HOME |第9回サステナブルファイナンス大賞インタビュー②地域金融賞:岩手県。初の「グリーン/ブルーボンド」発行。資金使途は、温暖化の影響を受ける水産業の生業(なりわい)支援等(RIEF) |

第9回サステナブルファイナンス大賞インタビュー②地域金融賞:岩手県。初の「グリーン/ブルーボンド」発行。資金使途は、温暖化の影響を受ける水産業の生業(なりわい)支援等(RIEF)

2024-01-31 20:27:13

iwateスクリーンショット 2024-01-31 200414

写真は、サステナブルファイナンス大賞の表彰式で「地域金融賞」を受賞した岩手県総務部財政課特命参事兼事業調査担当課長の岩間吉広氏)

 

 岩手県は2023年7月に、全国の自治体で初めて「ブルー適格事業」を盛り込んだ「グリーン/ブルーボンド」を50億円発行しました。地域の特性に応じたESGニーズを踏まえるとともに、ESG債市場の多様化に資する取り組みとして、サステナブルファイナンス大賞の「地域金融賞」を受賞しました。岩手県総務部財務課の特命参事兼調査担当課長の岩間吉広(いわま・よしひろ)氏に、お話を聞きました。

 

――ブルー事業を取り込んだグリーン/ブルーボンドの発行という視点が、投資家にも注目されました。同ボンドの発行を目指した背景を教えてください。

 

岩間氏 ブルー事業を重視した理由は大きく二つ上げられます。一つ目は、本県は全国でも有数の長い海岸線やリアス式海岸が特徴であり、こうした沿岸地域では漁業従事者も多く、水産業は生業(なりわい)として県民に身近な産業であるため、水産環境の保全が重要となっているためです。

 

 温暖化の影響と言い切れるまでの研究的な知見は持ち合わせてはいませんが、実際に、近年は海水温の上昇等により獲れる魚種が大きく変わっており、これまでの体制では持続可能な水産業を維持することが難しい状況になっています。水産業に不可欠な冷蔵、冷凍、加工等の施設や設備は魚種によって全く異なるため、新たに施設・設備を整備する必要があり、大きく変化する海洋環境に対応していくことが求められています。

 

 もう一つは、日数はだいぶ経ちましたが、2011年3月の東日本大震災による津波の影響で壊滅的な被害を受けた沿岸地域における生業の再生などの課題に対応するためです。ハード面での整備は、ほぼ完了していますが、生業の部分ではまだ大きな課題を抱えています。そこで、先に述べた温暖化の影響と思われる漁獲魚種の変化という要因と合わせて、海洋環境保全ということを起債運営のテーマとし「グリーン/ブルーボンド」を発行することが、本県にふさわしい取り組みではないかと考えました。

 

オンライン取材で
オンライン取材で

 

――今回は50億円の発行ですが、応募が6倍の300億円あったということですね。どのような投資家が多かったですか。

 

 岩間氏 発行額の6倍も応募があり、県内外、中央・地方を問わず多くの投資家から需要を獲得しました。応募段階では、件数ベースで約8割が県内の投資家で、アロケーション後、約9割が県内の投資家を含めた地方投資家でした。

 

――県内の企業等の投資家が中心とのことですが、県民からの反応はどうでしたか。


 岩間氏 今回、起債に当たって、債券の販売額は一口1,000万円、機関投資家向けに販売することとし、投資家への情報発信として新聞広告も出しました。新聞広告を出した後に個人の方からの問い合わせが多く寄せられ、県民の高い関心を感じましたが、今回は個人投資家には販売していません。証券会社によると、購入いただいた県内の投資家の多くは、債券投資自体が初めての投資家が多かったと聞いています。

 

――今後、個人向けに出すことも検討になりますか。

 

 岩間氏 実際にグリーン/ブルーボンドを個人向けとして発行するためにはいろいろと課題はありますが、検討はしています。本県としてはESG債ではありませんが、個人向け地方債を23年度に10億円発行しています。これは、インターネットを通じて購入できるもので、対象はどちらかというと、県内の人よりも県外の人で、都市部に住んでいる個人の方に本県との関係を深めてもらう「関係人口の拡大」等を目指したものです。今回のグリーン/ブルーボンドとは意味合いが異なりますが、環境にインパクトのある債券を個人向けに発行することは大きな意義があると思っています。

 

――県内の企業の応募が多かったのは、県内でいい事業をしてほしいという、県内企業や地域を支えてほしいという気持ちが、地元企業にも強いのだと思いますが、そうした意見や要望、期待等はありましたか。

 

 岩間氏 県内の投資家は、SDGsやESGに取り組まなければならないことは理解していますが、そのために、企業の活動として何をしたらいいのかがわからないという声を聞くことがありました。その中で、本県のグリーン/ブルーボンドの取り組みに賛同し、投資表明をすることで、サステナビリティの取り組みへの先鞭をつけたいというニーズがあったと感じています。投資家の投資意識等については、これからもっと深く分析したいと考えています。

 

 投資表明をいただいた投資家の中には、中部地区の水産業の企業のような、ブルーラベルを評価していただいた投資家も多くいます。ブルーラベルが含まれていることで、これまで本県と投資という点では縁のなかった企業や投資家との縁ができたと思います。グリーン/ブルーボンドの場合、資金使途に水産環境の保全だけではなく、持続可能な水産業の担い手の育成や環境負荷の少ない水産業にしていくための事業等を資金使途としたことで、これに共感いただける投資家が多かったものと認識しています。今後もこうした投資家の思いを大事にしていきたいと考えています。

 

iwate003スクリーンショット 2024-01-31 201200

 

――ブルー事業とグリーン事業に分けて、資金使途をご説明してください。

 

 岩間氏 2023年9月に国際資本市場協会(ICMA)を含む5つの国際的な機関から「持続可能なブルーエコノミーへの資金調達のための債券 実務者ガイド」が公表されました。ブルー適格事業については、当時、当該実務者ガイドがなかったため、「ブルーファイナンスガイドライン2022(国際金融公社(IFC))」や「国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)の持続可能なブルーエコノミーファイナンス原則」等を参考に、主幹事の証券会社やセカンド・パーティー・オピニオンを担当した日本格付研究所(JCR)等と密に打ち合わせを行い、選定しました。

 

 本県の場合、持続可能な水産業を行わなければ、沿岸地域の県民の暮らしが成り立たなくなる恐れがあるため、海洋環境の改善という環境事業よりも、生業としての水産業をどう持続可能にし、かつ環境負荷の軽減にも配慮した事業を資金使途として選びました。投資家からの評価において一番インパクトがあり、関心を寄せられたのは、沿岸地域における水産施設関連の事業でした。例えば、漁獲した魚を洗浄、加工、冷蔵、冷凍する衛生管理施設を、魚種の変化に合わせて転換していく事業などがあり、気候変動の適応型のプロジェクトともいえます。

 

 水産業の担い手育成では、本県は水産高校を持っており、学生たちは外洋に出る実習も行っています。このような担い手を育成する実習船の整備も資金使途にしました。もう一つ大きな事業として、生業と環境保全の両方に対応する藻場の整備があります。近年、海水温の上昇等により、海洋の藻を食べるウニなどの生物が増え、藻場が荒らされてしまうという問題が発生しています。そこで、ウニなどの生物は小さいうちに漁獲し、他の場所に移して養殖する一方で、藻場の生育を高めるために造成環境の整備を進める事業を資金使途としています。ブルー適格事業については、生業の再生につながる事業を軸とすることを最初から決めていました。

 

 もう一方のグリーン適格事業については、すでに先行する自治体が多くあったため、先行自治体のフレームワーク等を参考にし、選定しています。太陽光発電等の再エネ事業や、県有設備での省エネ化促進、信号機のLED化、電気自動車(EV)等の購入、河川改修事業等を資金使途としています。

 

――先行者の知恵を学ぶことは大事ですね。逆に、岩手県がブルー分野の事業を開発したことで、他の自治体も今後、岩手県の取組みから学んでいくと思います。他の県からの問い合わせ等はどうでしたか。

 

 岩間氏 ブルー適格事業の選定方法やそのプロセス等に関する問い合わせが多く寄せらせました。また、フレームワークのセカンド・パーティー・オピニオンは日本格付研究所(JCR)から取得していますが、評価会社との調整方法や認証までのハードルはどうだったのかといった実務的な問い合わせも多くありました。

 

――藻場の再生・育成については、岩手県の全沿岸が対象になりますか。

 

iwate005スクリーンショット 2024-01-31 201244

 

 岩間氏 基本的には沿岸南部地域の藻場の被害が大きいので、この地域から事業に着手していこうと考えています。県内では現在、主要魚種の1つであるサケが、震災前と比較して全然獲れなくなっています。本県だけではなく、最近は北海道も獲れにくくなっていると聞いています。今後、数年でどうなるかはわかりませんが、県内沿岸全域に、藻場の再生・育成の必要性が高まる可能性はあります。

 

――藻場の場合、CO2の吸収源でもあるので、海洋資源の保全と気候対策の両建てになりますね。同時に岩手県は森林資源も豊かです。生態系の保全や自然資源をいかに持続可能に維持していくかということも課題です。生物多様性に絞った取り組みはどうですか。

 

 岩間氏 われわれもそうした課題認識を持っています。生態系保全等を資金使途とする「ナチュラルボンド」のようなものを発行していくには、乗り越えなければならない課題がいくつかあると思っています。一番の課題は技術的な話になりますが、地方債の場合、法律上、いわゆる適債性が認められるのは建設事業、ハード事業等が中心であるため、ソフト事業を資金使途先とすることが困難なことです。本県でも絶滅危惧種を集めているレッドデータブックの更新や、生物多様性の環境調査等の活動を毎年実施し、生物多様性の保全への取り組みを行っていますが、これらの調査や活動を資金使途とすることは難しいと考えています。

 

 もう一つは、森林の保全等を行う事業の財源を確保することを目的として「いわての森林づくり県民税」という県民税の超過課税を実施し、毎年度、個人や法人から税を徴収しています。同税の使途の中には、生物多様性の保全も含まれているため、税制措置による資金調達とESG債の発行による資金調達のどちらによるべきかを整理していかなければならないという課題があります。

 

――生物多様性保全や自然資本保護等は、全国的な課題なので、県の取り組みについては、総務省などとも調整してもらいたいですね。今後の岩手県としてのサステナビリティを高めていくための取り組みや、重点政策を教えてください。

 

 岩間氏 グリーン/ブルーボンドの今後の取り組みとして、最優先で取り組まなければならないことは、資金使途の効果を評価するインパクトレポーティングです。投資家に対して積極的にアピールし、24年度以降も発行を続けていきたいと考えています。

 

 また、本県の環境基本計画が定めている目標の達成には、グリーン/ブルーボンドによる取り組みだけで不十分だと考えています。県だけでなく、民生、海洋、産業、農業等の部分を含むあらゆる分野で炭素生産性を高め、より効率的に温室効果ガスを減らしていくための取り組みを実施していく必要があります。企業への働きかけについては、どれだけ行政の資源を投入していけるかというのが大きなテーマだと思っています。

 

――県内の金融機関との連携というのはどうですか。サステナビリティを豊かにしていくために地域金融機関との連携の動きはありますか。

 

iwate005スクリーンショット 2024-01-31 201333

 

 岩間氏 まさにそこが問題の一つだと思っています。サステナビリティの取り組みを豊かにしていくためには、県だけでなく、環境、運輸、産業といった各分野はもちろんのこと、金融機関との連携も重要であると考えています。今後、実効性のある取り組みを実施していく必要があると考えています。

 

 本県は市場公募の地方公共団体としては、22年度に初めて市場公募債を発行しましたが、ほぼ最後発に近い団体です。地方債市場の中では「新参もの」で、評価も認知もまだまだこれからの団体ではありますが、今回のグリーン/ブルーボンドの発行のような、多くの方々に共感をいただけるような社会的意義のある起債運営を続け、地方債への投資を考えている投資家にアピールしていきたいと考えています。

 

                          (聞き手は 藤井良広)