したクレジットを順調に販売できるのか、あるいは売り切れるのかという問題があります。クレジットを作ることは国内においては、比較的、スムーズにできると思っていますが、現在の日本では企業の排出削減が義務として扱われていないので、当社が創出したクレジットを企業に販売できるのか、というところが今も課題だと思っています。

 

 海外市場では、水田の場合も、日本のように灌漑施設が整っていないところが多いので、そもそもAWDの方法論をちゃんと適用できるのかという基本的な課題があります。水をしっかりと確保できない地域もあったりします。国によって異なります。また雨季のシーズンには、水が田んぼにずっと溜まり続けており、「中干し」をしようにもできません。

 

サステナブルファイナンス大賞の表彰式で取り組み内容を説明する大北氏
サステナブルファイナンス大賞の表彰式で取り組み内容を説明する大北氏

 

 

 国や、自然環境、あとは灌漑施設の有無等によって、同手法を使えるかどうかの判断は異なります。メタンガスを計測する装置がない場合もありますね。計測装置がない場合、日本から該当する装置を持って行ったりもしなければなりません。しかし、現状の海外ではそうした事業を実施する環境が十分に整っていないことも大きな課題だと思っています。クレジットの買い手を、海外でも容易に見出せるかという点も課題ですね。

 

 ――日本でも東京証券取引所が、昨年後半から自主的なカーボンクレジット取引市場を始めました。現在のところ、同市場は活発な取引、という点には程遠い状況、と言わざるを得ません。クレジットの保有に法的義務がなく、企業に対して「自主的にクレジットを買ってください」という状況なので、企業側に明確なクレジット購入ニーズがない。GreenCarbonの場合も、現状は相対でクレジットの買い手を探すということですか。

 

 大北氏:そうですね。機能するクレジット市場ができてくれば、安定的にクレジットの売買ができるとは思います。

 

――田んぼにはオタマジャクシ等の生き物も多く、「中干し」によってそうした里山の生態系等が影響を受けるのでは、との懸念も一部にあるようです。生態系保全と気候対策としてのクレジット創出との関係についてはどう考えていますか。

 

 大北氏:生物多様性をどうしていくのかという点も課題だと認識しています。われわれとしては、まずは、取り組みに参加してくれる農家にとってコメの収量が減らないようにするとともに、作業工数を削減することで「クレジットの質」を上げていくような取り組みをやっていきたいと考えています。そうした作業の後に、田んぼに生息するオタマジャクシ等の生態系を守る区域を設けて、生物多様性保全にも貢献していくかを海外の大学や研究機関と議論しており、何かしらのアウトプットを年内に出せればと考えています。

 

 そうした点とは別に、今年は、稲作以外としてアジアでのマングローブの植林事業もフィリピンでスタートさせます。マングローブは様々な生物の住処にもなるので、生態系保全のクレジット化にも資すると思います。

 

――海外でのAWD事業等で創出したクレジットについては、海外の企業等に売るのですか。

 

 大北氏:われわれのプロジェクトは、まず、(クレジットの)買い手企業を見つけてから、そうした企業と一緒に作っていく方法をとっています。現状では、そうした形でクレジット創出に手を挙げている企業がすでに数社います。そうした企業に対して、今、だれが一番高く買ってくれるのかとか、だれが一番力を入れてくれるのかなどの点を判断して、交渉させてもらっている状況です。

 

フィリピンでの新たなプロジェクトの視察に訪れた大北氏㊨
フィリピンでの新たなプロジェクトの視察に訪れた大北氏㊨

 

――稲作、マングローブ以外ではどういう取り組みを進めておられますか。

 

 大北氏:稲作、マングローブに加えて、農薬削減、牛のゲップ、バイオ炭、農地貯留をやっていくつもりです。

 

――牛のゲップ抑制からのクレジット創出の事業は、どこの市場でやる予定ですか。

 

 大北氏  :  現在、協議を進めているのはベトナムです。すでにベトナムの牛の取り扱い高でトップ3に入っているという企業と話をしています。向こうが「うん」と言えばすぐにスタートできる状況です。(同問題については)今年中には、おのずとアウトプットは出ると思っています。

 

――カーボンクレジットの使い方では、削減不足の企業への販売が軸ですか。

 

 大北氏:いろんなことをやっています。稲作クレジットを自治体と協力して、全国の小学校の給食に入れて「食育教育」に活用することも進めています。パソコンメーカーの工場周辺の田んぼで作った稲作クレジットで「カーボンオフセットPC」を作り、加えてその田んぼで収穫されたおコメを、当該企業の社食で利用してもらうケースもあります。

 

 食品メーカー以外でも、社食がある企業や、食堂があるところとか、給食とかも対象になります。自治体でも、おコメの流通とかクレジットの購入とかはできると思います。社員の教育のために環境配慮米を社食で食べていただくとか、子供の食育のためにおコメを食堂で食べてもらって、環境の大切さを感じてもらうことが大事だと思っているので、そういうところの企業とも連携できたらありがたいと思っています。

 

――事業を拡大していくと独自のファイナンスも必要になってくると思います。いずれはGreenCabon社が、グリーンボンドを発行する必要性も出てくるかもしれませんね。

 

 大北氏:そういうことも想定しています。ファイナンス面では、買い手の企業等に事前に出資してもらい、ファンドでクレジットを作るという取り組みをどこかとやってみたい。海外市場では、結構、当たり前のように起きていますが、国内ではまだまだだと思います。ぜひともそういった新しいスキームを確立したいと考えています。

 

                                           (聞き手  :   藤井良広)