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岸田首相の「原発新増設」解禁宣言。東電福島原発事故前の旧「エネルギー基本計画」の焼き直し。原発の軍事標的化に触れず(藤井良広)

2022-08-25 02:10:28

GXキャプチャ

 

   岸田文雄首相は24日、2011年の東京電力福島第一原発事故以来、原発の新増設を想定しないとしてきた政府方針を転換し、「既存原発の運転期間延長等での最大限の活用、次世代原発の開発・建設等、あらゆる方策を検討していく」と述べた。首相は原発政策転換の理由に、現在の電力需給の逼迫と、ネットゼロに向けたグリーントランスフォーメーション(GX)推進をあげた。だが原発については、ロシアのウクライナ侵攻で、原発が軍事標的になるという現実が今まさに起きているのに、そうした危機感は全く示されていない。

 

 (写真は、24日に首相官邸で開いた「GX実行会議」の模様。コロナに感染した岸田首相はオンラインで参加)

 

 岸田首相は同日に開いた「GX実行会議」で、原発政策の転換を明言した。首相はまず、既存原発について、「再稼働済み10基の稼働確保に加え、設置許可済みの原発再稼働に向け、国が前面に立ってあらゆる対応をとる」と決意を示した。次いで、「新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設など、今後の政治判断を必要とするあらゆる方策について年末に具体的な結論を出していく」と明言した。

 

 政策転換の理由に掲げたのは、発言をしたGX会議が目指すエネルギー転換に資するためという。だが、米国を含め、ネットゼロに向けたエネルギー転換は、再エネが主導。わが国では東京都等の地方自治体が、住宅等の屋根置き太陽光発電事業の義務化等の政策を推進し始めている。一方で、政府の施策は掛け声ばかりで、後手に回っている感じだ。洋上風力発電事業も同様だ。

 

GX002キャプチャ

 

絵空事の青写真

 

 東電福島原発事故前に経産省が立案した旧「エネルギー基本計画」では、2020年までに9基の原発の新増設、2030年までに少なくとも14基以上の新増設を行い、国内総発電量に占める原発比率を当時の30%から50%に引き上げるとしていた。だが東電事故では、福島を中心として広範囲に放射能汚染を引き起こし、こうした「絵空事」の青写真も吹き飛んだ。

 

 福島の惨事を目の当たりにした国民の「原発より再エネ」という思いを踏まえて、再エネ電力を普及させる「固定価格買取制度(FIT)」が導入された。しかし、そのFITの運用は、原発政策を担ってきた経産省・資源エネルギー庁が担当したため、十分な活用に至らず、まるで再エネの課題を強調するような運用に終始してきた。そして事故から11年を経て、ほとぼりが冷めたかのように「再び原発」である。

 

 政府がまず国民に示すべきは、この11年間で原発の安全性がどれほど高まったのか、という説明だろう。ところが原発を抱える電力会社から届く情報は、逆の「安全性軽視」の内容が多い。例えば、今年5月に、中部電力の島根原発で、協力会社から業務の依頼を受けた業者が、有効期限を偽った身分証明書を使って構内に立ち入ったことがわかった。

 

 2020年9月には東京電力の柏崎刈羽原発でも、社員が同僚のロッカーから持ち出したIDで中央制御室に入るという事態が起きた。出入り口の1カ所目で、下請け会社の警備員がIDの顔写真と違うことに疑念を持ち確認を求めたが通過を認め、次の出入り口ではIDの本人確認の情報と一致しないとする警報が出た。しかし警備担当者は入室を認めた。

 

東電柏崎刈羽原発
不祥事が相次ぐ東電柏崎刈羽原発

 

 さらに同原発では2020年3月から、テロ対策で敷地内への侵入者を検知するために設置していた複数の機器が故障していたことも判明した。代わりに設置していた設備の機能も不十分だった。不正侵入に、どれほど甘いのか、と原子力規制員会も驚き、4段階のセキュリティー対策のうち、最悪レベルの評価を付した。

 

対テロ対策に加え、軍事標的化のリスク

 

 このように、原発の不正、不具合の事例を上げればキリがないほどだ。社員の対応だけでこうした不備が出るのだから、意図的なテロ犯罪者に狙われるとひとたまりもないだろう。テロ対策だけではない。今、国際的に注目が集まっているのが、ロシアによるウクライナ侵攻で、ロシアの占領下に置かれているザボリージャ原発への影響だ。

 

 ロシアが同原発を軍事拠点として占拠したことから、原発に対する攻撃が起きた。双方が相手側の攻撃と非難し合っているが、明確なことは、戦時下において、原発は軍事標的になるということだ。「同じようなことは日本では起こらない」と言い切れるだろうか。

 

 日本は軍事的脅威を受けない国なのだろうか。北方領土を返還しないロシアとは平和条約を結べないままだし、北朝鮮は盛んに日本海にロケットを打ちこんでいる。韓国とも竹島問題があり、中国とは尖閣諸島で火花が飛ぶ。ところが、そんな隣国との摩擦とは無関係とばかり、日本列島では、至るところに原発が点在している。

 

 ウクライナの現状をみて、「日本では戦争は起きない」と断言できるほど、日本の外交力が周辺国に信頼されているのだろうか。戦争にならないまでも、現在のわが国に点在する原発の立地や運営に、明確な軍事・テロ対応の視点が入っているとは思えない。しかし、本来、国は万一の場合の国民へのリスクを考えて、常に、政策、戦略を練るべき存在ではないのだろうか。

 

攻撃を受けるウクライナのザポリージャ原発(BBCから)
攻撃を受けるウクライナのザポリージャ原発(BBCから)

 

 岸田首相の原発新増設への政策転換発言には、そうした危機対応への備えは全く盛り込まれていないように聞こえた。発言ではウクライナ情勢にも触れてはいる。だが、それは冬場の天然ガスの供給リスクに限っている。ロシアの天然ガス利権は維持したい、まさかロシアが攻めてくるとは考えてはいない、と。

 

 しかし、旧ソ連が1945年に日ソ中立条約を破棄して千島列島を侵略・占拠した行動を忘れてはなるまい。まさか、2011年の福島原発事故を「ほとぼり冷めた」と考える霞が関や永田町の論理では、77年前の旧ソ連の蛮行は忘却の彼方の出来事ということなのだろうか。「ノー天気な日本」を象徴する連想でもある。

 

次世代原発の概念の混乱

 

 首相が触れた「次世代革新炉」というのも、国際的な理解と微妙に異なっている。現在、内外で実用化されている軽水炉等の原発は「第三世代原発」とされる。それの次世代となると「第四世代原発」になるが、国際的な原発業界で語られる次世代・第四世代原発は、通常、単に安全性高めるというのではなく、使用済核燃料を排出しないタイプをいう。

 

 今春、論議を呼んだEUのタクソノミーへの原発盛り込み騒動で、欧州委員会が示した補完的委任法案(CDA)では、タクソノミーの対象となる原発は、2045年までに建設認可を受けるか、あるいは2040年までに操業期間延長のための修繕認可を受けることを前提に、①極低・低・中レベル放射性廃棄物の最終処分施設が稼働している②2050年までに高レベル放射性廃棄物の処分施設に関する詳細な計画を定める、としている。

 

 さらに、現行の原発(第三世代)の課題である使用済み核燃料廃棄物を出さない次世代原発(第四世代)についても、脱炭素と放射性廃棄物を最小化することに貢献するとして、CDAに盛り込んだ。この第四世代原発は、上記の①も②も排出しないコンセプトだ。

 

 これに対して、首相が想定する「次世代革新炉」は小型原子炉(SMR)や高速炉などを指しているようだ。軽水炉の改良型は安全性を高めたものだが、使用済廃棄物問題を解決できるものではない。従って首相の言う「次世代炉」は、第四世代ではなく、三・五世代に該当するかどうかのレベルとなる。少なくともEUが想定する「次世代原発」ではない。

 

 こうした国際的な概念と異なる従来型の延長レベルのものを、ネーミングだけ「革新軽水炉」だとか、あるいはGXだとか、あたかも最新の技術・政策であるかのようにアピールするのが、最近の霞が関官僚たちの手法のように思える。中身は旧来型に多少の手を入れただけなのに、だ。

 

  首相の原発新増設への政策転換の発言自体も、東電事故前に経産省が掲げた「2030年50%原発」の古い青写真を、「GX」と看板を書き換えて提案している風にもみえる。見方を変えると、官僚たちは時代の進展に合わせた、新たな技術・政策を提示できず、手持ちの古いアイデアしか、官邸に提案できないようだ。だとすると、今回の「岸田宣言」は日本の政策自体が、国際競争から取り残されつつあることを示す一例なのかもしれない。

 

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 藤井 良広(ふじい よしひろ) 一般社団法人環境金融研究機構代表理事。元上智大学地球環境学研究科教授、元日本経済新聞経済部編集委員、ISOサステナブルファイナンス専門委員、CBIアドバイザー等を兼任。神戸市出身。