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第9回サステナブルファイナンス大賞インタビュー⑨優秀賞:東京海上アセットマネジメント。沖縄・石垣島で、ベンチャー企業とブルーカーボンクレジット創出で協働(RIEF)

2024-03-01 21:53:26

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写真は、表彰式でサステナブルファイナンス大賞優秀賞の賞状を受賞した東京海上AMの真中克明氏㊧、㊨は環境金融研究機構代表理事の藤井良広)

 

  東京海上アセットマネジメント(AM)は国内総合運用会社として初めて、ベンチャー企業と連携して、脱炭素や生物多様性保全の要ともなる藻場の再生および「ブルーカーボンクレジットの創出」に取り組んだことを評価されて、第9回サステナブルファイナンス大賞で優秀賞に選ばれました。ブルーカーボンクレジットは人の取り組みによる海洋生態系の変化がもたらす温室効果ガス(GHG)の吸収量(あるいは削減量)の増加分を取引可能にする仕組みで、今後の発行増が期待されます。同社のアセットマネジメント運用本部ESG運用グループの真中克明氏に話を聞きました。

 

――総合運用会社がブルーカーボンクレジットの創出などに携わったいきさつ、取り組んだ背景などを教えてください。

 

 真中氏 2022年に、東京海上AMの持つ特色をさらに生かしたいと考え、サステナビリティ推進に資する新しい部署をスタートさせました。新部署の開設で、新たな取り組みを検討するにあたって、企業によるサステナビリティの促進を将来にわたって継続できるような活動を金融面からサポートしていく必要があるという問題意識を持っていました。

 

  われわれは投資家として、事業会社の方々とサステナビリティに向けた取り組みについて話をすることが多く、こうしたCSR(企業の社会的責任)的な活動の多くで、全社的に首尾一貫した活動になっていないケースが散見されました。例えば、せっかく企業が社会的責任を果たそうと社会貢献のためのCSR費用を支出しても単発で終わってしまっていたり、活動の狙いを周知できずに効果が得られにくかったりするケースが見られました。

 

 そうした企業のなかには、「パーパス(企業の存在意義)」との関係を明確にしていないので、活動自体が世の中であまり知られておらず、場合によっては社内でも認識されていないといった事態に陥ってしまう状況も見たことがあります。そうなると、担当者が代われば、何のためにやっていたかが引き継がれず、支出も止まってしまうということにもなりかねない。せっかくの機会、費用を効果的に使っていない企業が多いように見えました。

 

真中氏
真中克明氏

 

――投資先企業のCSR活動がカラ回りしているということですか。

 

 真中氏 わが社がサポートすることによって、こうした活動をもっと効果的にできるのではないか、サステナブルな活動を軸に新たな価値を創出できるのではないかと考えながら、展開の可能性を探りました。今回の事業も、初めから「ブルーカーボンクレジットの創出ありき」ではなく、事業会社のサステナビリティにかかわる取り組みを、より価値ある活動に変えていくという大きな目標の中から出てきたものなんです。

 

 そうした観点からサステナビリティに関する活動を見ていくうちに、カーボンクレジットは、様々な面でこれから発展する可能性が高い分野だと分かってきました。現状の仕組みについては、創出プロセスや手法に課題が多かったり、まだまだ共通の認識がなかったり、グリーンウォッシュの問題を指摘されることもあるなど、解決すべき課題が複数ある分野ではありました。しかし、それらの課題を解決していけば、成長する見込みがあるとも感じました。

 

 特に、お金の面では、同分野の現状は、資金を需要する側と供給側のニーズがうまくマッチングされていない状況にも見えました。われわれは金融機関です。その本業は、資金の需要者と供給者の間に入って、資金がうまく流れる仕組みを構築していくことです。そうしたノウハウを持つわれわれがこの問題に取り組んでいけば、抱える課題については、お金の面での問題も含めて、うまく解決できるかもしれないと考えました。また取り組みを始めた2年前は、今以上にカーボンクレジットへの関心が低く、特に運用会社はどの会社もこの分野に注目していませんでした。それならば、われわれが率先して取り組んで先鞭をつけることで、特色や独自性を発揮できるのではないかと考えたわけです。

 

――なぜ最初の取り組みがブルーカーボンクレジットだったのですか。

 

 真中氏 最初からブルーカーボンクレジットに注目していたわけではありません。多様な課題を聞く中で、沖縄の石垣島がウミショウブの消失に悩んでいることを知りました。この問題への対応を持続的に行っていくためにカーボンクレジットが使えるのではないか、海の分野なのでブルーカーボンクレジットの仕組みが適用できるのではないか、というような流れで関心が膨らんでいきました。

 

 当初、われわれは当社にとっての特色のある取り組みを模索する中で、ベンチャー企業が先鋭的な取り組みを行っていたこともあり、技術力などを持つ特徴的なプレイヤーに話を聞いていました。こうした企業やステークホルダーとの対話を重ねる中で、石垣島の藻場が磯焼けなどで喪失し、ウミショウブが減少して困っていることを把握し、だんだんと藻場の再生の重要性を痛感するようになりました。

 

 実際に、藻場の再生、保全を進めていく中では、当然のことながらどうしても費用がかかります。その費用を持続的に調達する有力な手法として藻場の再生、保全によって創出できたカーボン貯留量をクレジット化すれば、費用をまかないながらサステナブルな活動が展開できます。これらを勘案して、まずはパイロットケースとして知見を深めるためにも、ブルーカーボンクレジットの取り組みを始めてみようということになりました。

 

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 ――ブルーカーボンクレジットの利点はどういう点にありますか。

 

 真中氏 クレジットの創出には、まず、あらかじめカーボン吸収量のベースラインを計測しておきます。さらに、藻場などの保全活動などによる「人の介入(追加性)」によってGHGの吸収が増えた分量を計測することによって、ベースライン(何もしない場合)との差をクレジット化します。石垣島のケースでいうと、現在、何も生えていない藻場のカーボン吸収量(=0)がベースラインとなります。そこから、実際に手を加え保全活動を進めることで、どこまでウミショウブが復活して、何トンぐらいのCO2を吸収できるかを推計します。この数字とベースラインとの差がクレジットになるわけです。こうしてクレジットは人に譲渡できるので、有償で譲渡した場合は、そこで得る譲渡益をさらに事業活動費用に回せるという利点があります。

 

 ブルーカーボンクレジットは、海洋生態系によるクレジット創出なので、海と大いに関係があります。これは冗談のような話ですが、東京海上AMは、会社名に「海」を含む会社なので、海の取り組みには社内の賛同が得られやすかったということもありました。

 

  ――ブルーカーボンクレジットの創出に際して、課題はどんな点にありましたか。

 

 真中氏 一番の課題は、コストが高いことでした。一般に、どんな事業を始めるにしても、コストに見合ったリターンが得られるかどうかが大事です。特に、ブルーカーボンの場合、まずベースラインを測定する必要があり、そのあとに保全活動を進めます。結果についてはモニタリングが必要となります。保全の対象となる場所が狭い場合はモニタリングの費用をまかなうだけでも大変です。場合によると、そうした費用がクレジット創出で得られる収益を超えてしまうこともあり得ます。

 

 今回のケースでも、現状ではクレジットの創出分だけで、十分なリターンを得るのは、かなりハードルが高いと感じています。当面は、取り組み自体の難しさを考慮に入れて、サステナビリティ活動や関連の活動を価値として総合的に評価することで受け入れられるのではないかと思います。今後は、モニタリング技術などの向上によるコストの低下や、各地でばらばらに行われているモニタリング作業を共通化することなどで、コスト削減につなげる努力も欠かせないと考えています。新しい分野であり関係者も多いので、ステークホルダーとの調整には時間がかかる点も課題ではあります。

 

――取り組み後の手ごたえはどうですか。想定を上回る反響がありましたか?

 

 真中氏 今回、われわれの取り組みがサステナブルファイナンス大賞の優秀賞をいただいたことも、皆さまからの反響の一つで、ありがたい話と感じています。ただ、反響はまだ限定的です。脱炭素に対する関心やカーボンクレジットという手法自体がそれほど一般的でないということもあるかもしれません。また、そもそも運用会社への世間の注目度はそれほど高くはなく、その存在自体が世の中にまだまだ知られていないとも思います。個人投資家などが運用会社のホームページをチェックし、独自の取り組みまで評価してくれることはあまりないので、運用会社が世の中のために貢献しようとしているという点について、まだ皆さんに伝えきれていないのかなという気はしています。この点については、もう少し、われわれの活動が個人投資家の方々に届くようにはしたいと考えています。

 

 

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――カーボンクレジットに加えて、「生物多様性クレジット」の創出にも取り組んでいるということですが、その場合、GHGの削減とは異なり、どんな課題を解決する必要がありますか?

 

 真中氏 生物多様性そのものの危機については、世界の企業や金融機関の間でも強く認識され始めており、生物多様性保全の機運が高まってきています。2022年12月には、生物多様性の世界目標である「愛知目標」の後継にあたる「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が決定されましたし、2023年9月にはTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言であるv1.0が公開されました。

 

 こうした動きの中で求められているのが、気候変動を抑制しながら、同時に生物多様性の保全も進めていくことです。ところが、気候変動を抑制するために脱炭素の動きをどんどん加速していくと、一方で現地の生物多様性を損なう懸念も出てくることに多くの企業はまだ気づいていません。現状のカーボンクレジットには、自然環境をカーボンの視点、脱炭素の観点でしか見ていないという問題があります。生物多様性がその土地のために役立っていても、炭素を貯留できないと、クレジットの価値が認められないということにもなりかねません。

 

 ――同じクレジットでもカーボンクレジットと生物多様性クレジットでは異なり、場合によると「対立」することもあるのですね。

 

 真中氏 分かりやすい例ですと、最近、広く普及している太陽光パネルによる発電システムは、脱炭素効果の面ではかなり大きな価値がありますが、一方で、場所によっては森林伐採などによって生物多様性の価値を落としているものもあります。両立のための手段の一つが、自然由来のカーボンクレジットだと考えています。自然由来の場合には、炭素の吸収以外にも、生物多様性の保存という価値も含めたクレジットが期待できるからです。こうした生物多様性部分の価値を見える形にしたい、明確化したいと考えてスタートしたのが「生物多様性クレジット」の創出に関するわれわれの研究です。

 

 そこでは、炭素価値と非炭素価値とを合わせて見ることによって、よりサステナブルな活動につなげられるようなクレジットを創出できる可能性がありまると思っています。カーボンクレジットの創出は一つの手段であり、われわれの本来の目的はサステナビリティの推進です。そう考えると、非炭素価値を評価できる「生物多様性クレジット」は、サステナビリティの推進という本来の目的の実現に近づく手法なのではないかと考えています。

 

 ただ、「生物多様性クレジット」は、世界的にみても、まだ研究が始まったばかり。第一に、生物多様性の影響の計測の問題があります。またベースラインを計測し、追加量を把握する必要もあります。これらの諸課題を解決した上で、どう生物多様性保全のためのクレジットを創出するかを考えないといけない。具体的にどうすればいいかと検討していた段階で、現在、協働しているサステナクラフト社がこうしたクレジットの推計を得意としていることが分かりました。現在は、同社との協働によって、生物多様性保全にクレジットを活用するには、何が必要かという研究を始めた段階です。

 

 ――両方の価値をクレジット化することが望ましいですね。

 

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 真中氏 脱炭素化や生物多様性の保全の問題では、多くの企業の方々は、いかにGHG排出量を減らすかということを第一に考えています。もちろん、それは大変、重要ですが、GHG排出量を減らすことに注力し過ぎ、GHGの吸収源である自然資源の急速な減少に対して、これまであまり目が届いていなかったという点も指摘できます。現状は、森林や海中の藻場などのGHGの吸収源が急速に減少している状況なのですが、これらの自然資源はなくなってしまってから元に戻すというのは相当に大変なことです。

 

 吸収源がなくなる前に、なくならないように、今のうちから自然資源、生物多様性を守っていくということが重要で、実はその方が削減・保全のコストも低くて済みます。企業はカーボンクレジットの獲得に際して、そうした自然由来によるGHG吸収源の保全ということも、同時に進めていった方がいいと考えています。

 

――今後の取り組みについても、ご紹介ください。

 

 真中氏 われわれも、ブルーカーボンクレジットの創出活動を通じて、環境保全についての様々なノウハウを蓄積できつつあります。また、当初の想定以上に課題を抱えている地域や課題解決に邁進したい企業が多いこともわかってきました。今後もより多くの地域の課題に寄り添い、課題解決を志す企業の悩みにも向き合って、各プレーヤーをサポートして、解決への歩みへの一助となることで、社会課題解決の輪を広げていきたいと考えています。

 

 われわれは資産運用会社なので、ブルーカーボンクレジットや生物多様性などで培った多くの知見を資産運用の面でも、何らかの形で生かせるのではないかと見ています。長い目でみて今後、カーボン価値や生物多様性価値がどう展開していくのか、大きな流れを見定めて、事業会社やステークホルダーが、よりサステナブルな活動に向けて、新たな価値を創出できるよう、お手伝いをしていきたいと考えています。

                         (聞き手は 玉利伸吾)